リレー2

 今日は友人につれていかれて、ゲームセンターへやってきた。初めての騒音に僕は顔をしかめた。友人は最近音楽ゲームにはまっているらしく、その楽しさを知ってほしくて、僕を誘ったようだ。よくわからないまま、ゲーム機の前に立たされた。僕が選んだ曲は、


 「■■■■」だ。この曲だけは知っている。このハイテンポさからしか得られない栄養があるみたいに脳裏にこべりついている。…ん、どうしてそう思ったのだろう? 初めてきいたし、なんならあまり好きじゃない。曲の選択の時間がせまる。

 しかたなくはじめた。初級ってこともあってか、流れてくるノーツは少ない。すると、ノーツじゃないのが流れてきた。文? しかも質問のようだ。


 「今のあなたは、本当に『あなた』ですか?」ノーツに混じって流れて来る「それ」は、自然と目に止まった。何をわけのわからないことを聞いているのだ、このゲームは。おかげでいくつかノーツを逃してしまったではないか。そう思ってもう一度ゲーム画面を見る。――コンボは途切れていなかった。――あの質問に気を取られていたのに、なぜミスの判定が出なかったのか? …いや、そもそも本当に「ノーツを逃して」いたのか? 考えるヒマはなく、ノーツは流れてくる。


 流れてくるノーツの数がしだいに多くなり、流れる速さもどんどん速くなってきていた。もはや、ひとつひとつノーツを追う余裕は無い。初級じゃなかったのか。私の頭は多分、もう何も考えられていなくて、とめどないノーツの波を動物のように夢中で叩いているのみだ。見知ったハイテンポの音楽ももう聴こえていない。耳で感じるのは、最初にゲームセンターのドアをくぐった時と同じの、秩序無い騒音だった。


 「今の、お前は本当に『お前』か?」思い出した。ゲームセンターに入る直前、唐突に友人が言ったのだ。その時はあまりにも突然であったので答える事ができず、そのまま騒音に搔き消されてしまったのだ。さっきのノーツと友人の質問が一致していることの意味を考えながらノーツを消していく。さっきのノーツはゲームのバグなのか。もしかすると、一定のスコアに達しないと表示されない仕組みなのか。必死にコンボを繋げていくと、スクリーンの上側からなんと靴が流れてきた。さらに次は見覚えのあるジーンズ、次に見慣れたTシャツ、最後に流れてきたのは友人の顔だった。


 友人の顔に続いて、私の見知った姿や場所が次から次へと流れてくる。いや、よく見るとそれは普通のノーツに他ならない。しかし、私にはそれらが、これまでに体験してきた物事にしか思えなかった。

 音楽と同じように耳へ体験が流れてきて、それをたどるようにコンボがつながっていく。体験は輪郭を失ってにじみ出し、知らない情報と混じって少しずつにごった感触に変わる。覚えていないだけかもしれないし、気にも留めてなかったのかもしれない。にごった“体験”すら大切に思えて、手は勝手にコンボをつなげていた。

 気がつけば、ノーツは止まっていて、静かな時間が流れている。


 「おーい、大丈夫か?」

 友人の声を聞いて、はっと我に返る。まさかそこまで熱中するとは思わなかったよ、と友人は苦笑しながら言った。帰り道、僕が叩いたノーツのことを思い出していた。友人の姿、過去の記憶……流れてきた「それ」に、僕の姿はなかった。それに、曲名もない。……それでも、きっと僕は僕だ。他人によって形作られていたとしても、それ以外の『僕』は、ありえないのだから。

 「初級」をクリアした僕は、いつもより少し軽やかな足取りで帰宅した。

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