蒼空は東雲に染まる エピローグ

長倉帝臣

第1話

 あの日以来、この小さな部屋に魔女が来ることはなくなった。物音も一切立たず、まるでその空間だけ切り取って時間を止めてしまったみたいだ。



 そして数日したある日のこと。東雲色しののめいろに空の色が変わりゆく中、小部屋の扉がミシミシと軋みながら開かれた。その隙間から青い瞳が顔を覗かせる。


 じっと部屋の様子をうかがうその目の主は一人の少年だ。


 瞳を左右に振って何かを探っている。


「おや、君は……」


 そんな少年は後ろから声をかけられて、慌てて扉を閉じる。彼の後ろに立っていたのは少女の父だった。


「はっ! ごめんなさい……勝手に覗いてしまって……」


「中に誰かいないか気になっていたのだろう?」


 少女の父は取っ手を握ると再び扉を開いて見せる。


「ほら、見ての通り誰もいないだろ」


「本当ですね……。どうやらボクの思い違いみたいだったみたいです」


 少年は素直にそう言うと少し恥ずかしそうに顔を赤らめた。


「君の友人も居間で待っているから、早く行ってあげなさい」


 そう言い、彼は少年を促して居間へと向かわせる。


 少女の父も少年の後に続こうとしたところで、ふと足を止め、小部屋の扉を閉めようとする。


 しかし、扉に手をかけたところで、少しだけ気になって部屋を哀愁を纏った表情で小部屋の中を見回す。


 ふと、寝台の隣にあるチェストの上に木箱が置いてあるのを見つけた。それを手に取り蓋を開けてみると中身は既に空になっていて、底の隅の方には東雲色しののめいろの粉が残滓ざんしとなって煌きを放っていた。


 少女の父はそれをまじまじと見つめて、満足げな表情を浮かべると哀愁と安堵の混交した溜め息をつく。


 そして彼は再び部屋を一望して見渡すと、廊下へ出て軋む木扉をゆっくりと閉じた。


 小部屋はまた静寂を取り戻す。

 少女の眠っていた、まだ温かい寝台には空から降り注ぐ桃色の光が優しく照らしていた。

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蒼空は東雲に染まる エピローグ 長倉帝臣 @harunosato-johnsonlong

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