初瀬ちゃん、エピソードトークに挑む 1
階段を上り、鍵を差し込む。そしてドアを開く。
ドアが閉まるガチャンとした音が鳴ってすぐ、外からガチャンとドアが開く音がなった。
———ピンポーン。
ドアを開く。
「今晩は」
「早いね。そんなに急がなくてもいいのに」
「べ、べつに、そんな急いでないです! ま、待ちわびてなんかいませんよ!」
「そっか。まあ、あがってよ」
「は、はい。あがらせてもらいます」
ドアを押さえてあげると、ぺこり、と頭を下げて初瀬さんは部屋に上がった。
「すいません、ドアを押さえてもらっちゃって。片手塞がってたので、助かりました」
「いや、何も持ってなくてもするよ。それ何?」
「これはお弁当です。昨日、夕食作ってくるって言いましたよね」
「もらうのは申し訳ないなぁ」
「遠慮しないでください。無理なお願い聞いてもらっているんですから、これくらいさせてくださいよ」
「じゃあ、遠慮なく」
「はい! どうぞ! あ、じゃあ、先広げちゃってますね」
テーブルの上に包みが広げられる。
「じゃん! からあげ、ハンバーグ、たまごやき、緑はブロッコリーだけの運動会弁当です! 夜に食べるのもおつかな、と思いまして作ってきました!」
凄く美味しそう。というか、そのセンスがあって何故面白くないのだろう。
感想は、後者は言わず、前者だけ言った。
「喜んでもらえて良かったです。どうぞ召し上がってください!」
言われるがままに食べる。
「うん、どれも美味しいよ」
「そうですか! 美味しいと言ってもらえて、嬉しいです!」
初瀬さんは、そう言ったあと、んっん、と咳払いした。
「さて、本題ですが。今日もあなたを笑わせたいと思います」
「今日も」
「今日も、ってところに引っかからないでください。とにかく、食べながら聞いてくださいね」
そう言われたので、もぐもぐしながら話を聞く。
「今日はエピソードトークをしたいと思います」
その振りした時点でハードルが上がって笑いづらいけど、黙ってもぐもぐ。
「私、昨日思ったんです。咄嗟に面白いことを言おうとか、流れで笑わせるのは、閃きの瞬発力がないと難しいって」
「だけど、エピソードトークなら、事前に考えておけばいいので、私でも出来るはずです」
考えてきたってだけで、ハードルが上がることを理解していなようだ。
「早速、いきますよ。あれは、私がまだ、高校生の頃の話です」
怪談みたいな導入だなぁ。
「私の友達の綾ちゃんの友達に、蜜柑ちゃんって子がいるんです。蜜柑ちゃんは、バスケ部のエースで、地区代表に選ばれるくらいバスケが上手なんです」
「三年生が引退した後、蜜柑ちゃんがチームを引っ張るようになって、蜜柑ちゃんにあわせてバスケ部の練習もハードになったんですよ。で、その成果は、みるみる出て、部員のレベルは上がり、練習試合は連戦連勝。夏の地区大会前には、うちの高校が優勝候補と言われるまでに成長したんです」
でも……と沈んだ声色に変えて、初瀬さんは続けた。
「期待が膨らむにつれ、練習がエスカレートして、ついには大会前にスタメンの1人が怪我しちゃったんです。病院から帰ってきたその子は部員の前で暗い顔で、初戦に怪我の回復が間に合わない、って言ったんです。初戦に当たる相手は強豪校なこともあって、これで負けて全国にいけないのは私のせいだ、みんなごめん、って、ついには泣きだして、凄く凄く悲しい空気が流れたんです」
今度は明るい口調で初瀬さんは続ける。
「だけどそのとき、蜜柑ちゃんは、カラッと笑い飛ばしたんです。大丈夫、私が点とりまくって、みんなを全国に連れて行くから。怪我はそれまでに治しておいてって」
初瀬さんはそこで俺に顔を向けてきた。
「それで蜜柑ちゃん、何点とったと思います?」
適当な点数を答える前に、初瀬さんは、本当にすごい、といった口調で言った。
「カラオケで98点とったんです! 蜜柑ちゃん、歌もうまかったんですよ!!」
……ひどい。
「あ、あの、終わりです……どうでしたか?」
俺は感想を伝えた。
「お、おじさんくさい? それに、なんかイライラする……?」
初瀬さんは滑ったことを理解すると、羞恥で声にならない声をあげた。
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