9話 Sleep Well, Darling
その後、3分で成った現代の魔法を10分もかからず胃袋に流し込んだ俺達は、交互にシャワーを浴び。
(脱衣はしっかりと脱衣所でさせ蛇口の水温調整方法も事前にレクチャーしシャンプーとボディーソープのボトルも教え、寝間着と称して適当な大き目のTシャツと短パンを渡した。我ながら完璧だ。)
すっかり汗を流した後は。
「ぶはっははっはははっはははは!」
「はははっははははは!っひぃー!」
狂っていた。
「あははは!シミズ!さっきまでヨハンって!
「しかも罪状、キセル!あはははは!」
正確に言うと、動画投稿サイトでちょっと昔のコントを見て笑っていた。
「ぶはっははは!はぁ……稔くん、次!ほかのやつ!んぐっ……んっ……ぶぁー!」
「んふっ……あいよ!んぐっ……うんめ。うっぷ」
そして正確に言わなくても、俺達は酔っぱらっていた。
「さてお次は……ぶはははは!続くんですかこのシリーズ!」
「あはははははは!バカすぎる!」
ハナさんの後に入浴した俺の髪がドライヤーによって完全に乾かされた辺りで、ハナさんに飲み物は無いかと訊ねられ、冷蔵庫を漁った。
丁度良く、先週に近所のスーパーで買いこんだきりの発泡酒が1ダースほどあり、逆にそれ以外はペットボトルの水ぐらいしか無かった。
どちらがいいかハナさんに聞くと、即答だった。
曰く、『噂に聞く麦酒ですね、是非!初めてです!しゅわってるんでしょう!?』とのこと。
俺も同じく喉が渇いていたので、しゅわっている旨を肯定し2本を居間に持っていった。
プルタブを開け、一口飲み。
「ばははははっはははは!今度は立ち小便ですか!」
「ははっはは!さっきとカッコ同じ!……っぷ」
今に至る。
二口めからはもう止まらなかった。
まず味に感動して、ほぼほぼイッキのような形でハナさんが1本。
満面の笑みを浮かべるハナさんを眺めながら、同じように俺も1本。
この他にもたくさんの種類のビールがあるのかと訊ねるハナさんがもう1本。
沢山あるし、何ならこれは正確にはビールではないと答える俺ももう1本。
これは正確には発泡酒といって、それは一体ですか、俺も正確には知らないし調べてみますか、じゃあPC使いましょう、いいですけど勝手に弄らないでください、なんでですか、見られたくないものも入ってるので、なにそれ逆に気になる。
気付けばPCのGrome(ブラウザ)にはVikipedia(ネット辞書)のタブの他にYouCube(動画投稿サイト)が開かれており、興味深々のハナさんが俺からマウスを奪い取り適当にトップページの動画をクリックし、その動画はちょっと前に流行ったコント番組のもので、それがさらに自動再生でオススメ動画を流し続け、それにつられて笑いと飲酒は止まるところを知らず。
「ばっはははははは!パート3!ははははは!」
ご覧の状況である。
ちなみにこのばとかぶとかから始まる笑い声はハナさんのものだ。
その綺麗な顔立ちからは想像できないくらい、笑い方は豪快だった。
傍目にちょっと残念だな、と思った。
「っひぃー。あぁ笑った。芸人さん、すごいですねぇ。ちなみにこのヨハンって名前は何か理由があるんですか?」
一連のコントシリーズを見終えて、ハナさんが目に涙をためながら訊いてくる。
「っふぅー。えーと確か、
酔いが回った頭で適当に思い出す。
序盤の引き込み方がすごい漫画だった気がする。
酔っているせいか、中盤から終わりにかけては全く思い出せないが。
「ぶふっ……じゃああの人、それに憧れてあんな……ふふっんふふふふ」
ハナさんは缶を持った手で口元を覆いながら肩を震わせる。
その後、彼女の笑いはもう少し止まらなかった。
―――――
いつの間にか飲み始めは10時を回ったぐらいだった時間が11時も半分を過ぎており、テーブルに転がる空き缶も野球チームくらいの数になっていた。
ダースで蓄えられていた発泡酒も、半数以上は俺達の胃袋に消えたらしい。
「あー……」
そして俺は、頭がポワポワしていた。
心臓は、ドクドクしている。
目は、あんまり開かない。
俺は、あまり酒に強くない。
飲めるし好きだけれど、身体の方はそうでもない。
成人して云年も経てば、嫌でもわかる事だった。
それを忘れるくらい、飲んでしまった気がする。
なんでだろう、とぼんやり考える。
「おーい稔くーん、稔くーん?」
身体がグラグラしている。
震源は左肩っぽい。
ハナさんか。
「ぼちぼち半夜ですし、おねむですよねぇ。……ふぁ」
仰る通り、眠かった。
ハナさんも、
このまま椅子で寝たら、明日は全身バキバキだろう。
「うー……。すみません、眠いです。寝ましょう。ハナさんの布団も今出しますんで」
来客用の布団がある。
用意せねば。
あれ、そもそもハナさんに布団必要だっけ。
「あ、いいですよお構いなく。あっちの
姿消せば布団要らないんじゃ。
などと問う前に、ハナさんに連れられベッドにダイブした。
手足が解けていくような感覚。
どこじゃ、とハナさんがクローゼットを漁る音が聞こえる。
あぁ、疲れた。
酔ってるし。
なんでこんなに酔って疲れているのだろう。
こんなに飲んだのは久しぶりだ。
この疲れはそのせいだろうか。
……いや、違うな。
口角と腹筋、それと喉の痛みが、原因を明確に教えてくれた。
他人とテーブルを囲むのが久しぶりだったからだ。
なんというか、心地よい疲れだった。
「ふー……」
壁を背にするように、横に寝がえりをうつ。
明日は、念のため取っておいた有給で連休の最終日。
ハナさんも色々と入り用だろうし、買い物にでも行こうか。
あとこの家のルールを決めなければ。
ほかは。
意識が途切れそうになったその時、ベッドへさらに重みが加わる音がした。
「失礼しまーす」
ハナさんだった。
「布団、見つからなかったので今晩はこちらにて。……おお、これは」
横を向く俺の胸に入ってくる様に、身を寄せてきた。
ふわり、と同じ安物のシャンプーの香りがして、同時に何か甘いそれも微かに香る。
これは、ハナさんの香りなのだろうか。
「稔くんの匂いがしますねぇ」
どうやら、同じことを思っているようだ。
また人の寝床に勝手に。
何か言ってやろうと思ったが、既に眠気が限界だった。
何を言うわけでもなく、上目遣いのハナさんと目を合わせる。
吸い込まれそうな、黒い瞳だった。
「ふふ。……それ」
ふいに彼女が少し上にポジションを直したかと思った、次の瞬間。
俺の頭は、ハナさんに抱きかかえられていた。
柔らかい感触と温かさが鼻先を中心に広がり、先程の香りが一層強くなった気がする。
それになんというか、柔らかかった。
加えて、柔らかかった。
眠気と突飛な事態に、全く頭が働かない。
さすが何事かと抗議を。
「きみは、独りなんかじゃないよ」
言えなかった。
「あなたは何を抱えているのか、まだ私にはわからない」
「でも一つだけ、きみは自分が孤独だと教えてくれた」
「だからまずは、私がその傷を埋めましょう」
「夜に独りは、寂しいもんね」
「大丈夫だよ。怖くないよ、私がいるよ」
どんな顔をしているかはわからなかったけれど。
慈しみを湛えた、優しい声で。
「だからきみは、独りじゃないよ」
俺を包んだ。
あぁ、眠い。
「おやすみ、稔くん」
文句もおやすみも言えず、代わりに涙を一粒、俺の頭を抱きかかえる彼女の腕に落とし。
その日の俺の意識は完全に途切れた。
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