第六章 事故物件 ~その五~
「カメラの映像のほうは、うちの警備部のほうでうまく差し替えてもらえると思います。でも、校庭に出ているほかの先生がたと生徒たちのほうは、石動先生のほうからうまく伝えてもらわないと」
「え、そうなの?」
「ここに大穴が開いていなければ、火災報知機の誤作動でどうにか押し切れたかもしれませんけど」
石動が開けた床の大穴をちらりと見やり、霧華が呟く。
「穴を開けたって……おまえを守るためだったんだけどなー」
「それは判っていますが」
「まあいいや」
静かに煙を吸い込み、石動はうなずいた。
「――戸隠がそういうなら俺は楽させてもらうよ。口から出まかせを考えるほうが戦うよりは楽だし」
「それでは、わたしはすみれさんと合流して葉月たちのところへ向かいますので」
「はいはい、お疲れ~」
教え子と運転手を見送り、石動は二本目のタバコに火をつけた。
☆
高速で回転しながら飛来する鉈を、足を斬り飛ばされることなく踏みつけて地面にめり込ませた林崎重信は、正面の男を静かに見据えた。
少なくともこの近くに、明確な殺気はひとつしかない。目の前の男――エローダーただひとりだった。
「……器用だね」
重信と重信が踏みつけた鉈を交互に見やり、男が感心したように呟いた。
「そいつ……手で触れたものを刃物に変えられるから」
荒い呼吸の中、葉月がいった。
「なるほど。武器の調達手段はともかく、ファイトスタイルとしては真っ向勝負の正統派かな?」
「……あんた向きの相手かもね」
「だといいが。……救護班が来るまで厳しいとは思うが、余裕があるなら彼女を頼む」
重信はわずかに身を沈め、左の拳を腰に添えた。
「へぇ」
男がふたたび感嘆の声をあげた。
「……やっぱりそっちの子と違うね、きみ。何ていうか……うん、容赦がないっていうかさ」
「おれが容赦したらそっちも容赦してくれるのか? してくれないだろう?」
「そりゃまあねえ」
のんびりと答えた男は、助走もつけずにその場でジャンプした。上のほうでガラスの割れる音がしたということは、どこかの部屋に入り込んだのだろう。重信との戦いから逃げるつもりはないが、葉月の横槍が入るのは避けたい――男の心理を重信はそう理解した。
「ステージ変更か。いいだろう」
男を追って重信もまた上へ飛んだ。一気に三階のベランダへと上がり、割れたガラスを踏み越えて室内へ入る。男の姿は見えないが、近くにいるのは確実だった。
「……日当たりのよさげな角部屋だな。おまけに風通しもよくなった」
そうひとりごちて隣の部屋に移動したところで、風を切ってナイフが飛んできた。それをごくわずかな動きでかわした重信へと、あの男が肉薄してくる。その右手には日本刀サイズの刃物が握られていた。
「体格のわりには――」
男の一撃をかわした重信は、逆に男の脇腹へと回し蹴りを叩き込んだ。常人が相手なら、今の一発で肋骨が数本砕けて内臓が損傷していただろう。しかし、男は常人ではなく、そして常人とは比較にならないほど頑健だった。
「あはあ」
サッカーボールのように壁に向かって吹っ飛ばされた男は、そのいきおいのまま左手を壁に突き立て、指先でえぐり取った建材を重信のほうへ飛ばした。
「!」
男の指から離れた建材のかけらのひとつひとつが、金属の薄片となって飛んできた。咄嗟に右手で払い落としたが、制服の袖はズタズタに裂け、腕からも出血している。
このくらいの浅い傷なら、重信の持つスキルで簡単に治せる。それよりも、敵に今のような攻撃方法があるということが問題だった。あの程度の攻撃でも、目に当たるようなことがあれば致命傷になりかねない。
「……四方を壁に囲まれたステージはそっちに有利すぎると思うがな」
「そう? じゃあまたさっきのところに戻る?」
「いや、いい」
重信がこのハンデを背負うかぎり、男が美咲や葉月に危害を加える恐れはほぼない。ただ、もし重信が敗れれば、下にいる葉月はもちろん、一連の目撃者となってしまった美咲の命もないだろう。
重信はふたたび“朔風赤光”の構えを取り、男を見据えた。
「……学校に残った仲間たちのことも気になるから、さくさくっと片づけさせてもらおうかなぁ」
「同感だ。おれもさくっと片をつけようと思っていた」
「へえ」
薄ら笑いを隠そうともせず、男が突っ込んでくる。重信はそれに対して光の刃を一閃させた。
「うわっと!?」
重信の抜き打ちを受け止めた男の身体がぼよんと吹き飛ぶ。しかし、男は無様に壁に激突することなく、器用に壁を蹴って反撃に転じた。
「ていっ!」
天井をがりっとひっかいた男の指先から、建材の一部が小さなナイフとなって飛ぶ。狙いは甘いしサイズも大したことはないが、とにかく数が多い。重信は内心の苛立ちを噛み殺し、赤光の刃で冷静にそれらをはじき飛ばした。
「ていっ! ていっ!」
男は着地と同時に床に両手をめり込ませ、今度は果物ナイフサイズの刃物を次々に生み出し、投げつけてきた。
「……施工業者の努力を何だと思ってるんだ?」
男がナイフを投擲するたびに、その本数と同じ数のへこみがつるつるの床にできていく。それと同数の凶器をすべていなしながら、重信は男との間合いを詰めようとした。
「ふぬっ……!」
重信の目の前で、唐突に床から長大な刃がその切っ先を覗かせる。距離を詰めてくる重信に対し、男は床に両手を突っ込みんで、床材から刃渡り二メートル近い野太刀を作り出したのだった。
「!?」
大きな反りの入った刀身が、重信の股下から一気に真上へ跳ね上がる。重信は咄嗟にその場に踏みとどまり、赤光の刃を振り下ろした。
「面倒だな――」
がきん、ごろん、と重い音がして、野太刀の刃が中ほどで切断された。だが、男はすぐさま手もとに残った野太刀の残骸を脇差サイズの刃物に変え、至近距離から重信の胸へと投擲してきた。
「――――」
あやうく身をかわした重信の左の二の腕が深くえぐれ、血が噴き出した。さっきとは逆に、すばやく下がって間合いを広げようとするが、男がそれを許さない。男は床に落ちていた野太刀の刀身を重信へ向けて蹴り飛ばしながら、壁を削ってまたあらたな剣を作り出していた。
「あのギャルの子と違って、きみはやたら戦い慣れてるみたいだねえ」
「……否応なくな」
野太刀の刀身をはじき落とした隙を狙うように、重信の喉もとに男の突きが伸びてくる。しかし重信は神速の速さで赤光をひらめかせてその突きを跳ね上げ、さらに返す刀で斬りつけた。
「っと――」
重信の一撃で大きな切り込みが入った剣を、男は惜しげもなく放り出し、空いた手を重信の顔に伸ばした。
「!」
咄嗟に顔をかばいながら、重信は男の腹を蹴飛ばした。
「…………」
重信は顔をしかめ、自分の左腕を見やった。顔をかばった時に、男の指先に引っ掛けられた部分が、制服やシャツの袖ごとにえぐられている。失われた数十グラム相当の肉片は、鋭利な金属片となってフローリングの床にめり込んでいた。
「惜しいな……もう少し深かったら、きみの左腕ごと――お!?」
そう笑っていた男が、うまく着地できずに仰向きに倒れた。
「……え?」
慌てて身を起こした男は、すぐそこに転がっている自分の左足を見て目を見開いた。先刻の交錯の刹那、重信の繰り出した返しの一撃が、男の左膝を輪切りにしていたのである。
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