リレー10
桜の木の下に、私は埋まっている。
いつからかはわからない。今がいつなのかもわからない。
なにせ土の中だ。真っ暗だし、音も聞こえないし、周りの様子なぞわかるわけもない。
しかし、ただ一つだけ確かなことがある。
土に埋まる私の上にある「これ」は、桜の木だ。
春には多くの人々がこの木のもとへ足を運び、集い、宴を催す。そんな木が桜の木のほかにあるだろうか。
たぶん、私は桜の木の下を選んで埋められたのだ。人々の心を惑わせ、誘い、魅了する木の下ならば退屈することもないと踏んだ誰かによって。それは一体誰なのか、どんな存在なのか。知ることができたらと願いつつ、謎のままであってほしいという相反する思いを抱えていた。
はあ…それが誰であれ、その人の考えはいかにも無責任なものだったのだ。頭の中で勝手に思い描かれる世界観を押し付けられた側の身にもなってほしいものだ。何も見えない、聞こえない、これが現実なのだから。
桜か。桜…きれいだよな、確かに。私を埋めた人は埋める前、何をしていただろうか?きれいに咲く桜の花を目の前にしていたのだろうか? もしそうだとしたら、そこに何を感じていたのだろう? もしかしたら、その人にとって、ここは、世界で一番幸せな場所に思えたのかもしれないな…でも現実は…はあ。また現実のことを私は…
永久にも思える時の中で、私はこんな堂々巡りの思考を繰り返していた。
土の中には娯楽もない。あるのは暗闇だけ。
できるのはこの現実から逃げるように考えることだけ!
「……え?」
光が見えた。
いつぶりだろうか、忘れてしまったけれど。
確かに、光が見えた。
しかしそれと同時に、正確には光が差す少し前に大きな揺れが起きた。
どうやら地震が起きて、私の上の桜が倒れたようだ。私はいつぶりか、いや初めてなのか、とにかく地上の光を感じた。大きな地震だった。恐らくどこかで被害が出ただろう。誰かの命と引き換えに光を感じるとは、貴族の贅沢の様な話だ、何より悲しいことは私の上の桜が倒れたことだ、いや悲しいのか、私を地中にとじこめていた存在じゃなかったのか、そもそも現実の話は嫌いだったはず。この桜の倒木によって私は驚いて自分の感情どころか損得も分からなくなった様だ。この状態で地中から出ようかどうか迷っている。出ようと思えば出れ…あれ、体ってどう動かすのだか、そもそもこの体は動くのか。
体は動かないが不思議と周りは見えた。青い空と倒れた桜。そして……
────墓石。
「桜、ずいぶんときれいに育ちましたね」
人?いや違う。記憶だ。ずうんと昔の誰かの老夫婦の記憶。
「わしはもう長くない。もしわしが死んだらわしをこの桜の下に埋めてくれんか。」
……私だ。これは私の記憶だ。
景色が巡る。この桜を見つけてここに植えたこと。人をよんで宴会をしたこと。2人で育て守ったこと。
「貴方がここに入るなら私も……」
必死に辺りを見わたす。
その身が朽ちて骨になっていても。欠片さえ、残されていなかったとしても。
必ず見つけ出す。
そして目に入ったのは、倒れた木の傍らに転がる小さな巾着袋。はっとした。
あの袋も、あの桜柄も、私は知っている。好きな柄なんです、と笑う彼女の顔。
はらりはらりと舞い落ちる花弁が、地についた瞬間朱へと変化している。
淡いピンクだったはずの周囲は一面どす黒い赤に染まっていた。
そうか。お前はそこにいるんだな。横たわる巨木の、その下敷きとなって。
きっと私の思いが頭上の桜に伝わったのだろう。自然と口元がゆるむ。
「やっと、一緒になれたな」柔らかな微笑みが返ってきた気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます