聖女の祈りの行く末は

 ゼオンは白竜を封印している札を一枚一枚丁寧に剥がしていた。こういう緻密な作業が嫌いだ。できるものなら勢いよく剥がしたいが、それは禁止されているらしくこうして大事に剥がすしかなかった。それがイライラをますますかきたたせるので、ゼオンは頭に血が上っていた。


「すまぬな。手伝ってやりたいが私にはできなくて。だがもう少しの辛抱だ。頑張りたまえ」

「思ったが、なんでお前はできねぇの? 札を剥がすことくらい赤ん坊でもできんだろ」

「余計なことを考えるでないぞ。私は聖女。そのような雑用はしてはならなくてな」

「俺も一応は王族なんだが……」


 ゼオンは文句を言いながらも札を剥がした。全部で十枚あった札はあと残り二枚だ。粘着力が強力であるため剥がすのに結構な集中力が必要でゼオンの怒りはもう最高潮だ。


「何も知らぬが一番の味方であり敵、か」

「ん? 何か言ったか?」

「独り言さ。気にするな」


 ゼオンは首を傾げながらも作業を続ける。シュヴェルは美しい笑みを浮かべた。素晴らしい瞬間に立ち会う人が増えるなんて、最高ではないかと。


「聖女シュヴェル。悪行はそこまでだ」

「ゼオン、その手を止めなさい」


 ルウィトルはシュヴェルの前に、アーサはゼオンのそばへと近づく。


「お早いご登場で。あなたなら必ず来ると、待っていたよ」

「よく回る口だ。奇跡の聖女よ、何を企んでいる」

「企む? 私はこの国の聖女。国と世界の平和こそ私の望み」

「私を騙せているつもりなら、今ここで笑ってあげよう」


 ルウィトルとシュヴェルはお互いの心の内を見せまいと微笑むばかりだ。

 シュヴェルはこれまで散々の人を騙して生きてきた。だがこの皇王は一向に騙されるどころかこちらが騙されそうになってしまう。

 微笑んでいても体は嘘をつけず。背中に冷たい汗が流れた。


 一方、アーサとゼオンは見つめ合いが続いていた。元より兄弟とはいえ義理であるし、信頼関係が築けているわけでもない。目配せをしたってお互いの心の中まで読み取ることはできない。


「……何しに来た」

「何って、戦争が起きる前に止めに来たんだよ」

「戦争?」

「この竜の封印を解いたとき、王国は滅ぶ」


 アーサのその言葉にゼオンは目を見開き、札を持っていた手が急に震え出した。自分が今まで何をやっていたのか。もし、アーサが正しいことを言っているのであればとんでもないことをしようとしていたのかもしれない。

 それでも、どうしても兄を信用することはできなかった。嫌いな父の言いなり。父が気に入っている息子。それだけで敵意で溢れた人間であるというのに。


「お前の言葉は信用ならない。散々あいつのことも苦しめてきた。俺は許してねぇ」


 ゼオンは札を剥がすのをやめて深いため息を吐く。そしてアーサの心の内を見るように、その瞳の奥を見透かすようにアーサの目を見つめる。


「エレノアはどうしてる。何もしてねぇよな」

「……はは、これは驚いたな。敵が増えたなんて」

「どうなんだって聞いてんだが。どこで何してる。無事か」

「ああ。皇王様直々の指名で選ばれた者が宮殿で守ってくれている。僕も当然何もしてないよ」

「そうか。俺のやってることがエレノアに被害を与えるというのなら俺はやらねぇ。それで、話が違うが一体どういうつもりか説明してもらおうか。聖女シュヴェル」


 ゼオンは立ち上がってシュヴェルを睨みつける。手に持っていた札は強く握りしめたせいでバラバラになり、その場に落ちる。


「怖くて震えそうだ。男三人で乙女を睨むんじゃないよ」

「乙女? 良く言えたものだ。お前は女の皮を被った化け物でしょう」

「おやおや皇王。聖女に向かってそのような。司教や信者が黙ってないぞ?」

「今更こんな女を聖女と崇めるものか。さあ、無駄話はここまでにして洗いざらい吐いてもらおうか」


 ルウィトルは今までにないほど幸せそうな笑みを浮かべてシュヴェルに近づく。


 皇王は確かに王座を手に入れてからの日は浅い。しかし、それでも周りからの支持だったり民からの信頼度が高かったりするのは皇王の性格、頭の良さなど全てにおいて常人離れしていたからだった。

 小さな皇国を敵なしとまで言われるようにしたのは、確かにこの若き皇王の力であると言わざるを得ない。


 それからアーサとゼオンは耳から音が入るのが嫌になるような時間をたっぷりと過ごし、大人しくなった聖女から話を聞いていた。

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