幸せになろう
世界の半分の国はしばらくバタバタと慌ただしくしていた。
まず帝国ではゲオルは改心をして法律を新たに制定する。皇帝のあり方、会社のあり方、労働の法律を作った。また妃をツィリアのみとして他の妃たちや愛人を解放した。それからゲオルへの支持率は帝国史上最高のものとなる。皇帝の権力はそのままだが、会社や個人にさらに自由が認められて禁止されていた技術を他国に売ることもできたため、渡航する者が増えたため帝国には教会ができた。中には以前現れた黒竜を神とする宗教も生まれたんだとか。
ウルとフワーチュスはと今まで何百年と住んでいた家を手放して仕事も辞め、世界中を二人で旅をすることにした。それから何年後かに王国で皆と再開したのはまた別の話。
皇国では大聖堂と皇族で争いが起きる寸前だったが、ルウィトルがそれを止めた。大聖堂の司教と何人かの聖職者は捕らえられ、皇王の絶対的な力を示す。そして皇王自ら民に説明をし、新たな司教を任命。若いながらも道理の通った欠点のない説明に民は一言も文句を言わなかった。神を信じつつ、皇王を支持したこの代の皇国は皇国の歴史でも一番バランスのとれた平和な時代であった。
王国はというと、アーサは牢屋に入れていた実の親であるカイデルとリシャ、そしてフォークスを解放。先王とその妃である二人は元々住んでいた村に強制送還され、そこで夫婦で静かに暮らしているという。しかしフォークスを街に帰すことはなかった。いや、帰らなかったと言った方が正しいだろうか。フォークスはシェレビアの城で適任の仕事を見つけたからだ。
ゼオンは王弟としてアーサを支えようと今までしてこなかった勉強を誰よりも頑張り、しばらくはルイーズのしていた仕事を変わってやるようになった。ルイーズに似たテキパキとした優柔不断のない仕事ぶりに貴族たちは感心をした。ルイーズは公務から手を引いてあの町外れの小屋に入り浸ってゆっくり休んでいるという。
ルゼたち妖精は一時避難という名目で世界のウラへと来ていたが、世界が落ち着いたようだったのでまた王国の森に戻ってきた。森が瞬く間に美しさを取り戻したので民は大いに喜んだ。ルゼはまたあの洞窟で、他の妖精たちは本当に人のいなくなった城で楽しく過ごしている。
◇◆◇◆◇◆
「聞いてよビネシュ。エレノア嬢から手紙が届いたんだ」
紅茶を淹れていたビネシュに嬉しそうな声で一通の手紙を持ったルウィトルが話しかける。
「左様ですか。内容をお聞きしても?」
「やっと、堂々と二人で表に立てるようになるんだよ。その招待状」
「国は私にお任せください。しばらく羽休めに旅行だと思って行ってきてもよろしいですよ」
ビネシュは甘々の紅茶を差し出しながら言った。
「私からも、お祝いの言葉だけでも贈らせて頂きましょうかね」
紅茶を一口飲んだルウィトルは恐らく二人で書いたのであろうわちゃわちゃとした手紙を見て笑みを零した。
◇◆◇◆◇◆
「ああ姫様、お綺麗になって」
フォークスは準備の整った主の姿を見て涙を零した。記憶にあったのはまだこんなに小さかったのに、今目の前にいる彼女は老いぼれた自分の背丈より大きくなって美しい。
「もう、泣かないで。準備が終わっただけじゃない」
「申し訳ありません。ただこう、失礼なことなのは分かっておりますが、娘を送り出すような気持ちになってしまいまして」
フォークスは涙ながらに言う。フォークスは執事として幼い頃から面倒を見てきたのだ。父親のような気持ちになってしまうのも無理はない。
「笑っていて。フォークスが笑顔なら私も笑っていられそうよ」
「承知しました。姫様のこの最高の日を、私は笑顔で見守りましょう。愛しいエレノア様」
頷いたエレノアは部屋を出る際、振り向いてフォークスに歯を見せて笑った。彼女の着ている白いドレスが彼女の笑顔を輝かせた。
一方別室では正装に着替えたアーサとゼオンが待機していた。
「結局お前と結婚すんのか。何だかな……」
「言った通りだろ? 必ず僕のものになると」
「そういうのがなんか癪なんだよ。はぁ。エレノアがこれで幸せだって言うんなら何も言わねぇけど。にしてもよくルゼが許したな」
「ああ、手強かった。なんとか許して、ってあいつはエレノアの父親か」
アーサがため息を吐いて、その様子を見たゼオンが馬鹿にしたように笑う。
「まだ? もう準備できたわよ」
二人が待機していた部屋にエレノアがやって来た。後ろではメイドがエレノアに戻るよう促したり慌てている。
まさかエレノアから来るなんて思いもしなかった兄弟は顔を見合せて同時に笑う。そしてアーサはエレノアに近づいていつも下ろしている髪を結いているのでそれを崩さないように撫でた。メイドたちは急いでその場から離れていく。
「世界で一番綺麗だ」
「あなたの意のままね。私はあなたのこと、確かに大嫌いだったのに」
エレノアは涙が滲んでいるアーサの顔を見て笑うと、その頬に触れて少しだけ引っ張る。
「とっても憎たらしいのよ、あなたの性格。だって、今は世界で一番愛してるもの」
「何百年も前から僕は愛していた。そして、また二十年前の日に恋に落ちた。君を、君だけを愛してるよ」
幸せそうに笑う二人を、ゼオンも幸せな気持ちで微笑んで見ていた。
エレノアはヴィエータの生き残りだと公表した。その上でこのシェレビアの王族の一員になることも。当然一部の民は猛反対し、城に何度も脅迫状が届いたり実際に城に襲いにかかった者もいた。
それでもエレノアは誠意を見せるように民に寄り添い、自分に恨みも何もないことを証明した。時間はかかったが、エレノアのその努力とアーサとの仲睦まじさに、ついに誰も反対の声をあげなくなった。
「そうだ、この式にルウィトルも呼んだの。スペシャルゲストとして出てくれるそうよ。森の方にウルたちも呼んだから後でそちらにも行きましょう。精霊たちやルゼも待ってるから」
「……はぁ。仕方ないな。良いよ、どこにでも一緒に行こう」
アーサは眉を下げて笑う。執事に呼ばれて二人は部屋を出た。ゼオンもその後をついていく。
この扉を開けたらバルコニーに出る。そこはかつてヴィエータの王族が殺された場所。その過去と決別するように、そこで死んだ家族や自分を愛してくれた人たちにこの姿を見せるように。エレノアはアーサと共に手を振る民に向けて手を振り返した。
一方、森の方にいたルゼは騒がしい街の方に目を向けていた。
「へリーゼとエレノアは同じであって違う。そのことを理解していたのか怪しかったが、ちゃんと分かっていたか」
ルゼはため息吐いた後、自虐するように笑う。そして雲ひとつない晴れた空を見上げた。
「竜の嫁という言葉があったな。アーサは竜ではないが体が共鳴したようだし良いか。人を愛さない竜に愛され、結ばれれば永遠に幸せになれる。エレノアが幸せなら、俺はそれで良い」
しみじみとした気持ちでルゼは言うと目の前の池の水を爪でくるくると回す。
「へリーゼ。俺はお前を愛していた。だが、俺は幸せにしてやれなかった。俺はお前以外愛さない。俺が死ぬまで、お前のことを想い続けよう」
ルゼは微笑むと洞窟の中に咲く、へリーゼが好きだったラベンダーの花を見つめてへリーゼに伝えたことのない気持ちを告げる。
そのラベンダーはゆっくりと風に揺られた。
それから王国は小さいながらもみるみると栄えていき、後に二人を偉人として称えて大きな霊廟がかつてヴィエータの城があった場所に作られた。妖精に愛された美しい場所は、民も愛し、今も残っている。
竜の嫁 白鷺緋翠 @SIRASAGI__HISUI
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