第9話 向き合うべき現実 vol.1


_______


僕は自分の部屋に戻り先ほどの葵の言葉を思い返していた。


__『私さ、圭のこと好きだよ。もちろん異性として、ね。』

 そりゃ、もちろん葵の事は好きだ。でも僕の好きはあくまで家族として、という枠からはみ出ることはない。それに僕では葵を幸せにしてやる事はできない。


…でも、もし、仮にそんな未来があったなら。葵と僕が結ばれる未来が待っていたのだとしたら、それはどんな光景だったのだろうか...。考えても答えの出るはずがない、なのに考えてしまう。

 

 これは_未練なのだろうか?否、僕は異性として彼女のことを見ていない。正確には異性としてみないように現実から目を背けていただけなのかもしれない。


「なんだ息子よ、思いつめた顔をして。今は幸せの絶頂じゃあないのか?」

 …最悪だ。今一番絡んでほしくない人種もとい親父が話しかけてきた。


「親父、今はそっとしてくれないか?一人で考え事してるんだ。」


「...。まぁ、なんだ。ちょっと買い物行きたしお前ついて来いよ。」


「僕の話、聞いてなかった?一人にしてほしいんだけど_」


「だー、つべこべ言うな。息子は黙って父親の言うこと聞いとけ。」

 本当に強引な人だ、まったくそりが合わない。


「もう分かったよ!ついていきゃいいいんだろ?どこまでも行ってやるよ。」


「それでいいんだよ。ほら、行くぞ。」


そう言って強引に父親の”買い物”に付き合わされるのだった。





_________



「その顔を見ると、葵ちゃんの告白を断ったのか?」

 コンビニまで歩く途中、親父がそう切り出した。


「…ッ‼なんで親父がそのこと知ってるんだよ、葵から聞いたのか?」

 突然すべてを見透かしたかのような親父の言葉に僕は驚きを抑えられずにいると、


「いや、そういうわけじゃない。が、強いて言うなら長年の勘、だな。」

 _親父は僕とは違い文武両道でクラスの中心人物を担ってきた人物だ。なるほど、僕よりも色々と経験豊富、というわけか。


「ま、その反応を見るとドンピシャって感じか。…どうして、断ったんだ?葵ちゃんは可愛いしとてもいい子じゃないか。この機会逃してお前に彼女出来るのか?」


「うるさいな、余計なお世話だよ。葵が人並み以上に可愛くて、いい奴だってことは僕が一番知ってるよ。...でも、僕じゃあいつを幸せにしてやれない。」


「お前がそう卑屈的になるのはわからんでもないが、葵ちゃんの事を考えてあげたのか?」


「だから、だからそう言ってるじゃないか!葵のことを考えたうえで僕じゃダメだから、付き合えないって。」


「本当に、葵ちゃんの事を考えたのか?俺にはお前が自己保身しているようにしか聞こえないのだが。」


「何言って_」

 そう言いかけたところでふと、葵の言葉を思い出す。

『_私、じゃないんだよね?きっと圭にはもう別の子が映ってるんだよね。』


 確かに僕は今、好きな人が居る。ただそれだけで彼女の好意を無下にしようとしたのか?いや、そんなことはない。仮に僕の片恋が叶ったとしてその先に待つのは幸せな結末じゃない。だから、全部、全部自分だけで抱えて、他人には何食わぬ顔で居て、それでいいんだ。と、そう思っていた。


___でも、それは傲慢だった、のかもしれない。


「なぁ親父。僕はどうしたらいいと思う?全部自分だけで抱えてそれでいいって思ってた。けど、それは現実から目を背けて理想に縋ろうとしてただけなのかもしれない。」


「この世界に何でも正解があると思うなよ?っていうのが俺からの助言なんだが、」


「なんだよそんなこと。言うだけ言って丸投げかよ。」


「最後まで聞けって。俺も一緒に考えてやるよ、二割くらいは。」


「二割⁈ほぼ無いようなもんじゃねぇか、なんだよ。でもま、...サンキュ。」


「珍しいこともあるもんだな、お前がデレた。」


「うるさい、さっさと考えるぞ、クソ親父。」

 そう言って僕らは道中賑やかに歩いていた。




_______


親父が酒とタバコとおつまみを買い、僕はアイスを買った。


「...てことで善は急げだ、圭。明日の夜に葵ちゃんにちゃんと言えよ、全部包み隠さずに、な。」


「あぁ、分かってるよ親父。ちゃんと言うよ。もう現実から目を逸らさない。」


僕は、今まで平凡で平穏な日常_という理想を体現するために何も考えないようにしてきた。きっとそんな理想は当たり前のこと過ぎて鼻で笑われてしまうだろう。誰かにとってそれが当たり前のことであるように、僕にとってはかけがえのない毎日を過ごせることが理想だった。


__だから、ちゃんと言おう。『永遠』なんてない。僕の望む日々だっていつかは終わる。せめて、少しでも結論を先延ばしにしたい、そう思ってもうこの年になってしまった。


「俺はお前が選ぶことを尊重する。お前はいつまで経っても俺のたった一人の息子だから。」


「分かってるよ、親不孝な息子でごめん。」

涙腺から涙が零れる。それはダムが決壊したかのように溢れて、流れて、もう止まらない。


「ほんと馬鹿だなぁお前は。俺たちのもとに生まれてきてくれてありがとう、それだけで一生分の恩返しだよ。」


「...ッうん、うん。ありがとう。」


それから僕は親父の腕の中で泣いた。親父に泣きっ面を晒すなんて恥もう二度としたくないけど、次は無いかもしれない。涙で顔がすっかり腫れながらもすっきりした面持ちで決意を固めた。


_____



旅館に帰って来るやすぐに葵に言った。

「明日の夜、今日と同じ時間同じ場所にきてくれ。僕からも大事な話がある。」



逃げるのはもう、やめた。

気が済むまで充分、泣いた。

ちゃんと前に進む。




      ――たとえその先に待つのがハッピーエンドではなくとも__。




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