魔法なんかじゃ

 聖女は頑なに話そうとはしなかったが終わらない皇王の攻撃に口を開かざるを得ず、両手を上げて降参の意を示した。

 そして、聖女から零れた事実はその場にいた者の全ての驚きをかっさらった。


「帝国の手先だと?」

「こら、ゼオン殿。声が大きいよ」

「……私は皇帝陛下より命令を受け、この国に聖女として身を潜めていた」

「皇帝ってのは人を聖女にできる力があんのか」

「そうさ、陛下は偉大だろう。この世界を統べるのに一番適し───痛っ! 全く、自分の国の陛下を崇拝して何が悪い」


 興奮して喋りだしたシュヴェルを止めるようにルウィトルは杖の端でシュヴェルの足を潰すように振り落とす。


 ルウィトルは皇王のみが持つことを許されている神力のこもった白くて太く長い杖を公務のときは常に持っていた。

 皇国が建国したときに初代皇王が神の力を封じ込めて作った杖であり、皇王の威厳を示しつつも神の力を持つ唯一の国だと示すために用いる神聖な物なのだ。こうして、人を傷つけるために作られた物では決してない。


「確かに君の言う通りだけど、気に食わないから」

「未熟だな。私の陛下は若くていらっしゃるのに落ち着いていて、決して間違えぬ人で……。杖でぐりぐりするのをやめろ! 足がなくなってしまうだろう!」

「別に良いじゃないか。足の一つくらい大した物じゃないでしょう」

「ははっ、イカれてやがる。なあ、王国の王族たちもそうは思わないかい?」


 シュヴェルは顔に汗を流したまま、視線を二人の王族に向ける。だがゼオンはその首を縦には振れなかった。なぜなら、身近に恐ろしいほどに狂った人間がいるからだ。


「俺の兄も負けてないほどイカれてっから、何も言えねぇ」

「僕が何だって?」


 アーサは微笑んだまま首だけを動かしてゼオンを見る。その顔には殺意がダダ漏れでゼオンは急いで視線を外す。その光景にシュヴェルは笑い、その場には和やかな空気が流れてしまったが、一人険しい顔をした者がいた。


「皇王よ、なぜそのような顔を?」

「……おかしいと思って。本当は、何を企んでいる」

「さすがは皇王。頭が良いな。だが、少し遅い。まだまだ成長の見込みがあるな。そうでしょう、愛すべき我らが陛下」


 ルウィトルは息を呑み、まずは言い合っている王族二人を守ろうと視線をそちらに向けた。が、そこにはアーサもゼオンもいない。どこに行ったのだと視線をさまよわせていたそのとき。


「我が国の聖女が世話になったな、若き皇王よ」


 低い声がルウィトルの耳元に響く。いつの間にか背後を取られ、ルウィトルのすぐ後ろに黒いロングコートに身を包んだ長身の男、帝国で最も力を持つ皇帝が立っていた。


 皇帝はルウィトルの後ろについたまま離れない。しかしおかしいことにルウィトルは身動きが取れないのだ。

 肌が触れ合っている感触など、全く感じないのに。


「すまない。君の大事な執事はもうすぐ天に行ってしまいそうだ。まあ、神に祈りを捧げる皇国民であれば本望だとは思うがな」

「まさか。彼女には何もしてないだろうな。彼女を、エレノア嬢はどうした」

「安心したまえよ。美しい体には一切の傷もつけていない。今は、だがな」


 そう皇帝が高笑いをしたとき、ルウィトルは鋭い風を背後から感じた。アーサだった。アーサは持っていた剣で皇帝の首元を狙った。確かにその首に突き刺したはずなのに感触は全くない。それどころか皇帝は無傷だ。


「……帝国の技術か。エレノアをどこへやった。返答次第では今ここでお前の息の根を止める」

「おお、これはシェレビアの王ではないか。初々しい王を二人も見れるとは。この世界も安泰だ」


 皇帝はアーサの顔を覗き込むように鼻と鼻が触れてしまうほど近づく。アーサにはフードを被って隠れていた顔があらわになった。

 全て見透かされてしまうような鋭い目に傷だらけの額。手入れをしていないように思わせる顎に生えた無精髭。若いと言われるが、その周りに恐怖を与える顔は年齢に合っていない。顔に傷の一つもつけずに育った二人の王とは全くの正反対だ。


「それほどまでにあんな落ちぶれた姫が欲しいか」


 皮肉ったように皇帝が言うとその口角を上げたまま三人から距離をとってしゃがみこんでるシュヴェルに近づいた。シュヴェルは皇帝の姿に目を奪われている。


「亡国の姫は私の妃にする。出身国の王族にもぜひとも結婚式へ招待しよう。姫の真っ白な美しいドレスを見たいだろう」


 皇帝は偶然か、アーサの目を見ながら言うと数歩歩いていき、なぜだかそのまま姿が消えてしまった。

 事情を知っているアーサとルウィトルは改めてその強さを見せつけられたようで固唾を呑んだ。何も知らないゼオンは驚いて目を見開いたままだ。


「ああ、名乗るのを忘れていた。我が名はゲオル・ドットーリオ。忘れるなよ」


 声だけがその部屋に響くと気配も何もかもがなくなってしまった。まるで最初からいなかったように跡形もなく。

 アーサは拳を強く強く握りしめ、手のひらが血で溢れてしまっているのにルウィトルが指摘するまで気づかなかった。

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