Day 2. 金魚

 三十八度の品川に、水のにおい、というか沼のにおいがした。

 これは、どこかの沼のにおい。どこだったかさっぱり思い出せないが、小さい頃に親に連れていかれた沼だ。

 あの時は、たしか釣りをしたはずだ。はずだ、というのはつまり、自分が何歳だったか思い出せないぐらい昔の記憶で、釣りそのものの事はあまり思い出せないのだ。

 思い出せるのは、佃煮みたいな色のパックと、泥臭いバケツの水と、灰色に黄色の混ざったような色の、魚の口の。

 開き、閉じ、開き、閉じ。

 丸い筒がにゅっと出ては引っ込むような、魚の口。

 あれは、あの魚はフナだった。

 「ほら、フナだよ」という父の声が泥臭い水のにおいから聞こえてくる。

 開き、閉じ、開き、閉じ。

 丸い筒がにゅっと出ては引っ込むような、魚の口が、うだる夏の光に赤くぎらついて、ビルの隙間からぬるりと出てきた。

 私の顔の正面に、黒々とした目玉がある。私の頭と同じぐらいの目玉がある。

 金魚の口はフナと同じ形をするのかと、そんな事を思った私は、ビルを泳ぐ魚にすぽんと吸い込まれた。

 気が付くと、病院で点滴を受けていた。

 熱中症で搬送されたのだと説明を受けたが、その間ずっと、目の前にひらひらと白い尾びれが揺れていた。

 今日の最高気温は三十六度。

 私は金魚の尾びれを求めてさまよい、汐留は沼のにおいがした。

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