第四章 真実の指摘は人を不機嫌にさせる ~その一~




「お嬢が決めたことに文句でもあるわけ?」

「別に文句はない。戸隠とがくしさんの指示にはしたがうつもりでいる。今のは……まあ、単なるおれの感想、個人の感想だ」

「あんたの感想とか意見とか、わざわざここでいう必要ある?」

「そうだな。聞かれたことにだけ答えろというのならそうしよう」

 ことさら葉月はづきの言葉に逆らうでもなく、重信しげのぶは素直にうなずいた。それがまたこちらを軽くあしらっているようにも思えて、葉月にはどうにも気に入らない。

「あんたね……!」

「ちょっと待って、はづっち。今はわたしのお仕事中だから」

 歯をきしらせる葉月を制し、じゅんは身を乗り出した。

「――だったらむしろわたしはザキくんの意見や感想をもっと聞きたいんだけどー、慎重に行動する意味はないというのはどういうこと?」

「おれたちが慎重に行動していようがいまいが、向こうはおれたちを見つけ出せるわけだし、今後もそれは変わらないでしょう。だったらおれは、別に引き籠もる必要はないと思います」

「じっとしてるより動いたほうがいいってこと?」

「時間がたつにつれておれたちのアドバンテージが増えていくのなら、じっくり慎重に構えていてもいいかもしれません。ただ、こちらからアクションを起こさずに放置しておいても、この世界にやってくるエローダーの数がじわじわと増えていくだけじゃないんですか?」

「……でしょうね」

「おれがいっているのはそういうことです。このままエローダーたちが増えていって、たとえば一〇〇〇人、二〇〇〇人といった単位で組織的な攻勢に出られたら、“機構”はそれに対応できますか?」

 重信のその問いに、純は何もいわなかった。きりも口を閉ざしたままで、たぶんそれは、少年の懸念を否定できる答えを持っていないという意味なんだろう。前線で戦ってきた葉月自身、もし一度に一〇〇〇人のエローダーが襲撃してきたら、それを撃退するどころか自分の身を守ることすら無理だと思う。

 純は大仰に嘆息し、眼鏡を押し上げた。

「……リターナーとエローダーと、どっちの増加ペースが上なのかはデータ不足で推測するのも難しいけど、確かにあなたの意見にも一理あるかも。つまり、彼らが数を増やして大規模な組織的攻勢をかけてくる前に、各個撃破でどんどん数を減らしたほうがいいってことよね?」

「それがベストとはいいません。……ただ、おれが始末した五人のエローダーが、ばらばらにではなくもし全員でいっせいに仕掛けてきていたら、おれも無事ではいられなかっただろうと思っただけです。おれの感想ですよ、感想」

「……林崎はやしざきくんのいいたいことも判る」

「ザキくんな」

 すかさず訂正する重信を一瞥し、霧華は続けた。

「だけど、今のわたしのスキルでは、そこまで明確にエローダーの位置を感知することはできない。精度的なことを考慮しても、この国に潜伏しているエローダーを捜し出して倒していくのは難しいと思う。だから、彼らを狙って各個撃破していくという手は使えない」

「だったらなおさら引き籠もる必要はないんじゃないか? 少なくとも連中はリターナーの存在を感知できるようだし、ふつうにしていれば向こうから襲撃してくるわけだろう? それを片っ端から返り討ちにしていけば、それなりに数は減らせる」

「…………」

 霧華は口を閉ざして純と顔を見合わせた。重信の言葉に揺れているのかもしれない。しかし、葉月は重信のその意見に諸手を挙げて賛同はできなかった。

「結局それって、現状だと居場所を突き止められないから向こうにわざと見つけてもらってるだけで、要は積極的に戦うってことよね?」

 葉月がそういうと、重信はしばし沈黙してから、特に否定するでもなく小さくうなずいた。

「……そういうことになるな」

「あんたは結局、戦いたいってことよね?」

「別に戦いたいわけじゃない。おれたちが戦う以外に敵の数を減らす効果的な方法がなさそうだし、意見のひとつとしてそういってるだけだ」

「だけどあんたのその意見とやらは、さっきお嬢がいった、敵の目に触れないように慎重に行動するって考えに逆行してるでしょ? わたしは、こっちから仕掛けるのは、もっとエローダーの目的や正体がはっきりしてからでもいいって――」

「可哀相に……馬鹿なんだな、きみは」

「……は?」

 これまで重信は、皮肉をいったり慇懃無礼な態度を見せたりすることはあっても、ダイレクトに誰かを罵倒するようなことはなかった。そのせいか、重信があまりにあからさまに自分を馬鹿呼ばわりしたことに、葉月は怒るより先に呆然としてしまった。

「こちらから捜し出せない相手をどうやって調べるんだ? 現状、エローダーと接触する一番単純な方法は、おれたち自身が囮になって連中を釣り出すことだと思うんだが、かざおかさんにはほかに何かもっといい考えがあるわけか?」

「それは……」

「確かに、日本人の半分がエローダーに乗っ取られる頃には、その目的も明確になっているかもしれないな。……ということは、それまでおれたちは、自宅警備員を続けていればいいのか?」

「…………」

「戸隠さんの指示がどうであれ、“機構”のポリシーがどうであれ、エローダーが突っかかってくるのであれば、おれは全力で反撃する。ためらいも手加減もなしだ」

 そう断言した重信は、珍しく何かに苛ついているようだった。

「外見はともかく、連中の中身はおれたちを殺しにやってくる異世界の怪物だ。手心を加えればおれのほうが殺される。――なのに風丘さんは、やたら人道的なことをいっておれのそのやり方を非難する。だったらおれが納得できる代案を出してくれ。それがないならずっと黙っていろ。どうせきみは、戸隠さんがいったことにそのまましたがうだけなんだろうしな」

「く――」

「……もちろん、各人が生き延びることが最優先」

 言葉に窮した葉月の代わりに霧華が淡々と答えた。

「だからザキくんのいうことはもっともだと思う。でも、わたしの立場で、自分を囮にしてエローダーを釣り出してくれなんてみんなにはいえない。わたし自身は、敵と戦うためのスキルを持っていないから」

「同感です」

 すみれが溜息交じりに小さく手をあげた。

「――わたしもお嬢さまと同じような立場だから、ザキくんのいうことが正しいと判っていても、ほかのみんなにそうしてくれとはいえないわ。それは戦わない人間がいっていいことじゃないでしょ?」

「まあそうですね」

「だからみんなを危険にさらす積極策は打ち出しにくい。葉月ちゃんはお嬢さまやわたしの事情が判ってるから、それでほら……つい、ね?」

「戸隠さんの気苦労も知らない新顔が好き勝手ばかりをいうから、つい腹が立っていい返したってことですか?」

 重信は自分の眉間のしわを指先で押さえ、小さく苦笑した。

「――ま、それならそれでいいですよ、別に。どのみち、最終的に方針を決めるのは戸隠さんなんでしょう?」

「ええ」

「とりあえず」

 重信はすぐ隣にいた純にいった。

「――おれにそのつもりがなくても空気がギスギスしてくるので、おれにあれこれ質問したいなら、風丘さんがいない時にしてください」

「あんたが気を回す必要ないから」

 弱々しく吐き捨て、葉月はきびすを返して応接室を足早にあとにした。

 もしあそこで霧華やすみれが助け舟を出してくれていなかったら、葉月は重信に完全に論破されて、悔しくて泣いていたかもしれない。今も自分の顔が真っ赤なのが判る。葉月はぐっと唇を噛み締め、リムジンで送るといってくれた山内の厚意を断り、ひとりでマンションに戻った。

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