第4話 不全刀の透過性


「馬鹿! 死ぬぞ!」


 悪魔は人差し指でハルシを弾いた。ハルシの体が宙に舞い、地面に叩きつけられる。

 悪魔は再びトウキを狙い、腕を振り上げた。


 しかし、また動きが止まる。ハルシが先ほどと同じように首元に絡みついている。 


「ばあちゃんを……離せ……」


 ハルシは悪魔の喉元に木材の破片を突き立てた。

悪魔は喉元を抑え悶え苦しんだ。ハルシは振り落とされ、老婆も悪魔の手から離れた。トウキは力を振り絞り、滑り込むように老婆を抱きかかえた。幸い、まだ息はあるようだった。


「ばあちゃんは……」


 ハルシは既に立ち上がっていた。


「無事だ……」

 

 何で立ち上がるんだ、こいつは。トウキの頭に浮かんだ疑問は、悪魔のうめき声に書き消された。そしてトウキは違和感に気づいた。刀がない。先ほどの打撃で落としてしまったようだった。


「刀、あれば倒せるか」

 

 そう言ったのはハルシであった。その視線は悪魔の足元に落ちている不全刀を捉えている。


「あぁ……」


 強がったものの、その実、トウキの足はもうほとんど使い物にならない。


「でもどうやって」


 トウキが言い終わらないうちにハルシは走り出していた。あっという間に悪魔の足元に滑り込み、不全刀を掴む。


「よし!」


 ハルシはトウキの方へ向き直る。しかし、悪魔の方が一足早かった。

 悪魔は腕をゆっくり振り上げる。このまま振り下ろせば、トウキと老婆に直撃だ。今走り出して不全刀を渡しても到底間に合わない。


「逃げろ!」


 トウキが叫んだ。


「剣士が……」


 ハルシは膝を曲げ、力強く地面を踏む。


「逃げるわけないだろ!!!!!」


 地面を蹴り、跳躍する。そして、悪魔の後頭部を目掛け、不全刀を叩きつけた。


 最初にハルシが感じたのは違和感だった。叩きつけた筈の不全刀が悪魔の頭部に突き刺さっている。刀身は見えないが、両手に伝わる感覚は確実に突き刺した時のそれだった。

 悪魔が前のめりに倒れる。ハルシはバランスを崩し、地面に落ちた。ハルシの意識はそこで途絶えた。




ハルシが目覚めたのは、見知らぬベッドの上だった。


「目覚めたか」


声のする方へ顔を向けると、並列されたベッドにトウキが寝そべっていた。


「……! 八百屋のばあちゃんは!」


勢いよく起き上がると、全身に激痛が走った。


「……ってぇ」


「馬鹿かお前は、安静にしてろ。それに、ばあさんは無事だ」

「……良かった!」


ハルシは胸を撫で下ろし、またベッドへ勢い良く戻った。


「痛ぇ!」

「まじで馬鹿だろお前」

「そういえば、悪魔は」

「お前が倒した」


 両の手に刀を突き刺した感覚が蘇ってくる。あれは一体何だったのだろう。


「透明な刀」


 トウキが呟いた。


「お前の刀は透明だった。三十年の修行は訂正する」

「透明……」

「三年だ」

「へ……?」

「三年に訂正する。俺たちが今いるのは対魔専門学校の救護室だ」

「学校?」


 確かによく見れば、薬品棚やデスクなど、室内で病院としての機能が完結していた。


「名前の通り、ここでは悪魔と戦うための剣士が育成される。お前は特別枠での入学が許可されたと聞いている」

「……!」


 暗闇の中に炎が灯るように、ハルシの胸は熱く高鳴った。


「ところで、名を聞いていなかったな。俺は対魔専門学校一年、柊トウキだ」


 ハルシは拳を天井に向け突き上げた。


「俺は茜ハルシ! 最強の剣士になる男だ!!」


 窓の外で、小さな鳥が一羽、大空へと羽ばたいた。

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