救い出せ
エレノアはそれが自分の体に入り込む前に魔法で体を保護する。なるべく魔力を抑えながら、それでいて絶対に体を守れるように。
そのとき、ふとルゼと帝国に来る前に交わした会話を思い出した。まだ宮殿に、正確に言えばエレノアの前にゲオルが姿を現す前にルゼの声が聞こえた。
「聞こえるか、エレノア」
「ルゼ!? アーサと同じ所にいるんじゃ……って、どこにいるの?」
エレノアが周りを見回しても誰もいない。それどころか隣にいるはずのビネシュも急に大声を出してきょろきょろとし始めたエレノアを不審に思っている。
エレノアは次は小声で話しかけた。
「どうかしたの?」
「俺は白竜のいる場所には行かぬことにした。そこに行ったとして、何も起きない」
「でも精霊王は教えてくれたわ。危険だって」
「そこでは、何も起きないと言った方が正しいな。エレノア、よく聞いておけ。お前の身に危険が迫っている。だが、死なせはしない。必ずだ。約束しよう。もしも、誰かがお前に選択を出したら自分を犠牲にする方を選べ。相手に、心を取られるなよ」
ルゼは止まることなく一気に話し出すとなぜなのか声は二度と聞こえなくなった。エレノアは急に不安になる。元々不安だった心がさらに締めつけられるような心地に。でも、ルゼの言葉を信じなくてはならない。ルゼにどれだけのことが分かっているのかも想像できないが、あんなに真剣に話すというのはそれなりの覚悟があってこそだ。
エレノアはその時が来るのを静かに待った。
それからしばらくして訪れた綺麗な恰好をした男に、エレノアは物怖じすることなく自分の身を差し出してその男と共に海を越えていった。ビネシュには傷一つついてない。
──攻撃の時間は終わった。守っていたけれど、やはり手足が震える。もう時間も少ない。完全に体を守ることはできなくなってきた。
早く、誰か助けて。そう言いたくとも息を吐く度に痺れる喉では声も出せない。
落ち着いて呼吸を繰り返す。もう少しの辛抱だから。
ここに来てから何日経ったのか分からない。時間感覚を失わせるこの地下の部屋では、自分の体温すら奪われていく。
ゲオルの話ではこのおかしな儀式は四日かかると聞いた。もう、終わってくれるはずだ。
こんなときに浮かんできたのはよりによってアーサだ。いつも貼りつけた笑顔でいるのが憎いのに、なぜか涙が出てくる。胸が苦しい。
「……いつもしつこく私の所に来てたのに。あなたなんか、世界で一番大嫌いよ」
◇◆◇◆◇◆
アーサたち四人はしっかり休んでこの日に備えていた。よく晴れていて、アーサはそれが憎たらしくなる。
「行こうか。白竜さんはくれぐれも皇帝の首を絞めないようにね」
「ああ。締めなくともその首ごと斬り落としてやる」
「いや、それじゃだめなんだけど……」
完全に腹が立っているアーサを先頭にして一行は人のいない郊外を出て、変わらず賑わう街へ来た。
アーサの容姿はバレてしまう以前にオーラがありすぎて目立ってしまうのでフードを深く被ってコートを着込んでいる。怪しくて余計に目立ってる気もするが他人から見て顔は全く分からないので良しとした。
「何十年ぶりかなぁ。人に酔いそうだよ。これだから都会には来たくなかったんだ」
ウルは青ざめた顔で言うがアーサの着ているコートの裾を掴んで一生懸命ついてきている。そんなウルを全くアーサは気にしてない。アーサの頭には皇帝をどう殺すかとエレノアを早く助けたいという気持ちしか浮かんでいないのだ。
フワーチュスの情報だと今日は側近が皇帝にウルの作った物を献上する日だ。フワーチュスたちはもちろん招待なんてされていない。だからこの前のように堂々と入ることなんて不可能。
ではどう入るのかというと。
「魔法って、便利なんだな」
ゼオンは感心したように言う。なぜなら本社に一番近くにある路地裏の道路にウルとフワーチュスが協力して魔法を使い、ないはずの道を地下に作り出したのだ。結構な音がしたが、近くに誰もいなかったので誰も覗きに来なかったのが幸いだった。
「作り出した道をそのまま辿っていけばエレノア様のいる部屋に行けるはずですわ。次は五人で会いましょう」
アーサとウルはフワーチュスのその言葉に頷くとあるはずのない道を進み、階段をひたすらに走って下っていった。
フワーチュスとゼオンはアーサたちが安全に、少しでも長い時間を使ってエレノアを助けられるように時間稼ぎをするのだ。そのためには、二人は堂々と本社に入ることになる。
四人の作戦は、意のままになった。本社内は大混乱。魔法を使う少女に荒々しく剣を振り回す男。皇帝たちの会合は中止となり、本社内の護衛たちが同じ場所に集まる。その間にアーサとウルは最下階に到達した。
「僕がここで足止めをしている。そこの扉の合鍵は僕が作っておいた。木製だけどちゃんと使えるよ」
ウルは簡単な作りの鍵を渡す。昨日調べたときに鍵の情報も調べておいたので作っておいたのだ。アーサはそれを受け取ると走ってウルから教えられた道を通ってそこへ向かう。禍々しさが扉の外からも伝わってくる。アーサは迷わずその鍵を鍵穴に入れる。鍵はちゃんと使え、鍵が開く音がした。アーサは冷たく接しているが、彼らの腕はしっかりと認めているのだ。
「エレノア!」
アーサは重たい扉を開けながら言う。その後にエレノアの元に駆け寄って歩けないのなら、たとえ歩けたとしてもその体を背負ってウルの元に戻る。そうもう計画していた。
「うっ」
アーサは扉を開けた瞬間にその場に跪いた。無臭の何かがアーサの体に入り込んだ瞬間、思考も全てが止められた。
毒ガスだ。今は放出は止められているようだが、それでも閉鎖されていれば空気が変わることがないため蔓延していたのだ。
エレノアはこんな部屋に入れられていたのか。そう思うだけで怒りが湧き上がってくる。ゲオルへの殺意がアーサの体を動かした。
部屋の真ん中にいたエレノアは倒れているが息はしているようだ。アーサは痺れる足の痛みを感じる前にエレノアの元に走った。
体を揺さぶっても反応はない。意識を失っているようだ。爆発しそうな殺意を飲み込んで腹に収めてエレノアを背負った。
立ち上がって歩き出そうとしたとき、アーサの視界は黒で染まった。
「おとぎ話では王子様が迎えに来るが、現実では王様が迎えに来るのだな。まだ招待はしていないが、そんなに式が待ち遠しかったのかい」
ゲオルが行く手を阻んでアーサに笑いかける。アーサはゲオルの目すら見ずに先へ行こうとする。今は少しでも早くエレノアを外へ出さなければいけない。
「無視はよくないぞ、アーサ王?」
ゲオルのその言葉と共にアーサの腹に痛みが電流のように走る。短剣か何かで刺されたのだろう。段々と腹に温かみが増してくる。アーサは大きく舌打ちをしたが決して倒れなかった。
「愛の力か。我も嫁のためなら死ねる気がしないな。そうだろう?」
ついにアーサの怒りは腹だけでは留めることはできず、体の外へとの溢れ出した。
怒りはかつての自分と共鳴した。自分の心が、体と体を繋いだ。この体にはなかったはずの魔力が体を流れる。懐かしい心地良さ。アーサはその憎しみを力に変えて思う。あのときと同じように。
全てが、壊れてしまえば良い。
そのアーサの考えと同時に、本社から地面に亀裂が入った。
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