6話 山中ファッションショー
「なんとういうか、計画性があるのかないのか。ちゃんと帰りの足を用意してあったくせに、帰るどころかこの世とオサラバしようとしてたってことですよね」
理解不能ですよまったく、と彼女がぶつくさ言っている。
あの後ハナさんの了承を得て急いで支度しホテルをチェックアウトした俺は、スーツケースを駅前のロッカーに預け入れた後、昨日と同じく烏帽子山の山道を足早に登っていた。
昨日に負けず劣らずの炎天下を予想させる空は、遠くに大きな入道雲が浮かんでいる。
さすがに町中と比べると山中は涼しいが、それでも今日も絵に描いたような夏の日だった。
頬を伝う汗を拭いながら、山頂を目指す。
右の視界の端に見えるハナさんは、涼しい顔をしてすたすたと俺と同じペースで歩いている。
神様は
「計画性に関しては、俺もそう思います。ただ、俺の計画はハナさんと出会ってから
「はっは、それはどうも。今日もいい天気ですねぇ」
褒めたつもりはないが、まあいい。
「そういえばハナさん、ホテルの部屋出てから山道登り始めるくらいまで出てきませんでしたね。どこ行ってたんですか?」
「別にどこにも行ってはいませんでしたよ?姿を消して稔くんの傍にいました。この格好は往来じゃ目立つでしょうし」
なんとこの神様、人目を気にすることができるらしい。
それが出来るなら、今朝の肌色祭りはなんだったのだ。
「確かに、変に目立つよりはありがたかったですけど。ちなみにその恰好はハナさんの趣味ですか?」
密かに気にしていたことを訊いてみる。
「いいえ?私にはこの格好に全く心当たりがありませんし、私の趣味でもないです。なんか変じゃない?白装束に紅の帯って」
「え、そうなんですか。まぁ妙だとは俺も思いましたけど。でも一体なぜ、ハナさん自身がヘンテコだと思う格好をしてるんですか?」
「たぶん昨夜稔くんの前に像を結んだとき、恰好に関しては稔くんの意識が強く反映されたんだと思います。今の私は、半分あなたのおかげで成り立っているので」
「俺の意識、ですか?」
「そう。稔くんの深層意識的なアレが、あのロケーションで想起した格好を私にさせたんでしょう。顔と体は、こちら側でばっちりあの子っぽく出来たけど。稔くんこそ、この格好に心当たりはないんですか?」
「うーん、心当たりですか」
と言われても、こんな一歩間違えれば幽霊っぽい恰好に?
一応、頭の中で検索をかけてみる。
場所、山の上、祠、白装束、紅い帯、幽霊っぽい、夜、神様。
……あ。
「ハナさん、その恰好は昔俺がやったゲームの登場人物に似てるかも知れない、です」
「おや、やっぱり心当たりがあったようですね。ちなみにどんな物語のどんな人なんですか?」
正直言うべきか迷ったが、彼女のわくわくのまなざしに耐え切れなかった。
「ゲームとしてはホラーゲームです。写真を撮って幽霊をやっつけていくんですけど」
「写真で除霊ですか、なんとも奇妙な。してこの格好の人物は?」
「……作中の騒動の元凶で、かつて儀式の
「なにそれ……こわ……逆に興味出てきました」
怒られるかと思ったが、意外と食いつきがよかった。
「でもなんだか悪霊と同じ格好というのもねぇ……着替えますか」
彼女は足を止め、手を顎にあて考え込みだした。
「着替えるって、ここでですか?どうやって?いや待って脱がないでくださいね!」
「脱ぎませんよ!私を露出狂かなにかだと思っていらっしゃるのか!」
ちょっとだけ思ってます。
「ったく。私の恰好が稔くんの意識で決まったのなら、同じようなことを上書きしてしまおうというのです」
「うーん?というと、どうするんですか?」
「稔くんに、私の像を書き換えてもらいます。この現代に溶け込めるような感じの服を着た私を空想して、念じてみてください」
「現代に溶け込める感じ……俺が念じるだけでいいんですか?」
「うむ。ばっちり似合う夏コーデでお願いします」
わくわくのまなざし、パートツー。
どうにもあの目を向けられると断れない。
「じゃあ」
目を閉じ、彼女に似合うばっちり夏コーデを思い浮かべる。
彼女に似合う服。
……ダメだ、いきなり言われても大して思い浮かばない。
こんなことになるなら、もう少し世間の流行ファッションをチェックしておくべきだったか。
ええい、ままよ。
「ほほー、これはこれは」
目を開けると、夏コーデの彼女が立っていた。
俺が貧弱な脳内ライブラリから呼び起こしたのは、シンプルなデザインの白いワンピースだった。
「結局白いのであまり変わり映えしませんが、可愛いので良しとしましょう」
その場でくるりと回り、裾が残像を残して踊る。
単純に、綺麗だと思った。
「しかし、これが稔くんのセンスですか。ほーん、こういうのがお好みで。へーえ」
「なんですか、ニタニタしないでくださいよ。似合ってるしいいじゃないでしょ別に。なんなら……」
再度目を閉じ、軽く念じる。
「なにを……おお!」
「白いワンピースは麦わら帽子。ついでのプレゼントです。日差しも強いし」
「いいですね、清楚さマシマシでいいですよこれは!ついでにひまわりも、帽子にひまわりの花もつけて!」
つくづく器用な人ですねぇ!とお褒めの言葉も頂く。
すっかり今風の装いに着替えたご機嫌な彼女を尻目に、登山を再開した。
―――――
昨日より早いペースだったのか、ものの一時間足らずで俺たちは山頂に辿り着いた。
日中ということもあり足元に不安が無かったからかもしれない。
代わりに、汗も昨日の倍ほど出た気もするが。
「っだぁー、着いた。小山とはいえ、二日連続の登山は運動不足にはキッツイな」
昨日も世話になった東屋の椅子に腰掛け、足を休める。
「意外とだらしないですねぇ。私はぴんぴんしてるのに」
「そりゃハナさんは途中からふわふわ飛んでたからでしょ。逆に飛べるなら、途中まで俺と一緒に歩いてたのはなんだったんですか」
「たまには歩くのも悪くないかなって思っただけですよ。それこそ、運動不足解消にね。オホホ」
……だんだん子憎たらしさが増してきてないだろうか。
態度には出さず、引き続き息を整えた。
落ち着いたところで、目的を果たすために立ち上がる。
「よっしゃ、探すか。ハナさん、ハナさんの祠ってどっちでしたっけ」
「おお、そういえば登山が目的ではなかったわね。こっちこっち」
彼女に先導してもらい、森の中へ入っていく。
昨晩は夕暮れから夜にかけての散策だったから、正直場所の記憶があやふやだったのだ。
ハナさんが居て助かったな。
少し歩いたところで、祠へと辿り着く。
石造りのそれは、木漏れ日を受けて静かに存在していた。
「ようこそわが家へ。屋根には登らないでね!」
「わかってま……あ、ネクタイも回収していきたいので、やっぱりもう1回だけ登ってもいいですか」
「いや登んのかーい!……そういえばそっちもそのままだったわね。そっちは私が取っちゃりますよ、飛べるし。稔くんはスマホを探しなさいな」
「その手があったか。ありがたいです、それじゃお願いしますね」
ネクタイはハナさんに任せ、俺はスマホ探しに取り掛かった。
えーと、どの辺に投げたっけ。
もう一台携帯があれば鳴らして確認出来たのだが、ないものはしょうがない。
腰を落とし、祠を中心に辺りの草の根を分けまくる。
分けまくる。
分けまく……
「発見!目的達成、一安心だ」
祠からほど遠くない地面に、俺のスマホは落ちていた。
バッテリーは……切れている。
多少高いところから放り投げたが、故障していないだろか。
現状確かめる術はないが、見つかっただけで良しとしよう。
「見つかったようですね。こっちもお返ししましょう」
近寄ってきたハナさんからネクタイも受け取り、すべての目標を達成した。
ネクタイはバッグに仕舞い込む。
「よし。それじゃハナさん、本題のほ……」
声を掛けようとして、止めた。
ハナさんはいつの間にか俺のそばを離れ、祠の前に立っていた。
少し泣きそうな、悲しそうな眼でそれを見つめていた。
何を、考えているのだろうか。
そのまま少し、無言の時間が続いた。
「……ハナさん、お参りしてもいいですか?」
「……え、なんですかいきなり。それに私ここにいるので、私を崇めればいいのでは?」
「尊大ですね、さすが神様。それでもいいんですけど、ハナさんの家の方にも。昨日登っちゃったし、そのお詫びをおうちにも、ね」
「はあ、そうですか。別に構いませんよ、どうぞ」
なんとなくだが、そうしたほうがいいと、そうしたいと思った。
彼女は少し後ろに下がり、祠の目の前に俺を招く。
どうも、と彼女に言ってから、祠の前で膝を折り腰を低くする。
目を閉じ手を合わせ、昨晩は失礼しましたと心の中で謝った。
「……ふふっ」
後ろのハナさんが、くすりと笑った。
立ち上がり振り返ると、ハナさんはそよぐ風に帽子を飛ばされないよう手で抑えながら、目を細めていた。
「久しぶりの参拝客です。やばい、ちょっと、うれし」
―――――
「さて、本題に戻りましょう。ハナさん、俺今日の午後には東京に戻らないといけないんです。この有給使った連休……休み明けから、また仕事あるので。新幹線も昼過ぎのやつだし、もう行かないと」
「それは今朝聞きました。逆に私は言ってませんでしたが、勤め先があるのに死のうとしてたんですね。無責任すぎやしませんか、稔くん」
「いや、それに関しては返す言葉もありません。どんだけ衝動的だったんだって、今では思ってます」
東屋に戻ってきて、今朝の話の続きをハナさんとする。
死ななかった以上、この後の事を決めなければ。
「ハナさんとはここでお別れになると思います。なんというか、ご迷惑をお掛けしました」
彼女とは、ここで終わりだ。
短い間だったが。
……今までの人達と、同じように。
「お別れ……そうですね。私はここの神様ですし、この土地を離れられない。あなたがここを離れる以上、ここでお別れになりますね」
「ええ。なのでこれを」
「行きます」
彼女は俺の言葉を遮った。
前に出そうとした俺の腕は、中途半端な位置で止まってしまった。
行きます?
いきなり何の話だ。
「え、どういうことですか?」
「私結局、あなたが死のうとした理由をまだ聞いてませんよね。で、ここで稔くんからそれを受け取ってさよならしたら、私と稔くんはこうやって会えなくなるし、お話も出来なくなる」
差し出そうとしていたご神体の欠片は、バレバレだったらしい。
彼女は続ける。
「で、きっと次に稔くんは東京で死のうとする。そうなると結局聞けずじまいだしバッドエンドだし、私の寝覚めが良くないですね。これは良くない」
「そう、かも知れませんね。でも行くって一体?」
刻々と新幹線に乗る時間が迫る中、彼女は答えをくれた。
「私も東京、一緒に行きます。神様、上京です」
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