第三章 辻斬り ~その四~
自室に戻る霧華のあとをついて歩きながら、純はいった。
「ゆうべから連絡が取れてなかった辻くんですけど、やっぱりやられてました」
「そう」
「警察のほうに辻くんの愛車が事故を起こしてるって通報があって、その付近の森の中で死体が発見されちゃったんですけど、そっちはもうすみれさんが手を回してどうにか騒ぎを最小限に抑えられそうでーす」
「相手は?」
「そこまでは判らないですねー。少なくとも、やり口が判明してる既知のエローダーじゃないっぽいですけど」
アーモンドチョコを口に放り込み、純はあっけらかんと笑った。
「――どっちにしても、辻くんが一方的にやられる相手となると、それなりに手強い敵ってことですね」
「…………」
「期待の星のザキくんとやらはどうです? 口説き落とせそうですかー?」
「あしたまた話し合うことになった。すみれさんがいうには、今度はうまくまとまりそうだって」
「またすみれさんの直感てやつですかー?」
もうじき三〇になるというのに、純には多分に子供っぽい部分がある。葉月あたりはそれに苛立ちを覚えることも多いようだが、霧華は幼い頃から純を知っているせいか、つねに人をからかっているような彼女の口調にいまさら腹を立てることはない。
「あの子が仲間になったら、いろいろと伝えなければならない情報があるわ。今のうちにまとめておいてもらえます?」
「それ、すみれさんの仕事じゃないですかー?」
「林崎くんの心証をよくしておけば、いつかあなたの研究につき合ってくれるかも」
「わたしがやっときま~す」
途中で回れ右をし、純は小走りに駈け出した。
「小人閑居して――なんてならないことを祈りたいわ」
自室に入って鍵をかけた霧華は、ナイトガウンを脱いでベッドにもぐり込んだ。
☆
その日の昼休み、重信は異様な早さで弁当を平らげた。
「……ど、どうかしたの、のぶくん?」
向かいに座っていた
「何の話だ?」
「だって……食べるの早すぎない? 消化に悪いよ?」
「そうか? すこぶる体調はいいんだが……それもこれも
弁当箱を片づけながら、重信は美咲の懸念を軽く笑い飛ばす。すると、何となくいっしょに弁当を食べていた
「え? 何となくおかずがかぶってるからそうかなって思ってたけど、やっぱりザキくんのお弁当も美咲が作ってるんだ?」
「ちっ、違うから! これはうちのおかあさんの!」
「なぁんだ、美咲の手作りじゃないの」
「どうしてそこで夏帆がガッカリするのよ……」
「確かに弁当は田宮くんのところのおばさんに作ってもらっているが、最近のおれの朝食は田宮くんが用意してくれているぞ? ありがたい話だ」
「は? 通い妻じゃん、それもう」
「ちがっ……」
友人の指摘に、美咲は慌てて首を振った。
「そうだな。通い妻というからには朝食以外の家事もやってくれてよさげなものだが、実際のところ、ほかの家事はお利口な家電とおれが自分でやっているから――」
笑って説明しようとした重信は、途中で口を閉ざした。昼休みの教室の喧騒が不意に静まったのに気づき、戸口のほうを振り返ると、長い黒髪を揺らして戸隠霧華が無言で立っている。彼女の登場に気づいた生徒たち――おもに男子生徒たちが、言葉を忘れてそれに見とれていたのだった。
「ごちそうさま。今度おばさんにもちゃんとお礼をいわないとな」
重信は美咲にそう告げて立ち上がった。
「……のぶくん?」
「どうやら戸隠さんはおれに用があるらしい」
「えっ?」
霧華は重信が席を立つのを見届けると、やはり何もいわずに制服のスカートをひるがえして歩き出していた。
「おい、何だよ、ザキ! おまえ、いつの間にお嬢さまと仲よくなったんだ!?」
また余計なことをいい出したのは
「実は彼女はオカルト趣味の持ち主で、死後の世界に興味があるらしい。だからおれに聞きたいことがあるそうだ。臨死体験のひとつもしてみれば、おまえにもお声がかかるかもしれないぞ?」
「は? 冗談……だよな?」
「いや、事実だ。事故で死にかけていなかったら、彼女からお呼びがかかることはあり得なかっただろう。だいたい、おれと戸隠さんでは生きている世界が違うからな」
冗談ではなく本心からそう口にした重信の言葉を、果たして彼らがどこまで信用したかは判らない。ほかの男子たちと微妙な表情で顔を見合わせている京川を放置し、重信は教室をあとにした。
すでに霧華の姿は近くには見当たらなかったが、彼女がどこにいるかは判る。重信は階段を登ってまっすぐ屋上に向かった。
「ゆうべはご苦労さま」
屋上にやってきた重信を、霧華はまずそうねぎらった。
「礼をいわれるようなことじゃない。降りかかる火の粉を払っただけだ」
「だとしてもよ。……それで、きょうは答えを聞かせてもらえるということだけど」
「…………」
屋上で待っていたのは霧華だけで、きょうは葉月の姿はない。何かと突っかかってくる彼女がいないほうが話はスムーズに進むだろう。
「基本的にはきみたちの――何だったかな? 政府開発機構?」
「“異世界帰還兵支援機構”。“戸隠機構”とか、単純に“機構”と呼ぶことが多いけど」
「そうか」
あらためて聞くと、やはりご大層な名前である。
「――とにかくその“機構”とやらに、おれも加えてもらいたい」
積極的にエローダーと戦うことになるとしても、それでも“機構”の一員になるほうがいいと重信が決断したのは、この一週間、毎晩のようにエローダーの襲撃を受けたからだった。もちろん、重信はそのすべてを斬り伏せてきたし、この先も負けるつもりはない。ただ、重信が悩まされるのは戦闘前後のさまざまな処理や手続きだった。
もし公衆の面前でエローダーを返り討ちにすれば、重信は即座に殺人犯というあつかいになってしまう。これまでは襲撃がつねに深夜で目撃者がいなかったことと、山内がエローダーの死体の処理をすみやかにすませてくれていたから、単に騒ぎにならずにすんでいただけである。もし“機構”と距離を置けば、たとえエローダーに殺されなかったとしても、早晩、そうした問題に直面することは目に見えていた。
だが、“機構”のサポートを受けていれば、エローダーと戦うために人目につかない場所を捜すのも、もちろん戦闘後の処理についても、重信があれこれ苦労することはなくなるだろう。
「……ただ、ひとつこちらから条件をつけさせてもらってもいいか?」
「条件? 聞かせて」
「何といったらいいかな――」
それから重信は、あれこれと言葉を選びながら霧華に説明した。
「意外……とは思わないわ」
「そうか?」
「すみれさんがそれらしいことをいっていたから」
「そうか」
「だから、あなたの要求もある程度は予想できていたし、そのための準備もすでに進めさせている」
「ありがたい話だ」
「……悪いけど、そう喜んでばかりもいられない」
ほとんど表情を変えることなく、霧華は続けた。
「戦力としては葉月よりも上だった、辻さんという腕利きのリターナーの遺体が郊外の山林で見つかったの。ゆうべあなたが戦っていた裏で、彼もおそらくエローダーと戦って、そして殺された」
「風丘さんより強いというのはかなりだな。……そんなリターナーが負けたわけか」
「ええ。……急で悪いけど、今夜、山内さんを迎えにいかせるから、うちに来てもらえる? すみれさんや純さんも含めて、少しみんなで話し合いたいの」
「純さんというのは誰だ? リターナーか?」
「いいえ。やたら頭がいいだけのふつうの人間。わたしたちの頭脳といったところ。あなたからいろいろと直接聞いてみたいことがあるといっていたわ」
「……まあ、仲間になる以上はそういう協力も必要か」
溜息交じりにうなずき、重信は戸隠邸行きを了承した。
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