第8話 加速する恋、交わらぬ想い。

「あ〜さすがは行楽地!海の幸も美味しいし、温泉まであるだなんて最高だね、圭!」


「そうだな、温泉最高だな。」

伊豆の温泉に来ていた。特有の硫黄の匂いが充満している。


「次はあれ食べに行こーよ!」

そう言って走り出す葵。だが、前方不注意で危なっかしい。そう思っていた時だった。


_ドンッと葵がガタイのいい男性にぶつかる。


「よぉ、嬢ちゃん、手荒い挨拶だな。ただ、俺に挨拶するなんて見る目あるな。とことん可愛がってやるよ。」


そう言うと葵の腕を掴んでどこかへ引っ張っていこうとする。


「はぁ?え、ちょっとやめてよ、ねぇ。やめてってば…」

いつもの葵とは考えられないほど弱々しく抵抗する彼女の姿があった。


_動け、宵宮 圭。ここで彼女を助けれなければ一生後悔する。それにまだあいつから″大事な話″を聞いてない。


「おい、ちょっと待てよ。」


「なんだ、兄ちゃん?俺に用か?生憎忙しいんだよ。」


「その子を離せよ。嫌がってんだろ?俺の、俺の女に手ェ出してんじゃねェよ!」

僕らしくないが、感情の昂りを顕にしてそう叫んだ。


「なんだこの女兄ちゃんの連れかよ。離して欲しけりゃサシでやろうや」


「やってやるよ、。チンピラ風情が。」

そう吐き捨てるように僕は言った、が見栄を張っただけだ。喧嘩の経験などほぼゼロだ。

内心どうしよう...と考えていると警官が仲裁にやってきた。


「ちょっといいですか?詳しく事情を聞かせて下さい。」


そう言って僕らは近くの交番まで連れていかれせっかくの自由時間を拘束されてしまった。


どうやら近くにいた他の観光客が自体を察して警官を呼んでくれたらしい。あのままサシでやっても勝てなかったので正直ありがたい。


「大丈夫だったか、葵?」


「...うん、ちょっと私がはしゃぎすぎちゃってごめん。」


「いや、 あれは事故だししょうがないさ。せっかくの旅行だ、楽しむのが普通だろ?」


「それは、そうだけど...。私のせいでもうホテルに戻る時間だし...」


「時間はまだある、また明日遊べばいいさ。」


「圭のそうゆう優しいとこ、私は_」

最後の方がよく聞こえなかったが何とか落ち着いてくれたみたいだ。


__僕らは旅館に戻り豪華な夕飯を食べ約束の時間までそれぞれ自分の部屋で待つことにした。


19時55分。そろそろ時間だな、と思い部屋を出ようとするといきなり親父が


「グッドラック、圭。」

と意味不明なことを言い出したのでとりあえず無視しておいた。


__少し待っていると葵が旅館の玄関前までやってきた。


「来てくれたんだ。」


「そりゃ、お前に来るように言われたからな。」


「なんだかんだ来てくれるとこ優しいよね圭は。

それじゃ、ちょっと歩きながら話そっか。」


「分かった。」

そう言って僕らは川沿いの道を歩き出した。


「今日は助けてくれてありがとう。凄くかっこよかったし、嬉しかったよ。」


「いや別に僕は大したことなんてして_」

そう言いかけた時に彼女が

「ううん、してくれたよ。圭は私のヒーローだよ。ありがとう。」


自分の顔が赤くなってることがわかる、熱い。火照ったからだには夜風が心地よい。


「んで、話ってそれだけか?ならわざわざなんで_」


「はぁ、圭って昔からほんとに空気が読めないよね。まぁいいよ、聞いてて。」


「.....はい。」


「昔からさ、圭は私のために怒ってくれたよね。私より喧嘩弱いのにボコボコにされたりしてさ」


「そ、そんなことあったっけ?お、覚えてないな」

そんなこともあったな。小さい頃、葵が活発で男勝りな所があった。その事をからかってきた奴らに葵が泣かされて僕が葵を守ろうとして、。ボコボコになった僕を見て


『ありがとう、圭』

と満面の笑みを浮かべた葵がそこに居た。


「私さ、圭のことが好きだよ。もちろん異性として、ね。だから_私と付き合ってくれませんか?」


真剣な眼差しで彼女はそう告げる。その告白に僕は答えなければならない。


「ありがとう、葵。葵から告白されるなんて思ってなかったから正直驚いたよ。僕も葵のことが好きだったのかもしれない。でも_」


「......分かってるよ。私、じゃないんだよね?きっと圭にはもう別の子が映ってるんだよね。それでも、私じゃだめかなぁ?」


葵が上目遣いのまま甘い声で呟く。それでも、僕には彼女に伝えなければならない。


「それでも、ごめん。葵とは付き合えない。でも友達ではいたい、そんな我儘はだめか?」


「...そっか。まぁ分かってたし、それにこれくらいで私諦めないから。絶対に圭のこと落としてやるんだから!!」


「ありがとう、葵。」


それ以上の言葉は見つからなかった。ここで彼女と付き合うという選択肢もあっただろう。


しかし、僕はそれを選ばなかった。これは僕の為であり、彼女のためである。そう自分にいいきかせて少しでも罪悪感を覚えぬように。


「....それじゃあ、そろそろ戻ろっか?」


「そうだな。」




__そうして、激動の一日が静かに終わりを告げるのだった。


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