4話 神様なら俺の横で寝てるぜ
覚醒しかけていた頭が、視覚からの情報に機能を止める。
サラリと黒くまっすぐな髪。
長い
形のいい鼻と口は、規則正しく寝息を漏らしている。
どう見ても昨日山の上で出会った神様、ハナさんだ。
朝会いに来るという約束も彼女の存在も、幻ではなかったようだ。
昨夜閉め忘れた部屋のカーテンが、窓から入る朝日を
シミひとつ見当たらない白い肌が窓から注ぐ光を反射する様は、絵画のように美しかった。
見ていいものかと思いつつも、その美しさから目を離せなかった。
……だが何故、全裸?
ていうか、いつからここに?
覚えはないけど、ヤバいことしてないよな?
こちらの動揺を他所に、おもむろに彼女の目が薄く開かれた。
「……んぁ、はようございます」
頭を俺の腕に乗せたまま、寝ぼけ眼でこちらを見上げ挨拶をくれた。
「おはようございます、ハナさん。とりあえず腕を返してもらってもいいですか」
「うーん?んー……」
返事を待たず、そっと腕を抜き取る。
彼女の頭はぽさ、と軽い音を立てシーツに落ちた。
それと同じく少し彼女の体制も動き、先程までは見えなかった色々なところが危うく見えそうになる。
……朝から心臓に悪すぎる!
「あーハナさん、もう朝です。俺シャワー浴びてくるので、その間に起きて下さいね。あと服着といてください、マジで」
目を逸らしベッドから降りて、シャワーへの逃亡を試みた。
背後からはうーん、と返事のような何かが聞こえた気がしたが、気にせずそそくさとバスルームに逃げ込んだ。
……ハナさん、以外と大きいんだなぁ。
白装束、もとい和装だとわかりにくいもんだ。
―――――
眠気と混乱を排水溝へと洗い流し、再び部屋に戻る。
まだすっぽんぽんだったらどうしようかと警戒したが、彼女は昨夜と同じく白い着物を紅の帯で留め、ベッドにチョコンと腰かけていた。
「おかえりなさい。
「戻りました。ちなみに頂いたのはシャワーです。今時行水とは言いませんよ」
「知ってますよ、そのくらい。神様ジョークです」
へっ、と得意げな彼女。
なんというか、子憎たらしい。
まだ湿気が残る頭をバスタオルで拭きながら、彼女に問いかけた。
「ていうか、なんで俺の部屋……のベッドで寝てたんですか。しかも裸で。ていうか、いつからですか」
びっくりしましたよ、とも付け加える。
借りたホテルの一室だし、俺の部屋というのも少し違うなとも思ったが。
「
つい、じゃないよ。
俺にプライバシーは無いのだろうか。
何か文句を言ってやろうかとも思ったが、まだ全身に残る昨日の疲れがその気を失せさせた。
「そこまで高いホテルじゃないので、寝心地は値段なりだと思いますけど」
「いえ、普段のせんべい布団に比べれば雲の上にいるようでしたよ。あと寝床自体が高いのも、なかなか良いものですね」
せんべいて。
「そんなぺったんこな布団で寝てるんですか、神様なのに」
「いやぁ、長いこと使ってますからねぇ。誰か寝具一式をあの祠にお供えでもしてくれれば、新調出来るのですが」
「山の上に布団担いで登っていく人はまず居ないでしょうね。状況がシュールすぎます。……ちなみに裸だったのは?」
「それは、寝るときは裸派なので。夏なんて寝間着もうっとおしいでしょうに」
世の中にはそういう習慣を持つ人も居るらしいと聞いたことはあったが、神様にもそういうのがあるらしい。
年中寝るときは裸なのだろうか。
冬もお構いなしに、あの形のよい……。
「……まぁ良いです。あとさらっと出てきてますが、ハナさん一人でもこっちに来られるんですか?昨日は外の力が云々とか言ってたような」
「ええ、昨晩に仕込みを済ませたので、稔くんの近くになら私一人の力でも出てこれます。そういう風にしました」
「いつの間に。具体的には何をしたんですか?」
「昨日、稔くんに私の欠片を持たせたでしょう。あれとあなたの存在を近くに置いて、力同士を馴染ませたのです」
彼女は続ける。
「そうして、私とあなたはお互いをよりはっきりと知覚出来るようになりました。今では私の行き来もオンオフも、私側である程度なんとかできます」
昨夜の山の上での会話に引き続き、ふんわりとしたスピリチュアルな内容だった。
「えっと要約すると、ハナさんの裁量が増えたってことでいいでしょうか」
「
「そして状況を要約すると、俺ってハナさんに
「なんて人聞きの悪い!神の視線という加護を得たと、でも訂正しなさい!」
彼女がプリプリしている。
まったくもう、と呟いたところで彼女は居直しこちらをまっすぐと見据えて、
「まぁ、そういうことです。約束通り会いに来ましたよ、稔くん」
約束を果たしに来た、という挨拶をくれた。
「ええ、いらっしゃいませ。昨日の分も合わせて、お茶でも出しましょうか」
「いいわね!でも神様は、どうせならコーヒーというものを所望します。まだ飲んだことが無くて。あれ美味しいの?」
「了解です、このホテルのアメニティのでよければ。お口に合うかは、どうでしょうね。大人の味とは言います。苦くて、深い」
ハナさんのリクエストを受け、振り返ってテレビ台の脇に設置してあるお盆の上を漁る。
この部屋には、ドリップタイプのものが備え付けられていた。
お湯を沸かさないといけないな。
「あらそうなの。年寄りの私にはうってつけかもね。……さて」
そういえばハナさんっていくつなんですか、と尋ねるより前に、部屋にパサリと何かが落ちる音が聞こえた。
後ろを振り返ると、
「その前に、私もお風呂借りたいです」
衣服を脱ぎかけ、肩口をはだけさせた彼女が立っていた。
覗く肌の白さの
「っちょ!なんでいきなり脱いでるんですか!」
「だから私もお風呂に入りたいと」
「ハナさんはいきなりすぎるんですよ、俺の心臓に良くない!風呂、あっち!脱衣所で脱いでください!」
「あら、そうでしたか、それは失礼」
バスルームの方向を指さすと、彼女は面倒そうに裾を引きずりながら歩いて行った。
パタン、と扉の閉まる音がする。
とりあえず、一安心だ。
少しすると、扉の向こうから衣擦れの音が聞こえてきた。
「ったく。……ハナさん、さっき俺が浴びたときシャワーの温度低めにしたままなので、気を付けて下さいね!温度の調節方法わかりますか?」
「わかりました!温度の調節くらいできます!お構いなく!」
扉越しの警告に、彼女は面倒そうに答えを寄越す。
パサリ、と音がした。
今、扉の向こうの彼女は全てを露わにしているのだろうか。
「一人称」
「はい?」
「稔くんの一人称、本当は俺なんですね」
「あれ、そうですけど何か?」
お互い、くぐもった声での会話だった。
「いいえ。そっちのほうが自然でいいですよ。私は好きです」
会話は、直後のシャワーの流水音で途切れた。
再度手元に目線を映し、コーヒーを淹れる準備をしていく。
……そういえば俺、ずっと僕って言ってたか。
彼女と言葉を交わして一夜明けて、知らぬうちに
よく、見ていてくれている。
なんだか少しだけ嬉しくて、せいぜい美味しいコーヒーを振舞ってやろうと気合を入れ直した瞬間だった。
「…………うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
彼女の絶叫が、ホテルにこだました。
温度調節出来るって言ったのはハナさんだ。
自業自得だからな。
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