どこよりも優れた帝国

 窓のない暗い塔で、王という地位を持つ二人と王弟と魂の抜けた器だけが残る竜が、ただただ無言の時間を過ごしていた。


「……おい、いい加減ぶつぶつと喋るのやめろよ」


 ゼオンは引き気味にアーサのことを見ながら言う。

 皇帝ゲオルが去ってから自分の怪我の痛みなど感じていないかのように怪我に興味を持たずにすぐに宮殿に向かおうとした。しかしそれはルウィトルによって止められてしまい、それからというもの虚ろな目でぼそぼそと何かを喋っているだけで、言ってしまえば気味が悪かった。


「仕方ないよ。大事なエレノア嬢が連れ去られた上に妃にするなんて言われるんだから。確認しに行きたい気持ちも分かるけど、行けば敵の思う壺だしね」

「なんで敵の思う壺なんだ? 皇帝はさっき意味分かんねぇけど消えたじゃねぇか」


 本当に分からないと言ったように首を傾げながら聞いてきたゼオンに、ルウィトルは目を丸くして驚いてしまった。庶民ならまだしも王族であれば他国の発展具合や王族に関しての情報だったりをある程度学んでいるはずだ。アーサやルウィトルは周りと比べて賢すぎるところはあるが、一般的に見てもゼオンは少し知識が足りないところがある。

 王国の王の元に産まれた次男は稀に見る出来損ない。

 そういった噂は昔から権力者の間では有名な話だった。そんな次男に比べて長男であり王太子である子は優秀すぎるくらいで将来は安泰だろうと言われていたため、そこまで王国やその次男を卑下するようなことは少なかったのだ。


「噂通りなんだね君」

「あ?」

「いや、でも世界には君のような存在も必要だ。王族は王の言いなり、なんて面白くないだろう」


 ルウィトルは満足そうに笑うだけで、ゼオンには理解できなかった。

 ルウィトルは若い王ではあるが王国の王族たちよりは歳が上なこともあり、善意で勉強をしてこなかったゼオンに帝国について教えることにした。


 帝国は第二神区を治める、世界で二番目に大きな国だ。王国や皇国の何倍も大きな国。治める家が頻繁に変わることが特徴でもあり、六つの神区が誕生してから国ができたのはどこも同じくらいの時期だが、帝国の歴代の王族の数はどこよりも多いだろう。それもあって国内での戦争も多いことで有名だ。権力を持つ者や知識を持つ者の多さ、そして人口の多さから反乱を起こしやすく、国のどこかで必ず戦争が起きているような状態がかれこれ数百年続いている。

 それなのに帝国が帝国としてあり続けることができるのにはある理由があった。それはどこよりも発展した科学技術が盛んなことだ。魔法なんてものは帝国民にとっては子供が憧れるものだ。より合理的で現実的な力。誰もが手に入れられるまるで魔法のような道具。それを作り出せる技術を帝国は独占していた。そして、その技術全てを管理して世に出したり、技術者たちに資金を出したり、研究する場を与えるのは皇帝であった。

 反乱を起こしてその皇帝を殺したとしても新たな皇帝が必要になる。全員がリーダーになるわけにもいかないこの帝国のシステムは必ず絶対的な力を持った存在が必要不可欠になる。よって、この第二神区ではどんなことがあってもその玉座に皇帝が座っているのだ。


 現在、帝国の玉座にいる皇帝は第二一四代皇帝ゲオル・ドットーリオ。ゲオルの父は、英雄と称えられるほどの技術を開発したことで歴代で五人しか存在しない最高栄誉技術士の肩書きを手に入れたべリス・ドットーリオ。べリスは非常に頭が良く、研究熱心で家族愛に満ちた素晴らしい人格者だった。技術士として最高の地位をもらったため、弟子を持ったり自分専用の研究所や製作所を作ったり等の自由が正式に認められ、国から大量の資金を得ることができた。そのためその子であるゲオルも良い暮らしができ、良い先生もつけてもらったため父に似て賢い人間となった。

 だが、父と完全に似ているわけではなかった。似ていなかったのは、優れた人格だけ。

 狂気的で人を思いやる心など全く持ち合わせていない性格。人に迷惑ばかりかけ、ついには当時の皇帝までも暗殺してしまった。父には資金があるくせに息子の自分には資金が少ない。自分の腕を正当に評価しないなどの噂を世間に広め皇帝の居場所をなくし、その座を奪った。

 実は誰もゲオルが何をしたくて皇帝になったのかわかっていないのだ。帝国で頂点に立っても帝国が抱える数多くの技術者を管理して支えるなんて大変な作業、好き好んでやる人間は少ないだろう。

 なぜ人を思いやれないゲオルが皇帝になったのか誰もその心の内を読むことができずに、各国は常に帝国を警戒している。

 だが、ルウィトルは思うことがあった。帝国民であるシュヴェルを聖女として送り込んでこの白竜に一番近い存在でいさせたことを考えれば、憶測はできる。が、これはあくまで憶測であって事実ではないのでこれをゼオンに伝えるのはやめにした。


「……とまあ、帝国や皇帝に関してはこんなとこかな。難しい話だったかな。簡単に言ってしまえば帝国はまだ我々が使い始めたばかりの科学技術だったりをずっと前から独占していた。今来た皇帝も、あれは確かホログラムと呼ばれるものだったかな。皇帝の立っているすぐ下の床に手のひらサイズの何かが動いていたからね。私も機械とか見たことすらないから分からないけど、とにかく帝国は私たちが知らない武器を隠し持っているんだよ」


 今まで難しい話ばかりで頭が混乱していたゼオンは頭の整理が終わると閉じていた目を開いて困ったように笑うルウィトルを見ながら言う。


「じゃあ、さっき敵の思う壺だって言ったのは」

「うん。恐らくエレノア嬢を心配したアーサ王様を殺そう、なんて思っていたかもしれない。皇帝の意思が宿った小型の何かが空中を飛んでいても、不思議じゃない。アーサ殿は賢くてもエレノア嬢のことになれば知能は大幅に低下するからね。そのことも把握済みだったのかもしれないよ」


 ゼオンはごく、という喉の音が聞こえるくらいに唾を飲み込む。妖精も存在自体が謎すぎるが、機械だなんてゼオンには程遠すぎて何が真実か分からなくなってさえきた。

 そんな人間がなぜエレノアに目をつけたのか、それを考えるだけで手汗が滲み出た。

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