おせっかいが結んだ縁

「あー、頭痛い……」


 同僚の彼と夕方まで飲んで帰ったあとのことだった。

 そのまま寝てしまい、気づけば朝になってたんだけど、目が覚めたら頭痛がひどい。

 まあ、二日酔いなんだろうけど。

 吐き気もすごい。


「うえー……あー、なにやってんだろ私」


 トイレで一人、昨日の酒を戻しながらぐったりして。

 水を飲んでまたベッドに入る。


 こういう弱った時って、一人だとほんと辛い。

 この年で親に頼りたくもないし、飲みすぎとかで体調崩すなんて大学の頃から一回もなかったんだけどなあ。


 気が緩んでた、のかな。

 いつもは誰かの面倒を見るばっかで、気が張ってるから酔わないしそんなに飲まないもんなあ。

 昨日は……ちょっと楽しかったからはしゃいじゃったな。

 それに、強がるのも限界があったというか、お酒の力でも借りないとああやって平然としてられなかったのかも。


「……ん、ラインだ」


 重い体をゴロンとさせて、机の上に置いてあったスマホに手を伸ばす。


「あ、千冬からだ」


 こんな朝からなんだろうって。

 思って開いてみると、朝から旦那と子供の寝顔を隠し撮りした画像を惚気のように送ってきていた。


「いいなあ、幸せそうだなあ」


 それに、昔は独占欲の塊で旦那さんが他の女と喋るどころか目が合うだけでフォークを握りしめて震えてた彼女がこういう冗談をするような子になったことが嬉しい。


 恋ってすごいよねえ。

 あんな病的だった子の性格まで変えてしまうんだから。


「……寝よ」


 適当に、眠いからまたあとでねと送って携帯を置く。


 でも、頭が痛くて眠れない。

 なんか孤独だ。

 ちょっとだけ、誰かがそばにいてほしいなんてガラにもないことを考えていると、またラインがきた。


 もしかして、なんて淡い期待はなかったわけじゃない。

 そして、開いてみると。

 昨日の彼からだった。

 なになに? 昨日は楽しかったです。よかったらまた今度、買い物付き合ってください、だって。


 なんで敬語なのよ同期なのに。

 それに、今度って何よ。男ならバシッと……あー、頭痛い。


 ……でも、私も私だ。

 人に弱みを見せられないこの性格はいい加減にしないとって思う。

 

 素直になりなさいよって、人には簡単に言うくせに自分はどうなんだろって。


「……ま、たまにはいいよね」


 彼への返信で、『ちょっと体調崩して寝てる』って送ってみた。

 もちろん、心配してほしくて。

 かまってほしくて。


 すると、


『大丈夫ですか? よかったら薬でも買っていきますけど』


 そんな返事がきた。

 いつもだったら多分、『大丈夫、ありがとね』って返すんだろうけど。

 今日は自分に素直になってみた。


『うん、昨日のアパートの301だから。お願いします』


 誰かに頼ってみたかった。

 ちょっとだけもたれかかってみたかった。

 甘えてみたかった。


 こんな気持ちになるのは、体調を崩して弱ってるからってだけなのかもしれないけど。

 彼みたいな人になら、甘えてみてもいいのかなって。


 千冬がいつか言ってたっけ。

 私が一度、「なんでそんなに彼のことが好きになったの?」って率直な疑問をぶつけた時、「運命を感じたの。理屈じゃないの」って。


 つまり、誰かを好きになるのって、積み上げた時間とか、口で説明できるような明確な理由があってとか、そういうことじゃないんだろう。


 多分、私は恋とやらに片足を突っ込んでる気がする。

 まだ、片足のつま先くらいかもしれないけど、なんとなく自覚はある。


 だって、


『ぴんぽーん』


 玄関のチャイムが鳴った瞬間、胸がトクンって脈打って。

 体調が悪いはずなのに、慌ててベッドから飛び出して格好も気にせず玄関の鍵を開けて扉をひらいて。


「……なによ、早かったじゃん」


 そこに立っていた、息を切らして心配そうに私を見る彼を見た時、よくわからないけどすごく嬉しかった。


 誰かが来てくれた安心感もあるけど。

 彼が来てくれたっていう喜びが確かにあった。


「薬、買ってきてくれたんだ。うん、朝よりはだいぶマシ。え、帰るの? さすがにそれは悪いわよ。お茶くらい出すから、上がっていきなさいよ。気を遣わせたら意味ない? あはは、それもそうかもね。だけど……飲んでけ、バカ」


 気を遣って帰ろうとする彼の袖をつかんで引き留める。

 すると、彼もそれを振りほどいてまで帰ろうとはせず。


 私は、初めて男の人を自分の家に招いた。


「ふう……ええと、コーヒーでいい? え、寝ててくれ? さっきもらった薬のおかげでちょっと良くなったから大丈夫よ。それに、あんたがいるのに寝てたらおかしいじゃん」


 まだちょっとフラフラするけど、さっきよりは本当にマシだ。

 でも、体はさっきより熱い。

 

「はい、コーヒー。で、ほんとは今日も私のこと、誘いたかったの? え、そうじゃない? なによ、誘いたかったって言いなさいよそこは。い、今言わなくていいの。私が言わせたみたいだから」


 熱いコーヒーをゆっくり飲みながら、私の部屋の床に座って落ち着きなくきょろきょろする彼を見ていると、このままここで寝ても襲われる心配なんてないんだろうってよくわかる。


 それが安心感なのか、単に彼を男として見てないのかと聞かれたら答えにくいけど。


 こういう頼りないのが結局、私って好きなのかなあ。

 世話焼き体質も、恋愛にまで影響するっていうのならほんと大概だわ。


「ま、ゆっくりしていってよ。え、もういいから寝てろって? はいはい、だから大丈夫だって。それより朝ごはん食べた? まだなら私、作るからついでに何か食べてく? 俺が作る? あはは、そういや一人暮らししてるんだっけ。でもいいわよ、お客さんにご飯作らせるほど私も非常識じゃないの。それとも私の料理は食べたくないのかしら?」

 

 本当は部屋で二人っきりというのが落ち着かないってのもあって。

 私はキッチンに行って朝食を作り始める。


 まあ、簡単に目玉焼きとトースト、それにスープくらいだけど。

 食べたら体調も回復するでしょうし。

 誰かに料理をふるまうなんて、いつぶりかしら。


 千冬と昔、一緒に料理したこともあったなあ。

 懐かしいなああの頃が。

 なんか、ずいぶん大人になっちゃったな……。


「あれ……」


 卵を割ろうとしたとき、体に力が入らなくなった。

 なんか、視界が暗くなる。

 ああ、やっぱり体調悪かったんだ。

 ほんと、せっかく甘えようとしてたのになんでまた無理してんだろ私……。



「……ん?」


 目が覚めた時、私の視界にまず入ったのは泣きそうになってる彼の顔。

 ああ、そっか。あの後私、倒れて意識失ったんだ。


「……ごめん、心配かけちゃったね。今何時? え、もう昼過ぎなの? 結構寝てたんだ。で、その間ずっといたの? ほんとあんたも世話好きなのねえ。ううん、物好きかも」


 私だってよく、病んでた頃の千冬と仲良くしてた時にみんなから言われた。

 物好きだなあって。


 ま、そういわれて自覚はあったけど。

 なんかね、見捨てられないっていうかほっとけなかった。

 もちろん彼女のことは人として、だけど。

 好きだったから、なんだろうなあ。


「……なによじろじろ見て。寝たらすっきりしたし、そろそろ起き……え、もう少し寝てろ? 何よ、私の心配するなんて、この前飲みに行ったときとずいぶん違うじゃん」


 何か言いたそうにする彼は、体を起こした私がふらつくと、慌ててその体を支えてくれる。 

 なんか、触られても嫌じゃない。

 顔はかわいいのに、手はやっぱり男の人だな。大きい。


「……ごめん、ほんとにもう大丈夫だから。よいしょっと。さて、看病させたお礼に今度こそごはんを……って、それあんたが作ったの? 勝手にキッチン借りてごめん? いや、それはいいんだけどさ」


 机に置いてあったのは、味噌汁と卵焼き。

 座りなおして、まず味噌汁を一口飲んでみると、なんだかほっとした。


「……懐かしい味。なんだろ、よくわかんないけどおいしい。え、二日酔いに効くようにしてるって? なにそれ、人を酒飲みみたいに言わないでよね。でもまあ、あんがと」


 アツアツではなく、少し冷めかけた味噌汁を飲んで落ち着くと、今度はおなかが空く。

 なので、卵焼きもいただくことに。


「ん、おいひい。あんた、結構料理上手なんだ。独身一人暮らしを舐めるなって? ま、確かに作ってくれる彼女とかいなさそうねあんたは。あはは、人のこと言えたもんじゃないけどね」


 でも、本当においしいな。

 人の作ったごはんを家で食べるのなんて、実家に帰った時くらいだもん。

 外食と自炊ばっかりだったから、こういう質素だけど家庭っぽい味が嬉しい。


「ん、ご馳走様。ふう、なんか食べたら楽になったかも。いっぱい寝たし、薬も効いてきたのかな。え、それじゃそろそろ帰る? 何言ってんのよ、看病させるだけさせといて治ったらハイさよならって、私が悪い女みたいじゃん。もうちょっといなさいよ。今度こそコーヒーくらい入れるから」


 また無理してるんじゃないかって顔で、彼は私を心配そうに見てくる。

 でも、今度は強がったり我慢したりじゃない。

 嬉しいから。

 それに、一緒にいたいから。

 口実くらい、作ったっていいじゃんか。


「はい、コーヒー。でさ、明日からまた会社だけど、悩みはちょっとくらい晴れた?  ま、私でよかったらいつでも話聞いてあげるから……ってなによその顔。まだ悩みでもあるの?」


 ちょっと難しい顔をして、彼は何か言いたそうに私を見てくる。

 でも、肝心な言葉が出てこない。

 言いたいことはなんとなく伝わってくるけど、言いかけて彼はため息をついてしまった。


「なによそれ、男なんだからシャキッとしなさい。え、緊張する? あはは、なにそれ。別にいいじゃん何言っても死ぬもんじゃないんだし。ほら……言ってよ」


 コーヒーを置いて目を見て。

 彼にねだるようにそう話すと、整った顔が少し赤くなって。

 唇はちょっと震えてたけど。


 小さい声で言ってくれた。


 付き合ってくださいって。


「……ムラムラして、言ってるわけじゃない? そっか。うん、いいよ。私もね、あんたのこと、気になってたの。いつから? 知らないわよ。さっき優しくされて絆されたのかもね。で、でも……私が彼女になったら、ちょっとはあんたの悩み、解消される? ふふっ、されるんだ。だったら仕方ないね。うんいいよ、付き合ってあげる」


 緊張の糸が切れて。

 私は彼の肩にもたれかかる。

 大きい肩だ。ま、私が小さいってのもあるけど。


「ね、そんなに私のこと好きなのはなんで? え、ちっちゃくてかわいくて守ってあげたくなった? なにそれ、見た目だけ? ふふっ、嘘嘘。好きになるきっかけなんて、案外しょうもないことからだもんね。私? 私は……ま、まだ好きかどうかわかんないわよ。だから、私があんたに夢中になるくらい頑張ってよね。べ、別に尽くさなくていいから。だからさ、いつも隣で支えてね」


 私はずっと誰かの支えになれたらって思って生きてきた。

 でも、みんないずれ本当に支えてくれる誰かを見つけて、私から離れて行っちゃう。

 それが嬉しくもあり、寂しくもあって。

 私のやってることって、ただの世話焼きというか偽善っぽいっていうか、自分のためになってるのかなあって疑問がずっとあったけど。


 そんな私の悩みも今日、晴れたみたい。

 おせっかいな性格だから、いい人に巡り合えた。

 それだけで、私自身が間違ってなかったって、そう思える。


「ありがとね。なんか悩みが晴れた気がする。え、私の悩み? 教えてあげないわよそんなの。聞きたかったらもっと私に惚れさせることね。ふふっ、もうちょっとこうしてていい? うん、晩御飯はさ、私が作ってあげるね」


 誰かのぬくもりっていいな。

 千冬も、こんなふうに旦那さんと恋に落ちていったのかなあ。


 今度聞いてみよ。

 あと、自慢しなくっちゃ。


 私もようやく、幸せを見つけたよって。



 完

 

 

 

 

 

 

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