あなたのことが好きです。

工藤 流優空

あなたのことが好きです。

 キュッ。キュッ。たくさんの、床をける音が響き渡る。その足音の中に、私の大好きな人の立てる音も混じっている。

 バスケットボールが、コート内で行ったり来たりしている。でもこの数分で一番、あのバスケットボールをさわっているのは、私の好きな人だと思う。


 体育館の二階席から見守る。今日は、別の中学校のバスケ部との練習試合だそうで、いつもよりたくさんの人たちが二階席から見学している。

 いつもなら好きな人の活躍が一番大事。だけど、今日は試合の行方も同じくらい大切だった。

 昨日、数年ぶりにあなたと話した出来事が思い出される。


 昨日の部活終わり、その大好きな人に呼びされた。

「急に呼び出したりして、ごめん」

「ううん」

 私とあなたの間を、風が通り過ぎていく。

 あなたは少し恥ずかしそうに笑った。

「……。こうやって話すのも、久しぶりだね」

「そ、そうだね。……小学生の時以来かな」

 そう答えると、あなたはびっくりしたように目を見開く。

「そんなに話してなかったんだ」

 そうだよ、と答える代わりに小さくうなずく。

「スポーツ推薦で進学する高校、決まったんだよね。おめでとう」

 そう声をかけると、あなたは笑った。

「ありがとう。無事に決まってよかったよ」

「高校でもバスケ、続けるんだ」

「もちろん」

 力強くうなずくあなたの横顔は、とても輝いて見えた。

 あなたがスポーツ推薦を勝ち取るために頑張っていたことを、私は知ってる。

 部活が終わってからも、近くの公園で走り込みしたり、たくさん、たくさん頑張っていたことを知ってる。

「あのさ」

 まっすぐに私を見て、あなたが言いにくそうに口を開く。

「君に、伝えたいことがあるんだ」

「うん」

「好きなんだ。高校からは別々の道に進むわけだけど、付き合ってほしい」

「……え?」


 一瞬、何を言われたのか分からなくて、固まる。

 私の前に立つあなたは、真剣なまなざしで私を見つめている。

 一番言われたかった言葉。私がずっと思い描いていたこと。一番あなたに伝えたかった言葉を、あなたから聞くことができた。それなのに、答えを伝えることができない。

「……」

「……」

 微妙な空気が流れる。

 しばらくして、あなたが苦笑する。

「ごめん、冗談だよ」

 その言葉を聞いて、確信した。冗談なんかじゃない。でも、私の表情を見て冗談にしてくれようとしているのだと。

「ち、違うの」

「え」

 思わず発した言葉に、今度はあなたが固まる。

「私も、あなたのことが好き。でも……」

「え、好きでいてくれたの……」


 固まっていたあなたの表情に、徐々に色が戻ってくる。


「だって、約束、したから……」


 あなたは覚えていないかもしれないけど……。

 そう思いながら絞り出すように言うと、あなたは目を見開く。


「それって……幼稚園の時の約束?」

「……そう」

「覚えててくれたんだ……」


 うれしそうに目を細めるあなた。ころころと表情が変わる。そんなあなたも、大好き。


「でも……、本当に私なんかと付き合っていいの」


 私なんかより、もっとすてきな人はたくさんいる。なのに。

 幼稚園の時にした約束なんかで……。


「子供の時の約束なんて、気にしなくていいのに……」


 そう、思わず言う。するとあなたは、顔をしかめる。


「約束だからじゃないよ、君のことが好きだからだよ」


 そう口をとがらせて言うあなたがとってもかわいく見える。


「だからさ、君さえ嫌じゃなければ、付き合ってほしい。……そうだなぁ、明日の練習試合に勝てたら、君に告白する。試合に勝てたら、校門前で待ってて。その時に、答えを聞かせてほしい」


 そう言って、あなたは私の返事を聞く前に帰ってしまった。

 私は、あなたのことが好き。でもそれは、誰にも打ち明けることのできない想いだと思っていた。かなわないものなのだ、と。


 確かに私は話すことが得意じゃないし、不器用だから、自分の気持ちを伝えるのがうまくない。でも、それはあなたに想いを伝えられない理由ではなかった。もちろん、告白する勇気もなかったけれど。


 だから、あなたから告白されるなんて思ってもみなくて、何も言えなかった。きっとあなたは、すごく勇気を出して告白をしてくれたのに。


 心の中での答えは決まってる。でも、迷ってる。友達として仲良くすることは、できる。でも、恋人として、一緒にいていいのか、分からない。


 家に帰って、何度も何度も考えた。幼稚園の時のアルバムを引っ張り出して考えた。

『大きくなったら、結婚しようね』

 そう誓い合った幼稚園のプールも、アルバムには写っていた。


「どうしよう。どうしよう」


 そう思っていたら、次の日の朝になっていた。授業の内容もまったく頭に入って来なかった。斜め前の席のあなたの背中をいつもよりもずっと、ぼんやり眺める時間が続いた。


 あなたはクラスの人気者で、いつも誰かに囲まれている。今日も、クラスメートの女子たちに囲まれていた。

 体育のサッカーの授業では、誰よりも動いて、誰よりもシュートを決めて、コート外にいる女子たちから黄色い声を浴びていた。


 今、バスケットボールの試合中のあなたも、やっぱりコートの中で一番輝いている。


 試合に勝ってほしい、そう思う反面、負けてくれれば告白されることもないと思う自分もいる。試合に負ければ、あなたからの勇気ある告白に答えを出さなくてもいい。今までのように遠目にあなたを眺めていられる。


 あなたへの想いに、答えを出さなくてもいいんだって思い続けていられる。でも、そんな私の気持ちとは裏腹に、試合は互角の戦いで進んでいく。


 残り一分。点数差は、二点。もう、三ポイントシュートを決めるしか勝ち目がないように、思えた。

 その時、あなたのところにパスが来て、ボールを持ったあなた。

 一瞬、目があった気がした。目が合ったように思ったあなたが、小さくうなずいた気がする。

 三ポイントシュートゾーンから、あなたは大きく両手を掲げて、ボールを飛ばす。

 空を飛ぶボールが、スローモーションのようにゆっくり動いて見えた。


「入れええええぇっ」


 ここ数年で一番大きな声を出した気がした。周りの目が一斉に私に向けられた気がしたけれど、気にしない。

 これが、私の答え。そう、納得した。


 ゆっくりと下降したボールは、見事ゴールに入って、床に落ちた。それと同時に、試合終了の合図が鳴る。


 しばらく二階席の見学者たちも、試合に出場していた人たちもみんな、何も言わなかった。ボールのはずむ音だけが、響き渡っていた。


 大きな大きな歓声が、二階席から起き、そして一階のプレイヤーたちに広がっていった。


 勝った、勝ったんだ。思わず階下のあなたを見た。あなたは呆然と、バスケットゴールを見ていたけれど、ゆっくりと私を振り返った。


 親指をぐっと突き出す。すると、あなたもまた、同じように親指を突き出して、恥ずかしそうに笑った。


「ごめん、お待たせ」


 試合に勝ったら、校門前で待っていてほしい。そう言われたから、校門前で待っていた。私の姿が見えた瞬間、クラブメンバーたちと別れて、うれしそうに走ってくる。


「ううん。……勝ててよかったね」


 そう言うと、あなたは複雑そうな顔をした。


「……本当にそう思ってくれてる? 本当は、試合に負けた方が、告白されないで済む、って思わなかった?」


 そう尋ねられて、一瞬考え込んだ。


「……正直に言って、最初はそう思ってた」


 正直に答えると、あなたは少しうつむく。


「そうだよね」

「でも、試合を見ていて思った。勝ってほしいって」


 すると、あなたが顔を上げる。


「勝ってほしい。そう思ったときに、私の心は決まったんだ。周りからどう思われるかは分からない。でも、あなたが勇気をもって告白してくれたことはうれしかったし、私も同じ気持ちだったってことは伝えなきゃって」

「それって……」


 の目が、少しずつ輝いてくる。


「まずは、友達から始めない?」


 私の問いに、彼女はきょとんとする。


「もう十分友達だよ。だから、親友からのスタートだね」


 お互いに互いの顔を見て笑う。もう数年、こうやって話もしていなかったけれど、気持ちは変わらなかった。きっと、これからたくさんのものを見て、たくさんのことを知るんだろう。でも、傍で笑ってくれている人が、貴女ならいい。

 そう、思った。




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あなたのことが好きです。 工藤 流優空 @ruku_sousaku

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