第三章 辻斬り ~その六~
「リターナーやエローダーに関して、いろいろと疑問に思うところがあるんですが、そういうことに答えられる人はいますか?」
「だったら純さんだけど、純さんなら――」
きょろきょろと視線をさまよわせるすみれに代わって、葉月が指さした。
「あそこにいる。今、お嬢といっしょに入ってきた白衣の人」
「ほほう」
「お嬢さまのお話がすんだら、きっと向こうからあなたのところへやってくるわよ。純さん、ザキくんに興味津々だから」
すみれは重信の耳もとでそっとささやいた。それまでわずかな顔見知り同士が小声で話し合っていた応接室の喧騒が消え去り、リターナーたちの視線が霧華へと集中する。こうしてあらためて見渡してみても、集まったリターナーたちのほとんどは霧華より年上の大人たちばかりで、例外といえるのは葉月と重信くらいだった。
でも、特殊な“スキル”を持った年上の“超人”たちを前にしても、霧華に物怖じしたところはない。
「辻さんが亡くなったという話はみんな聞いてると思う」
何の前置きもなく、霧華は卒然と話し出した。
「状況から考えて、偶然敵と遭遇して戦ったというより、待ち伏せされて不意討ちに遭った可能性のほうが高い」
霧華のその言葉を受けて、隣にいた純が続けた。
「以前からそうじゃないかとは思ってたんですけどー、今回の件で、ほぼ断言しちゃっていいと思います。――エローダーの中には、あなたたちリターナーの存在を感知するスキルを持つ者がいます。実際、ここ最近は、ピンポイントでリターナーを狙った襲撃が多発してますしー」
純が意味ありげに葉月たちのソファのほうを一瞥した。たぶん、重信が連続して襲われたことをいっているんだろう。
重信は純のほうを見ながら、小声ですみれに尋ねた。
「……戸隠さんもそういうスキルを持ってるんじゃないんですか?」
「そうね。わたしたちが把握しているかぎり、現状その手のスキルを持つリターナーはお嬢さまだけ」
「だからおれを捜しに戸隠さんが自分で出向いてきたわけか」
「危険は承知の上、今はそうやって少しずつでも仲間を増やさなければならないのよ」
重信とすみれのやり取りの間も、霧華と純は仲間たちに警告を発していた。
「――以前はともかく、最近のエローダーたちは、無暗に一般人たちを襲撃することを控え、この社会にうまく潜伏している。おそらくその目的は、わたしたちリターナーを捜し出して不意討ちするためだと思う。だからみんな、これまで以上に慎重に行動して」
「この傾向が今後も続くかどうかは不明ですけど、一応今のところ、エローダー側でも人目につかないように行動しているみたいです。なので、ド深夜に人気のないところをひとりでうろつくような真似は厳禁でお願いしますね。襲ってくれっていってるようなものなんで」
純の口調はどこか他人ごとのようで軽かったけど、内容の重さは葉月も理解している。辻が命を落としたのは、まさに純がいうようなシチュエーションにみずから身を置いた結果といってもいい。それを自業自得とまではいわないけれど、多少なりともエローダーのやり口を知っていた人間なら、考えが浅かったといわれても仕方ないとは思う。
「えーと……リターナーのみなさんてー、ちょっと厭世的というかー、人づき合いに難のある人が多いですよね?」
純が断定口調で失礼なことをいい始めたのを見て、葉月は溜息をついた。
「――それに、万が一の場合の情報漏洩を防ぐために、これまではおたがいの連携は二の次にしてましたけど、最近はエローダー側もかなり組織的に動いている気配がありますから、こちらも対応を徐々にあらためる必要があると思いま~す」
「純さんはああいってるけど、具体的にはどうするの、すみれさん?」
紅茶をすする重信の頭越しに、葉月はすみれに尋ねた。
「さあ? とりあえず連絡先の交換でもしておく?」
すみれや山内とは何度もいっしょに行動しているけど、葉月のスマホに彼らの連絡先は入っていない。何かあった時の連絡先は、霧華が用意したペーパーカンパニーのひとつ、松代法律事務所になっているけど、もちろんそれも、そこから“機構”の情報がエローダー側にもれることを警戒しての措置だった。
葉月自身は、どういう方針であろうと、霧華の判断であるならそれにしたがうつもりだった。自分よりも霧華のほうが視野が広く、その判断も正しいと信頼しているからである。
その後、くれぐれも慎重に行動するようあらためて霧華が一同に釘を刺して、今夜の会合は終わった。少しずつタイミングをずらし、三々五々とリターナーたちが戸隠邸を去っていく中、葉月は霧華に声をかけられ居残っていた。葉月のほかには、すみれと山内、純、そして重信も応接室に残っている。
「葉月ちゃん、ちょっと場所代わって♪」
重信と視線を合わせることなく仏頂面で押し黙っている葉月のもとへ、喜色満面といった表情の純が軽くスキップまでしながらやってきた。
「ほらほら、どいて♪」
「…………」
なかば強引に葉月をどかせた純は、代わりにそこに腰を据え、馴れ馴れしげに重信の手を握った。
「あなたがはや――ザキくんね? わたしは“機構”でリターナーやエローダーの研究をしている榎田で~す。すみれさんから何か聞いてる?」
「ええ、まあ」
「あなたにはいろいろと聞きたいこともあるし、今後ともよろしくねー?」
そういって、純は強引に重信と握手を交わした。葉月が“機構”に加わった時も、確かこんな調子だった覚えがある。学者としては優秀なのかもしれないけど、その一方で、純にはあらゆることを興味本位で捉え、面白がる一面があって、葉月としてはそこが少し引っかかる点だった。
純は白衣のポケットからICレコーダーを取り出し、重信に尋ねた。
「すみれさんによるとー、ザキくんはこの世界に戻ってくるまでに複数の異世界を渡り歩いてきたのよね? 正確にはいくつ?」
「覚えてません。最初のうちは律儀に数えていたんですが、二〇を超えたあたりでそれもやめました。自分の意識や記憶、あとは一部のスキルを除けば、次の世界には何も持ち越せないと判ったので」
重信が淡々とそう答えるのを聞いて、葉月は静かに目を見開いた。
「……すみれさん」
葉月はすみれを引っ張ってソファから離れると、小さな声でささやいた。
「あいつがいってること、本当なの?」
「え?」
「だから、異世界をいくつも渡り歩いてきたって話! だって、ほかにそんな人いないでしょ?」
「まあ、本当かどうか確かめようがないから、ああして純さんが詳しい聞き取りをしてるの。……でも、現に彼はたくさんのスキルを持っているようだし、それらはすべて別の世界で身につけたものなんだって」
「……それ、本当なの?」
「ザキくんがそんな嘘をつく理由がある?」
「……彼がわたしたちを騙そうとすれば、わたしにはすぐにそれが判る」
いつの間にか葉月のもとへやってきていた霧華が、じっと重信を見つめたまま呟いた。
「少なくとも今の彼は、純さんに本当のことをいっている」
「…………」
霧華がそう断言する以上、重信は嘘をついていないんだろう。そこに異を唱えるのは、リターナーとしての霧華の能力に疑問を呈するということで、いい換えるなら、彼女の言葉にしたがって動いている“機構”そのものを疑うことでもある。
「あくまで状況からの判断でしかないけど、さっきもいったように、わたしたちはエローダー側にリターナーの存在を察知するスキルを持つ者がいると考えてます。そんな力を持ったエローダーがこの世界に現れたことで、あなたをはじめ、多くのリターナーたちが集中して襲撃されている――というのがわたしたちの推測なんだけどー、あなたはどう思う?」
「ありえるんじゃないですか? 現におれだって、自分に向けられる殺意を明確に感知できますし」
紅茶を飲み干し、重信は大きくうなずいた。
「――それは、何番目の異世界だったかは覚えていませんが、とにかくそういうスキルが存在する世界で身につけたものです」
「なるほど……要するに、第六感的な感覚を拡大、増大させるスキルはさほど珍しくないといいたいわけね?」
「ええ、まあ。……ただ、だからこそ慎重に行動したところで意味はないような気もしますけど」
「……それ、どういう意味?」
葉月は目を細め、重信と純の会話に割り込んだ。
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