世話焼きな円佳さんはずっと君のそばで語りかける ※「G’sこえけん音声」音声化短編コンテスト作品

明石龍之介

おせっかいから始まる物語

「あのさ、いい加減元気出したら?」


 桜川円佳さくらがわまどか、二十六歳。

 今、会社の同僚男性と二人で居酒屋のカウンターに座って飲んでるところ。

 なんか最近、仕事がうまくいかなくて悩んでるんだとか。


「もう、ため息ばっかじゃこっちまで暗くなるからさ。飲もうよ」


 こうやって、同期や後輩と飲みにいくことは結構多いし、男性からの誘いも時々ある。

 大抵が仕事の悩みを聞いてほしいってことなんだけど。

 ま、それは体のいい誘い文句ばかりで。

 仕事の話を聞いてほしいとかなんとかで飲みに行ったら、付き合ってとかこの後どうとか、だいたいみんなそんな話ばっか。


 でも、今日の彼はちょっとガチみたい。

 私のことなんか見向きもせず、隣でカウンターに肘をついてうなだれるばかり。

 営業ってしんどいよねえ、わかるわよその気持ちは。


「ほらほらグイっと。そうそう、嫌なことがあったら飲んでパーッとはじけるのもセルフケアの一環よ。すみませーん、おかわりくださーい」


 ビールも互いに四杯目。

 そろそろいい感じに酔ってきたころ、ようやく隣の彼は暗い声であれこれと愚痴り始めた。


 商品が高くて売れない。

 あんまりいいと思わないものまで、上司は売って来いとノルマを課す。

 それが仕事とわかっていても、お客さんに悪いものは勧めたくない。


 だって。

 まじめだねえ、案外いいやつなのかな?


「そういやどうして今日、私を誘ってくれたの? 普段なんて挨拶くらいしかしないじゃん」


 ま、やっぱりそれは下心があったからなんだろうって思ったけど。

 彼はそっと私の方を見てから、「円佳さんと話してみたかった」と。


「何よ話してみたかったって。別にオフィスに戻った時にでも声かけてくれたらいいじゃんか」


 なんて言ったら彼は、「周りにいつも人がいるから」なんて言って、拗ねたというか、照れたようにビールを一口。

 ふーん、案外シャイなんだ。営業向いてないなあ。


「ま、そんなに私と話したかったんなら、こんな暗い話題でうじうじしてる方がもったいなくない? ほら、今日はパーッと飲んでさ、楽しいこと語ろうよ。何事も前向きにってね」


 そう話すと、ようやく彼の表情が緩んだ。

 あら、笑ったら結構イケメンじゃん。

 って、私も酔ってるなこりゃ。


「ま、気にしない気にしない。改めてかんぱーい」


 この日、夜遅くまで彼と二人で熱く語り明かした。

 帰りはタクシーまで見送ってくれて、その時に連絡先を交換したんだけど。


 翌朝、起きてもなんの連絡もなかった。

 ほかの連中とくれば、いつも「次はいつ遊べるー?」みたいな軽いノリばっかでうんざりだというのに。

 なんか、こういう真面目なのもいるんだなあ。


 ていうか休日は何してるんだろ?

 ちょっと連絡してみるか。



「遅い。いつまで待たせるのよ」


 連絡をこっちからしてみたらすぐに返事がきた。

 休日は家でゴロゴロしてるかゲームをしてるそうで、そんな不健康じゃ気分が晴れないからと、急に誘ったのは私から。


 で、まだ待ち合わせ時間前だったけど、先に着いて待っていたのでついこんないじわるを言ってしまう。


「ほんと、私が連れ出してあげないと無駄に一日を消費してたところね。ちょっとは感謝なさいよ」


 なんでかなあ、昔から世話焼き体質が抜けない。

 困ってたり、迷ってたりしてるやつをみるとほっとけなくなる。


 高校の時からずっと、親友がほっとけない子だったからかな。

 あーあ、私はみんなのお母さんじゃないってのに。

 見た目はちっこくて子供っぽいのに中身はオカンだって、言ったあの上司を急にぶっ飛ばしてやりたくなったわ。


「ん、どうしたの? え、なんで誘ってくれたのかって? だからそれはあんたが家で閉じこもってるっていうから……そうじゃなくてなんで俺なんだって? いや、別になんとなくよ。なんとなく、あんたの辛気臭い顔が私の親友にちょっと似てたの。それだけよ」


 なんて言いながら、親友のことを思い出す。

 その子はもちろん女の子だし、とっても美人なんだ。

 そして今は一児の母で。

 もうすぐ二人目が生まれるっていうんだから、同じ二十六歳にして随分と差を開けられたもんだ。


「さて、いくわよ。まずはバッセンかしら。パーっと体を動かして汗をかいたらスッキリするわよ」


 なんて言いながら、ちょっと付き合ってほしかった。

 高校の頃からずっと、親友とベッタリだったからその彼女が結婚して家庭を持って、ちょっと寂しいってのもある。

 それに休日は一家団欒の日だろうから、毎週毎週彼女のとこに押しかけるのも気を遣うし。


 戸惑う彼をよそにさっさと駅前のバッティングセンターへ。

 そして入ると、休日とあって多くのカップルがきゃいきゃい騒いでいた。


「ふーん、ここってデートスポットなんだ。ね、私らもデートしてるみたいに見えるのかな……ってなんで男のあんたが照れてるのよ? 堂々としてなさいよ」


 それに、今は体を動かすからちょうどいいけど、格好にセンスがないのよねえ。

 ジャージなの、それとも私服なのそれ?

 私が誘ってあげたんだから、せめてもうちょっとおしゃれしてきなさいよねー、急に誘ったのは悪かったけど。


「じゃあうつわよー。えーい」


 普段から、よくここには来るんだけど。

 いつも一人で、ちっこいOLがガンガンボールを打ってるとこをじろじろ見られるのが嫌だった。

 ストレス解消に来て、変なストレスをもらって帰るってどうなのよ。


 でも、今日はあんまり視線を感じない。

 連れがいるから、休日を彼と満喫する大学生くらいに見えてるのかな?

 大学生は言いすぎか……。


「ふう、すっきり。ねえ、あんたも打つ? え、苦手? あはは、別にかっこつけなくてもいいわよ。こんなの打てても打てなくてもどっちでもいいのよ。一流の営業マンになるなら見栄なんて張らない、ありのままで勝負できるようにならないと」


 無理やりバットを渡して、次は彼の番を見守る。


「あ、ほらもっと早く! こら、よそ見するな! 振れ、そこ、いけ!」


 でも、本人が言った通りちょっと下手っぴだった。 

 腰が引けてるというか、センスがないというか。

 うーん、この辺りも矯正が必要ね。


「おつかれさん。え、ほんとに疲れた? 何言ってるのよこれからよ。さっ、まずは服買いに行きましょ。え、服はこれでいい? 何言ってるのよ、そんなダサい服で私と歩くのなんて勘弁してよね。ほら行くわよ」


 ちょっと戸惑い気味な彼をひっぱって、次はこの辺で一番大きなショッピングモールへ移動。

 服買って、ランチして、食後にボウリングくらいして帰るか……ってこれ、さすがにそこまでしたらデートよね?

 うーん、飯食ったら帰るか、さすがに。


「いてっ……あててて、靴擦れしちゃった。あ、ううん大丈夫大丈夫。ちょっとさっき張り切りすぎたのよ。え、手を貸して? とかいって、手握りたいだけなんでしょ? そうだけど? あはは、なにそれ、めっちゃ直球じゃん。まあ、それなら別にいいけど。私の手なんて、大した価値ないわよ」


 靴擦れして痛む足の負担を軽くしてくれようと、彼が私の手を引いてくれる。

 とても緊張してるみたいで、私の手を包む大きな彼の手が震えていた。

 ほんとうぶなんだなあ。

 ま、私もろくに付き合った経験ないままこんな年になったけど、男の人にしては珍しいわね。


「え、手汗やばい? なによそれ、私だってさっきまでバット握ってたから洗ったとはいってもきれいじゃないし。お互い様ってことでいいじゃん。ダメ? なんでよ、私がいいって言ってるんだからいいでしょ。それより早くさ、買い物行くわよ」


 足の痛みも慣れてきて、彼に手を引かれるのも慣れてきた。

 なんか、昔だったら男子と手をつないだりするだけでドキドキしたんだろうけど。

 そういう人の恋愛相談とかも散々聞きすぎて、自分自身ではあんまりときめかなくなったなあ。

 年かなあ。


「よし、そんじゃまずはあんたの服ね。身長高いんだから、絶対シンプルなコーデにした方がいいわよ。あと、鼠色のジャージ禁止ね。え、グレーって言ってほしい? いいのよ別に、あんたネズミみたいだし」


 なんて言いながら彼を着せ替え人形に。

 次々にあれこれと試着させて、ちょっと疲れた様子の彼を見てようやく妥協してあげた。


「じゃあこれとこれね。え、いいわよこれは私が買ってあげる。今日無理やり付き合わせてるんだから、これくらいいいって。それに、寂しい独身女性は案外お金持ってるのよ」


 使うとこがないから。

 最近は友人とランチにいくこともないし、飲み代なんて知れてるから結構お金は余る。 

 預金通帳だけが満たされて。

 私自身は全く満たされてないんだよなあ。


 だからこうやってまとまった買い物をするのもストレス解消。

 一着はその場で着替えさせてタグを切ってもらい、もう一着の分は脱いだダサい服と一緒に袋に入れてもたせる。


「じゃあ、次の時はそっちを着なさいよね。え、次? ま、まあ次があればの話よ。それに、別に私じゃなくてもいい子がいたら誘えばいいでしょ? 顔は悪くないんだから、案外新入社員にもモテるんじゃない?」


 なんて言うと、ちょっと複雑そうな顔を彼はする。


 意地悪だったかな。

 でも、そんなんでへこたれるようじゃまだまだ。


「さて、ご飯ね。私、焼肉食べたいんだけどいい? 昼間からなのにって? いいじゃん、人間肉を食べてる時は大抵幸せになれるものよ」


 こんな話は親友にもしたっけ。

 おいしいものをお腹いっぱい食べてたら余計なこと考えなくていいよって。

 実際私はそうすることでうじうじ悩まなくなった。

 ま、私はもともとメンタル強めだから参考になるかどうかは別だけど。


「よし、食べるわよー」


 モール内にあったチェーンの焼肉店に入ってランチを頼む。

 

「さてと、昼間からだけどお酒飲む? え、大丈夫かって? いいじゃん明日も休みなんだし。暑くなってきたから飲んで食べてぐっすり寝るだけよ」


 ちなみに私のいつもの休日の過ごし方と言えば、親友夫婦の家に行って昼過ぎまで色々話してから、夕方かえって一人寂しく晩酌。

 そのあと気分で飲みにいったりするか寝るかって感じで、ほんと生活がおっさんだからこうして誰かとランチなんて久々だ。


「さて、まず乾杯ね。さっと飲んで食べたら帰るわよ」

 

 昼間から飲むビールはまた違ったうまさがある。

 そして、誰かと飲む酒もまた、一人で飲むよりも少しだけ進みがいい。


「あはは、案外飲むの早いわね。もう一杯いく? え、いいじゃん別に細かいこと気にしないの。せこい男は嫌われるわよ」


 酔うと、私も気分が乗ってきて饒舌になる。

 一人でマイペースにしゃべっているけど、向かい側の彼はうんうんと、嫌そうな顔もせずに私のくだらない話を聞いてくれる。


 なんか、こういうのって落ち着くなあ。

 今まで誘ってきてた男ってみんな自分の話ばっかりで。

 面白いでしょって言わんばかりに笑わそうとか必死なのは嬉しいけどそういうんじゃないんだよなあ。


 こう、なんというか私だってしゃべりたいし。

 気を遣われるのも嫌だけど、私もあんまり気を遣いたくないタイプだし。

 案外、こういう人と一緒なら……ってまた酔ってるのかな私。


「ん、肉焼けたわよ。え、さっきから飲んでばっかりだ? いいじゃん別に。それよか男ならもっと食べなさいよ。小食男子はモテないわよ」


 わいわいと賑わう店内の雰囲気に溶け込むように、私たちも昼間からプチ宴会。

 そして、肉を食べ終えてジョッキが空になったところでお会計。


 私が出そうとしたら、グイっと体を前に出して彼が全部出してくれた。


「な、なによ別にいいのに。服のお礼? あはは、それならありがたく受け取っておくけど。でも、あんまり奢られるのって好きじゃないから、次からは割り勘よ? も、もちろん、次があればの話だけどね」


 なんて、また意地悪なことを言った私を見て、彼はちょっと笑う。

 なんだろ、頼りなさそうなのに一緒にいると落ち着くのよね。


 ……まあ、まだこれがどういう気持ちなのかはわからないけど。

 私はおせっかいだから、ほっとけないってだけなのかもしれない。

 それ以上の何かがあるのかもしれないけど、そうだと言い切れない自分もいる。


 多分これは私の親友のせいだ。

 千冬。それが私の親友の名前だけど。


 千冬は今の旦那を好きになってから、一途を超えて病的なまでに彼を愛して一時大変なことになりかけたほどだった。


 もちろん、それだけじゃダメだって気づいて、彼の支えもあって今ではただ愛情深い美人な奥さんになったけど。

 あんな風に誰かを愛することが、果たして私にできるのかなって。

 そして千冬の旦那さんもまた、彼女のことを一途に愛して支えて見守っていて、そんな姿も高校からずっと私はそばで見てきた。

 だから、男性に対するハードルも上がってるんだよねえ。

 大概の男って浮気するしやりたいだけってやつ多いし、どっかで割り切ってって思うんだけど。


 ちょっと千鳥足な私を心配そうに横で見守る彼は、どっちなんだろ。


「はいはい、もう大丈夫よ。あ、ここ私の住んでるアパート。え、別に隠すこともないでしょ。何よ、今変なこと考えたでしょ。でもダメよ。私、そんなに軽い女じゃないんだから」


 だからこんなままなんだけどね。


「ま、送ってくれたことは素直に礼を言うわ。あと、今日は楽しかったし。え、また誘っていいかって? そんなに私といて楽しかったんだ。あはは、だったらまた今度ね。その代わり、仕事頑張りなさいよ」


 ふらふらのまま、アパートの階段を昇りながら下を見ると、まだ心配そうに私を見ている彼がいた。


 だから思わず手を振ってみると、遠慮っぽく手を振り返してから、ペコっと一礼して彼は帰っていった。


 まあ、彼はきっと私のことを好きなんだろうなってわかる。


 わかってて、こうやって付き合わせてる私はきっと、期待させてると思う。


 なのにまだ、はっきりしないなんて、どんな悪女よって言われそうだけどさ。

 でも、まだどうしたらいいかわかんないんだから仕方ないじゃんか。


 ……こんなに酔ったの初めてかも。


「……明日も、誘ってみようかな」

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