四人で協力して

 シチューを完食した一同は本題に入っていた。

 まずアーサとゼオンが帝国に来た理由。エレノアを救出するために残されている時間は少ないこと。そして、エレノアを妃にされるのは何が何でも絶対に確実に阻止したいアーサ。

 その話を聞いてフワーチュスは何かを思いついたように両手を合わせた。


「私に良い考えがありますわ。さっき兄様と揉めていたオーダーメイド作品。実は皇帝の側近をなさっている方からのオーダーでしたの。これを上手く利用すれば合法的に本社に入ることができますわ」


 途中まで良い考えだと頷いていたアーサとゼオンは最後に出てきた言葉に動きを止める。本社という聞いたことのない言葉。一体どこに入るつもりなのか分からない。


 その反応を見たフワーチュスは、はっとした顔になって説明をする。このような社会は帝国唯一のもので他国はまだ民衆が率先して社会を作る制度はまだないのだ。


 この世界で会社が誕生したのは帝国の技術士がそれぞれ卓越した技術で作られた物をより安全に、法のもとに取引をするための場所を求めたからだった。国はそれを認め、絶対的な決定権は皇帝にあることを約束して技術の独占権の認定と技術士同士の取引法を制定。それから同じ技術で物を作る技術士でチームを作った。これが会社の始まりである。

 その後、会社は他の会社や各地域、皇族に技術を売ろうと計画した。そのためには物を作る技術士だけでなく事務をする人が必要になった。他にも売り込む人が必要になり、技術士の負担を減らすために企画やデザインを考える人が出てくる。それらは大きなビルを持ち、子会社も持つ大企業が誕生した。

 これらの国の近代化にともない、皇帝は城を壊してどこよりも大きなビルを建てた。そして城という名称から国の全会社の中心という意味である、帝国本社へと名を変えた。


「帝国はこうして他国とは全く違う社会を築いていったのよ。あら、二人とも大丈夫ですか? 話が難しすぎたかしら」


 フワーチュスの目線の先には眉間に皺を寄せて一生懸命理解しようとしているアーサと明らかに理解するのを諦めて意識が飛んでいったゼオンがいた。


「しょうがないさ。僕もイマイチ仕組みを理解していない。社会に適合して理解して働いてるフワーチュスが立派なだけだよ」

「兄様……」


 ウルは兄として妹を労わり、少し目に涙を浮かべたフワーチュスの背を撫でてやろうと手を伸ばす。だがその伸ばした手は誰の手も掴めず、代わりにウルの肩が強く掴まれる。それはウルのことを涙目で睨むフワーチュスの手だった。


「兄様は社会に適合してなさすぎですわ。何年ここで生きてると思っているのです? 兄様は仕事を放って好きなことばかり。いえ、私は兄様を思って趣味を仕事にしたはずですわ。それなのに私ばかり外に出向いて。今日だって私がどんなに叱られ責められたか。甘えん坊には想像できないでしょうね」

「ご、ごめんよ。締切も明日だと思っていたんだ。うっかりで……」

「うっかりなんて言葉、社会には通用しませんのよ!」


 フワーチュスは「うぎぃ」と歯ぎしりしながらウルを睨む。だが顔が大人にしては可愛らしく幼い見た目をしているのであまり怖い印象はない。逆に子犬が威嚇しているようで可愛くも思えてしまう。


 ウルとフワーチュスが喧嘩をしているところにアーサが片手を挙げ、二人は取っ組み合いの喧嘩を止めた。


「……すまない。今理解したよ。ゼオンは放っておいてくれて構わない」


 アーサは親指で隣にいる未だに意識があちらに行っているゼオンを指さす。


「本題に入らせてもらうよ。フワーチュス、その作品はその側近だけがいる空間で渡すのか?」

「えと、なんと言いますか。できましたと見せるのは注文した側近一名だけですが、それは国に寄贈するものですので公式に発表するとき、三日後ですわね。側近の方二名と奥様二名。それに皇帝と妃三名がお見えになりますわ」

「妃、三名?」

「皇帝には現在八名の妃がいましてよ。それに加えて五人の愛人まで。そういえばつい先日妃が一人増える予定だとか何とか言ってましたわ。式が行われたら正式に妃となるみたいですけれど……」


 フワーチュスは人差し指を顎において唸るように考えながら言った。

 正直フワーチュスは今の皇帝がそんなに好きではない。技量はあると思う。賢いし、人の心を上手いように動かせるし、上に立つ人間としてはリーダー性があって向いてるなとか思っていた。しかし彼の人格は完全に終わっている。人間としての何かが、足りないように感じるのだ。その完璧な人間の心の中身は空っぽのように。

 そんなことを思っていると突然前の方から大きな音がした。フワーチュスは驚いて視線をアーサの方に向けると、アーサが机に顔をつけて動かなくなっていた。


 そんなところにエレノアが嫁に行くなんて。アーサは今すぐ皇帝を殺したいこの気持ちを落ち着かせるには、頭を机に強打するしか頭に浮かばなかった。


「白竜様、しっかりなさって。帝国の式は特殊ですわ。帝国民は神を信じてないので結婚をする際、四日に及ぶ神落としという儀式を行うのです。各家庭によって異なったりするのですけれどね。大体は神の嫌う鶏肉を食べたり堕落した生活を送って神を体から完全に消し去る、みたいな。まだ時間はありますわ」


 フワーチュスはアーサを励ますように言う。アーサはフワーチュスの方を向いて渋々頷いた。そんなアーサを見てフワーチュスは微笑み、「良かった」と独り言のように呟く。



「では、決まりですわね。四日以内にエレノア様を救う。そのために今日中に兄様は作品を仕上げる。私がそれを持っていくとき、安全のための護衛というように装ってゼオン様と兄様は私と共に本社へ。その間に魔法を使ってエレノア様が今どこにいるか、何をしているか探る。白竜様は顔が皇帝以外の権力者にも知られていますわ。危険ですので決行日以外は待機を」


 フワーチュスの考えた計画は理にかなっている上に成功率が一番高いものだと考えられた。アーサはそれまでエレノアのために何も動けないのが悔しかったが、ここで動いてより迷惑をかけるくらいならここに留まっていることが最善だと考えてその計画を呑んだ。


「ゼオンも、聞いてたか?」


 呆れたようにアーサが聞くとゼオンは虚ろな目のままゆっくりと頷いた。疑わしくも思ったが、今は信じてやることにした。本当に聞いてなかったら国に帰ったとき公務を自分より倍に増やしてやると考えて。


「では皆さん、命の安全を第一に。エレノア様を必ず救い出しましょう」


 フワーチュスの言葉に全員が頷いた。


 三人の決意を受けたのか、風が強く家の間を通り抜けた。

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