時間がない

 ウルはフワーチュスのように出勤はしていなくとも一応はフワーチュスと同じ大企業に勤めていた。

 二人は暮らしに便利な家具を提供することをモットーとしている会社に勤めている。大企業というだけあって本社に提供することも多い。家具の他にも雑貨やちょっとした小物も作っている会社だ。


 ウルは木の妖精であるので木を操るのにはどこの誰よりも優れている。どんな緻密な作業で人間や機械にも難しいことだって木のことならウルにできないことはない。そのことからウルの名指しで依頼が多く舞い込むため、社長からも一目置かれている。出勤せずともクビにはならないのだ。

 フワーチュスは技術士のウルとは違って営業担当だ。彼女の愛らしい見た目と礼儀正しさ、そして何より売り込みの上手さで売上の成績でフワーチュスに勝てる者などいない。

 しかし、彼らの前で長く仕事をやっているから当たり前だなんて言葉を言ってしまえば命はない。例え自分が入社して退社するまで同じ見た目で同じように仕事をしていても疑問に思ってはならない。それが暗黙の了解だ。


 そんなウルに舞い込んだ今回の依頼は側近から皇族への献上物である木で作られたオブジェだった。

 皇族に新たな妃が来るとき、帝国はそれを認めるという意思表示で妃に何かを贈るという文化が存在する。ウルはアーサの話を聞いて合点がいった。これから渡すのはエレノアに渡すことになるであろうものだと。


「んー。へリーゼの魂を持つお姫様、か。僕にかかれば作れない物はないのだよぉ」


 ウルは今までに何一つ手をつけていなかった依頼の品をたったの二時間で完成させた。それを見たフワーチュスは更にウルを厳しく叱る。

 ウルは訳が分からないと嘆くが誰もウルに味方はしない。アーサもゼオンもフワーチュスの意見に賛同していた。


 翌日、完成した物を持って三人は本社へと向かった。側近に会うのはフワーチュスのみだったが、三人は無事に本社へと入ることに成功。側近である初老の男は無事にオブジェを気に入った様子でそれを引き取った。

 ウルは魔法を使ってエレノアの位置を調べる。アーサにエレノアの情報を聞いていたからそれに似た人を探すだけ。

 本社は地上六十八階、地下十一階に及ぶ超巨大ビル。ウルは地下から探っていくことにしていたが、それが奇跡を呼ぶ。地下十一階の窓も何もない密室にアーサから聞いていたエレノアの特徴に似た人物を見つけた。なぜそんな所にいるのか疑問に思ったが、無事に見つけられたのでこの情報を持ち帰り、また新たに計画を立てるべく家に帰ることにした。


 ウルから話を聞いたアーサは顔を青くさせて考え込むように手を組んでいる。近づいたら殺されそうだ。


「コンクリートの部屋に、窓もない部屋?」

「うん。とても妃になる予定の女性に休んでもらうような部屋じゃない。いくら世間に知らせないためだとしてもおかしいよね」

「……そうか。エレノアが危ないじゃないか」

「これだけの情報で何か分かったの?」

「逆に分からなかったのか。馬鹿だな」


 アーサはウルたちを小馬鹿にしたように笑う。


「……明日だ。明日絶対にエレノアを救う。でなきゃ、エレノアは死んでしまう」


 アーサの深刻な言葉に一同は息を呑んだ。


 ◇◆◇◆◇◆


 一方、エレノアはそろそろ限界に近づいていた。止まらない攻撃。それを防ぐことは簡単だった。しかし、どんなときでも必ずやってくるそれに体の回復は間に合わずに段々と力が失われているのが誰の目から見ても分かるものだった。妖精によって美しく整えられていた髪も顔も今はボロボロだ。

 エレノアが倒れ込んでいるところに、重たい鉄の扉が音を立ててゆっくりと開く。そこにはスーツを着た黒髪の男と露出度の高いドレスを着た海のような青色の髪の女がいた。彼らこそこの国の皇帝と妃であった。


「やあ。本来ならもう気が狂って人間ではなくなってる頃だが、さすがは竜に愛された女と言うべきか」


 髪をかきあげながらエレノアに近づいた皇帝ゲオルはエレノアの顎を掴むと持ち上げる。そのボロボロになった顔を見て鼻で笑った。

 ゲオルは髭ひとつ生えてない綺麗な顔をして容姿端麗だが、その人を寄せつけない鋭い目はエレノアの心を握りつぶすようだった。


「あら、ゲオル様。可哀想ですわ。なんてたってお姫様だった方なんですから。そんな扱い方、不敬になりますわよぉ」


 上品に、それでも馬鹿にしたように笑うのはゲオルの第四妃であるツィリアだ。ツィリアは妃の中でも一番寵愛を受けていると噂で、一番子宝にも恵まれている妃でもある。


「……何とでも言うと良いわ。私は死なない。信じてる人がいるの。私は竜に、二匹の竜に愛された女よ」


 エレノアは例えボロボロだとしても、希望を失っていない強い瞳でゲオルを睨んだ。ゲオルは気に入らないようにそのエレノアの睨みよりも強く睨むと踵を返して部屋を出ようとした。


「愛しのツィリア。帰ろう。我らの可愛い子供たちが帰りを待っているよ」

「ええ今すぐ行きますわねぇ。でもちょっとお待ちくださいまし」


 ツィリアは後ろの方へ行ってしまったゲオルの方を振り向いて言うと、向き直ってまるで奴隷でも見下すようにエレノアを見る。そしてエレノアの背を履いているハイヒールの尖ったヒール部分で潰すように踏みつける。エレノアはあまりの痛みに声も出ず、そこにうずくまる。


「早く息絶えてしまえば良いのに。あの人の目にこんな汚いのが映ってるなんて耐えられない。あんたを助ける人間なんて一生来ないのよ。だから、早く死んでしまえば楽になれるのよ。早く、早く」


 怒りを込めるように踏み続けると、落ち着きを取り戻したように息を吐くとコンクリートでできた部屋を急いで出ていった。

 エレノアは震える手を握りしめながら溢れ出しそうな涙を堪えて二人が出ていった扉を睨む。


「死ぬものですか。最後までヴィエータとしての誇りを持つの。信じるの。腐れきった人に、私は負けないわ」


 エレノアがそう呟くと、決まった時間がもう来てしまったのだろうか。またいつものように壁に並べられた蓋が自動で開いた。

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