初瀬ちゃん、エピソードトークに挑む 2
「ま、まだあるんです! 聞いてください!」
「うん、聞くよ。あ、お弁当すっごく美味しいから」
「そうですか。お口にあって良かったです……って、今嬉しくしないでください! 話が飛んじゃいます!」
「ごめん。どうぞ」
「はい。いきますよ。あれは私がまだ中学二年生の頃です」
怪談みたいな入りにつっこみたい。
「中学生になった女子って、ちょうどお洒落に目覚める年齢なんですね。と言いますより、お洒落に方向性があるって気づいて、自分の可愛いを探す時期なんです」
「でも私、その例に漏れたんです。別に服装とか何でもよくて、お母さんが買ってきた服でいいや、って思ってました。それを友達の綾ちゃんに伝えたところ、『ダメダメ、無頓着でいちゃ絶対損だよ! よし、今度お洒落して出かけよう! それまでにちゃんと服買っておくんだよ!』って言われたんです」
「綾ちゃん強引なところがあるから私断れなくて、急いで家に帰ってお洒落をネットで調べたんです。そしたら。カッコいいアメカジとか、可愛いフェミニンとか、クールなストリートだったり、他にももう沢山、沢山と言っていいほどの選択肢を前にしてわかんなくなっちゃって」
「で困りに困って、お母さんに相談したんです。そしたら、お母さんは『オシャレっていうのは自分の好きな格好をすることなの。だから人の真似をするんじゃなくて、貴方が身につけたいと思ったものを自分で決めて身につけなさい。貴方が着たいものを着るのがオシャレなの』って言ったんです」
「そしてお母さんは、『遊びに行く服は買ってきてあげるからそれを着て、このお金で綾ちゃんと本当に貴方が身につけたい服を買ってきなさい』ってお小遣いまでくれたんです」
「私嬉しくて、お母さんありがとう! これで私の本当に欲しい服を見つけて買ってくるね! って言って、綾ちゃんと服を買ってきたんですよ!」
「それで帰って、お母さんに着て見せたら、『肩ニードルのベストはない』って言われたんです。自分の好きな格好がオシャレってあんだけ言ってたのに!」
……酷い。
「……あ、あの、終わりです」
「嘘だよね」
「……え、ああ、その、はい、嘘です」
「本当のところはどうだったの?」
「本当のところは、入った服屋に、お母さんに買ってきてもらった私の格好と全くおんなじマネキンが置いてあって、お母さん!!って叫びそうになりました……凄く恥ずかしかったです。結局、何も買わずに帰っちゃいましたし……」
「そっちの話の方が良かったんじゃないかなぁ」
「こ、こっちの方が良かったんですか?」
初瀬さんは顔を真っ赤にした。
「うっ、うう……まだ! まだありますから!! あれは、私が小学校の低学年の時です」
順調に逆進学してるなあ。
「小学生の時のお年玉ってすっごくうれしいですよね。そのお金の価値なんて全然わからないのに、貰えるってことが嬉しいじゃないですか。それで、私がお年玉をいっぱいおもらおうと画策した時の話です」
「今はもうないですけど、昔、私の家は、新年に親戚の集まりがあったんです。大体、夜8時くらいに、お祖父ちゃんの家に全員が集まるんですけど、私たちの一家はその日の夕方の3時くらいに早めに到着したんですね」
「で、よし、今年はいっぱいお年玉もらうぞーって、意気込んでたんですけど、最初におじいちゃんに挨拶に行くことを思い出して、私、ちょっと暗い気分になってたんです」
「おじいちゃん、物静かで眼光が鋭い人で、礼節や風紀に厳しいんです。一言で言うと、古き日本の漢って感じですかね、とにかく幼い私からしたら少し怖かったんですね」
「結局、挨拶したんですけど、その時も、よくきた、と低い声で言われただけで、怖いなぁ、と思ってました」
「そのあと、大人達が話に花を咲かせている間、私は遠縁の女子大生のお姉さん二人にお世話してもらったんです。その時、私、お年玉のことを思い出して、お姉さんたちに、お年玉をいっぱいもらうためにはどうしたらいい? って聞いたんですよ」
「そしたら、お姉さん方は、セクシーに頼めばすぐもらえるよ、って冗談言ったんですけど、私、それを間に受けちゃって。どういうポーズ取ればいいの? って聞いたら、お姉さん方も悪ノリして、セクシーなポーズを私に教えてきたんですよ」
「多分、セクシーポーズをする子供が可愛かったんでしょうね。お姉さん方が、いいよいいよ、って煽ててきて、私も嬉しくなって調子に乗って……うぅ、恥ずかしいポーズをしまくったんですよ」
あれ、声に照れがでてきている。
「そ、それで、他の人の反応をみ、みたくて、お姉さんのところから飛び出して、お母さんとか、おばさま方に見せたら、可愛い可愛いって、笑われながらまた煽てられて……お年玉もくれたものだから……ぐ、ぐす」
「も、もう、いる人いる人に恥ずかしいポーズしちゃって、そ、その度に、あったかい笑いとお年玉をもらえたから、調子に乗りすぎたんです。おじいちゃんの前でもやっちゃったんですよ」
「お姉さん二人が血相を変えて止めにきて、そこでやったことの重大さに気づいて、おじいちゃん厳格な人だから絶対に怒られるって、恐る恐る、おじいちゃんの顔を窺ったら……今まで見たことがないくらいニッコニコでした」
ちょっと面白い。
「だけど、おじいちゃん、威厳を保とうしたんでしょうね。「お前の姿を見ていると、犬を思い出したわ。犬を可愛がりとうなってきた」ってよくわかんない言い訳し出して、庭で寝ている芝犬に、ぽち!おいでぽち!って呼んだんです」
「でも、びっくりするくらい起きなくて、おいでぽち、おいでぽち! って凄い呼んでも起きなくて、次第に何事か、って人が沢山集まってきて。ぽちも歳だから、死んだんじゃないかって、話が出た時に、突然むくりと起き上がったんです」
「そのままヨロヨロと歩いてきて、お姉さんのところまでくると、飛びかかって、す、すごい、腰振ったんです。この犬、生きていく気しかねえ、って思いました。やっぱり動物はたくましいですね」
「……何の話?」
「な、何の話って、お年玉とおじいちゃんとぽちの話です……。あの、この話、どうでした?」
「照れたりはしない方がいいと思う」
「照れないのは無理ですよ、無理! 仕方ないじゃないですか! 恥ずかしすぎて我慢できないですよ!」
「話も途中までは良かったのに」
「途中までは良かったんですか……う、うぅ、その、やっぱり、今日の話は全部面白くなかったですか?」
尋ねられたので、俺は本心で答える。
「そんなことないよ。というより、話が面白いかどうかはわからないけど、楽しい時間だったよ」
「面白いかどうかはわからないけど、楽しい時間だった? ……そ、そんなこと初めて言われたから、す、すごく恥ずかしいです」
「言わないだけで皆思ってるよ」
「皆そう思ってくれますかね?」
「うん。自信持って、話しかけてもいいと思う」
「わ、わかりました! 自信持って頑張って話しかけてみます! 今日はありがとうございました!」
ぺこり、と頭を下げた初瀬さんは空になった弁当箱を手に取った。
「じゃあ空の弁当箱はもらっていきますね。洗い物は私がやります、それくらいやらせてください。今日は本当にありがとうございました」
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