12話 俺んちで昼食を

 「あの、ありがとうございました」


 あの一言ですべてを察した俺は、諸々の懸念を全てどこかに追いやり彼女に我が家のお手洗いを貸した。


 高見さんを招き入れるとともにトイレの場所だけを教えてリビングに猛ダッシュ。

 お客さんですか?と頭を押さえながら訪ねてくるハナさんにはまだ残っていたアイスを全て頬張らせてアイスクリーム頭痛を再誘発、ブサイクなエッジボイスが暫く部屋にこだまし続けていた。

 その後危機を脱したらしい高見さんがリビングの扉を開け、部屋に入ってくる。


「いえいえ、気が利かなくてすみませんでした」

「いえいえいえ、こちらこそ初対面早々にお部屋に上がり込んでしまって」


 おそらくお互いあまり人付き合いが上手くないタイプだな、と分析しながらペコペコしあっていると、頭痛から回復したハナさんが口を挟んできた。


「稔くん、こちらどなたです?」

「お隣さんです、802の高見さん」


 あらそうでしたか、どうもどうもとハナさんが頭をペコリと下げて挨拶する。


「はじめまして、ハナといいます。稔くんの」


 一旦言葉を止め俺を見て、再度高見さんに向き直る。


「恋人です♡」


 バチコーン、と不器用なウィンクと共にありがたい嘘が炸裂してくれた。

 若干ムカツクが、ぶっつけのこの状況で空気を呼んでくれたようだ。

 ここで俺の時と同じく神だと名乗ろうものなら、ややこしい上に取り返しの付かないことになっていただろう。

 ナイスです、ハナさん。


「あーそうです俺の彼女のハナさんです」


 乗っかってみたが、若干棒読みになってしまった気がする。

 高見さん、妙に感じてないだろうか?


 等々思惑を含めた俺達渾身の挨拶だったが、返事がない。

 慣れないウィンクで閉じた左瞼をピクつかせているハナさんを、高見さんはボーっと見つめている。

 ……初めて会った時と同じく、高見さんは完全にフリーズしていた。


「……高見さん。あの、高見さん?」


 再度声を掛けると、ハッと空気を吸い込んだ高見さんが再起動した。


「あ、すみません隣の高見です。すみません固まっちゃって、ハナさん、すごく綺麗だと思ったから」


 どうやらハナさんの見た目撫子っぷりに驚いていたらしい。

 お褒めの言葉を頂いた当の本人はイヤンイヤンとグネグネしている。


「お世辞がお上手ねぇー!そういう高見さんも可愛いですよ、今いくつなの?下の名前は?ご趣味は?普段何をなさっているの?」


 ハナさんがお見合い相手のお母さんモードに入ってしまった。

 矢継ぎ早に距離間を度外視した言葉を投げまくっている。


「あ、あの、ありがとうございます。えーっと今高校2年で、下の名前は舞で、趣味……部活でサッカーやってて、えーっと」


 お隣の高見さん改め現役JK高見舞さんはあわあわと緊張を態度に出しながらも、懸命に自称神様の質問攻めを凌いでいる。

 対するハナさんはご機嫌だ。

 会話の勢いは途切れず、俺が入り込む余地はなさそうだ。


 ここで一度状況の整理をしよう。

 一人暮らしの男の家に、お隣さんの女の子を招き入れている。

 これはヤバい。

 よく考えなくても現代日本ではヤバい。

 ついでに自称神も同室ときた。

 別の意味でヤバい。

 おしゃべりというか質問攻めに夢中だが、ハナさんは存在がヤバい

 後者は正直どうしようもないので、前者をどうにか解決しなければ。


 一度部屋に入れてしまった事実は覆しようがない。

 高見さんをやんわり外に出せば済む話だが、この暑い中に放り出すのも不憫だ。

 とりあえず俺の部屋の中で涼ませながら、保護者の方の帰還を待たせるべきだろう。

 問題なのは同室にいることだろう、きっと。

 ならば取る手段は一択だ。


「高見さん、お昼って食べた?」


 ハナさんのマシンガンに横やりを入れる。


「え、まだ食べてませんけど……。えっと一体」

「よかった。今食べたいものって何かある?」

「え、あの、えっとなんかパスタ的な……」

「了解です。ハナさん、俺お昼買ってくるんで高見さんとおしゃべりしててください。ハナさんはなんでもいいですよね?」

「えー私には希望取らないんですか?私はお米希望です!」

「へい。高見さん、とりあえず俺の部屋で涼んでください。暑ければエアコンとか弄っててもいいんで。あと俺が出てる間にもしお母さん帰ってきたら、自分の家に戻ってもいいし。あとハナさん、あんまり質問攻めしたり変な冗談言ったりしないでくださいね」

「はーい。ちなみに変な冗談とは?」

「私は神だ、みたいな突拍子もないヤツです」

「……おー、それは正気を疑う冗談ですね。了解です」


 それとなくハナさんに釘を刺してみたが、どうやら伝わったらしい。

 伝わったと信じたい。

 ニヤリと口の端を歪めるハナさんと何か言いたげな高見さんを尻目に、そそくさとリビングを出て玄関へ。


 懸念される事案の解決方法。

 ……そう、俺がなるべく高見さんと同じ部屋に居なければいいのである。

 なんだかズレてる気もするが、俺の答えはこれだ。

 バタリと玄関のドアを閉め、先程の熱気と再開する。


「あー……」


 こんなに自室の居心地が悪いのは、久しぶりかもしれない。




―――――




 これまた先程……とは別の、もう少し家から遠いコンビニで適当にパスタと弁当、飲み物を購入してゆっくりと歩く。

 帰ったら高見さんがお隣へと戻っているのがベストだが、果たしてどうだろうか。

 時計も既に二時近くまで進んでいるので、あり得そうではあるが。


 ふと気が付くと、あの妙なスーツの男性がいた通りに来ていた。

 まだ居るだろうかと気を付けながら例の電柱に近づいて行く。

 

 結果、電柱の傍にあのスーツ姿はなかった。

 どうやら動いたらしい。

 ぶっ倒れていなくてよかったと思い電柱をと通り過ぎようとしたとき、ふと最初は気にもしなかった電柱の根本が視界に入り足を止めた。


 小さな缶のスポーツドリンクが、のままちょこんと置かれている。


 あのスーツの人が買って飲まずに置いて行ったのだろうか?

 つくづく妙な人だったのだろうか。


 とりあえず再会せず済んだことにほっとしながら、またゆっくりと歩いて家に帰った。




―――――




 玄関を開けると、廊下にはリビングから漏れる話し声が小さく反射していた。

 先程の一方的な質問攻めは終わったらしく、クスクスとハナさんと高見さんの笑い声が聞こえる。


 高見さん母はまだご帰宅なさっていないらしい。

 ま、しょうがない。


 ガサリとプラスチックバッグを揺らしながらリビングに入る。

 ハナさんはベッドにドッカリと、高見さんはチェアにチョコンと腰かけていた。


「ただいま戻りました。とりあえず、食べましょうか」

「お、おけーりなさい。私のお昼はなんでしょう!」

「のり弁」


 一番安かったから。


「やったー!私、のり弁大好き!」


 昨日のカップラーメンといい、この神様のコストはさほど高くなさそうだ。

 高見さんも口を開く。


「あ、おかえりなさ……いや、お邪魔して、ます。あの、やっぱり悪いです、ご飯まで頂くなんて」

「あぁ、あんまり気にしないで。コンビニごはんで申し訳ないけど、食べてってください。俺らだけ昼食べるのもなんだし」

「いやいや、だって」


 と高見さんが遠慮しだしたところで、なにかがクゥーとなった。

 高見さんの、お腹の虫だった。

 お互い向かい合ったまま、暫しの沈黙。


「……~~~~!!!」


 高見さんの顔がみるみる紅潮しだした。

 一方の俺は笑いが漏れないように口の端を絞める。


「……すみません、朝あんまり食べてなくて、部活だったし、お昼も食べてなくて」

「っふ、うん、いいのいいの。部活お疲れ様です。カルボナーラとボンゴレのヤツ、どっちがいいですか?」

「……ボンゴレのヤツで……」

「了解です。レンチンするから、座って待っててください。あとハナさん、アイスコーヒー買ってきたので全員分コップに注いで出してください。氷は冷蔵庫にあります」

「はーい」


 とりあえず、遅めの昼食の準備を進めるのだった。

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死のうとしたら、神様と暮らすことになった件。 久省 肇 @hajimekujyo

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