姫を助けに

 現実的なことを求める世界。そんな世界に住む非現実的な存在。


「俺たちが今危険だったとしてもエレノアはもっと危険だろ。助けに行かねぇと。見知らぬやつと急に決められた嫁入りなんて、きっと怖がってるに違いねぇ」


 ゼオンは何だか腹が立ってきてそろそろ気が狂ってるのか疑わしくなってきたアーサの頬を殴る。

 アーサは目が覚めたように殴られた左の頬を手で押えて瞬きを繰り返しながらゼオンを見る。


「情けねぇ面しやがって。その顔エレノアに見せてやろうか」

「エレノア……。そうだ、僕以外のやつと、あんな汚い不細工と……」


 泣きそうな声で俯いたアーサについにゼオンの怒りは最高に膨れ上がり、盛大な舌打ちをする。


「惚れた女が怖い思いしてるってのに男がめそめそすんじゃねぇよ気持ち悪ぃな。どうすんだよ。ここでずっと泣いてるか?」

「……僕は」


 アーサは唇を強く噛んだ。そしてゼオンに殴られていない右の頬を自分の手で殴る。そしてジンジンと痛む頬をもう一度手のひらで叩くと、睨んでアーサを見つめるゼオンの目を睨み返すように見た。

 その目には覚悟と決心だけが炎のように燃え盛っていた。


「行こう。帝国だろうがなんだろうが、僕が滅ぼしてやる」

「あ、いや滅ぼすまでしなくても」


 ゼオンは思わずツッコミを入れてしまう。そんな二人を見ていたルウィトルは笑いを零した。噂と違うじゃないか、と思う。

 仲の悪い義理の兄弟。

 義理の兄弟は正しい情報だが、こうやって言い合っている様子は普通の兄弟と変わらない。微笑ましい兄弟そのものだった。これも、エレノアが引き寄せてくれた絆なのだろうかとルウィトルは静かに思う。


 帝国へと出発する前に、さっきまでの様子とはまるで違うアーサは息の音も聞こえない白竜の体に触れる。かつての自分の体がここにあるだなんて想像もしなかった。奈落の底に落ちて、そこに閉じ込められていると思っていたから。息はしてなくとも体から魔力の流れを感じる。禁術を使って穢れた体の浄化も済んだのだろうか。懐かしくて安心する魔力が自分の体をすり抜けていく。


「僕はもう妖精なんて懲り懲りなんだ。でも、僕は僕が好きだった。前はだけど。もう、世界に迷惑かけるなよ」


 アーサは周りには聞こえない声でそう言うと踵を返して歩き出した。


「世話になった皇王よ」

「こちらこそ。僕の国で迷惑をかけたね。最初はエレノア嬢へのドッキリのはずだったのに、まさかこうなるなんて。本当に申し訳ない」

「いや、構わない。この国でエレノアと少しでも近づけたのは紛れもない事実だからな。エレノアが連れ去られてき、きき、妃にされそうになったのは……帝国によるものだから」


 アーサは妃という言葉を言うときに急に顔が青ざめ吐きそうになっていたが、持ち直して皇王と話す。

 皇王はそんなアーサを見てこんな状況なのに微笑ましくなってしまった。自分より指の数で収まるくらいしか歳が変わらないのにしっかりしているのは過去が影響しているのだろうか。


「話してるとこ悪いが、ドッキリってなんだ?」


 ゼオンは二人が話している途中に手を挙げて尋ねる。そんなゼオンの言葉にアーサとルウィトルは顔を見合わせる。


「あ。そういえば馬車で種明かしするつもりが忘れていた」

「はあ? だからエレノアに変態扱いされたんだ。あれほど言っておけと言ったじゃないか」

「ごめんごめん。エレノア嬢があまりにも賢いからつい盛り上がっちゃって」


 状況が全く読めないゼオンは首を傾げる。さっきから首を傾げ続けて首が痛くなってきた。


「指名手配あっただろう? あれ実は皇国のあの村にしか配ってないんだ。指名手配して、家に僕が迎えに行って、アーサに会わせて誕生日を祝おうと」

「は、はあ!?」


 ゼオンは驚くことが多すぎてしばらく開いた口が塞がらなかった。

 まず指名手配が嘘なこと。この二人がグルだったこと。エレノアがあのとき誕生日だったこと。


 じゃあ王国を逃げ出したときのあれは何だったのだろうか。何から何までがドッキリであるのかさっぱりだ。ゼオンはこれ以上混乱させないで欲しいと思う。


「シュヴェルから話を聞いてびっくりしたんだ。エレノア嬢は頭が良いね。それに行方の分からなくなった相棒を探しに未知の場所へ行くなんて、かっこいいよね」

「エレノアを褒めてくれるのは嬉しいけど、口に出すのは僕だけで良い。他の男から聞いた言葉なんて寒気がしてしまう」


 アーサのあまりにも剥き出しな独占欲にルウィトルは笑いが止まらなくなる。


 しばらく情報交換や雑談をした後、ルウィトルはまず皇王という立場であり、シュヴェルのことや教会のこと、なぜ聖女に選ばれるほどの力があるのか、神のお告げは本物かなどの調査をするために国に残ることにした。帝国へ行くためのサポートは約束して。

 アーサとゼオンは共に帝国に行くことになった。現在もだが、王国は先代の王妃であるルイーズが臨時の王として玉座にいる。先代の頃より王としての公務を果たしていたのはルイーズだった。アーサの頼みにルイーズは嫌な顔せず首を縦に振った。条件として帰ってきたら長期休みを許可することと出されたが、アーサにしては安すぎる条件だった。

 ルイーズは本当にもったいない相手に嫁いでしまったものだとアーサはため息しか出ない。


「帝国は第二神区とはいえ、ここからかなり離れた場所にある。船しか出せないけれど私のとっておきのまじないをかけてあるから無事に帝国にたどり着けるはずだよ。護衛も何人かつけてあるから安心して欲しい。君たちが平和に王国へ帰れることを神に祈ろう」


 ルウィトルは杖を両手で握って端を床につけ、祈るように目を閉じる。その様は絵に描いた皇王そのものだった。

 アーサとゼオンは頷くと塔を後にし、港へ向かう。アーサは塔を振り返ってルウィトルと同じように神に祈ってみる。

 自分の体がエレノアを傷つけることにどうか利用されないように。


 海を超えた先にある帝国に着くまで、皇国から三日。

 その期間毎日、毎時間のように兄弟喧嘩が起きるのは誰もが予想できたことだった。

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