災厄を引き起こした竜
生まれた自分には、あるはずの力がなかった。何かが足りないと違和感だった。今まで持っていた物がなくなったように、ないと気持ちが悪くなるくらいには気になった。それが何かに気づいたのは生まれてから何ヶ月かが経った日だった。
喉の乾きを覚え、届かない位置にある水を魔法で取ろうとした。そのとき、その違和感の正体にやっと気づいたのだ。
今の自分には、魔力がないと。
今まではずっと体に巡っていた。莫大すぎる魔力が常に体を巡って、皆から尊敬されるほどの強さを誇っていた。本当に、人間になってしまったのだと改めて絶望した。
魔法を使うのには器が必要である。いくら魔力がそこにあったってそれを留めておく器がなけらば魔法を使うことはできない。その器がこの体には備わっていなかった。
そこで大樹が魔力を吸ったと気づく。
幻の島にある大樹はこの世界に突如としてもたらした魔力を吸う力がある。バランスを取るために大樹はありとあらゆる所に根を張り、魔力が溢れてしまわないように妖精から魔力を吸っている。そう思っていた。
しかしそれは勘違いだった。元々器がなかったのではなく、妖精よりも少量の魔力を持つ人間の魔力を大樹は最初に全てを吸い尽くしていたのだと初めて知った。魔力だけでなくその魔力を留める器でさえ消してしまうと。
やっとしてしまったことを後悔した。妖精の魔力はどんな妖精であろうと強力なものだ。何十年あったって大樹では吸い尽くせない。
だとしたら。
あのとき自分が置いた体がどれほど危険なものかやっと気づいた。魔力が膨大にある体。それが利用されれば。
国の一つや二つ、消すことなんて簡単にできる。
◇◆◇◆◇◆
しばらくぎこちない会話を続けていたアーサとエレノア。その様子を精霊たちがそわそわとしながら見守っていた。
「なんか気味が悪いのよ」
「白竜様は素直じゃないのよ。なのに、今日はやけに素直なのよ」
「エレノアが困ってないか心配なのよ」
たちまちエレノアを見守る精霊はだんだんと増えて数は何十にも及んだ。
「ああ、そんなに押したらエレノアにバレてしまうのよ」
「うるさいのよ。私が全然見れないのよ。いい加減前の位置交換するのよ」
「早い者勝ちなのよ」
「エレノアはよく言うのよ。幸せとかは色々な人と分け合えって。今がそのときなのよ」
「エレノアが言ったら言うことを聞くのよ」
「……お前たち、少しは静かにできないのか」
少女の可愛らしい声がわあわあと騒がしく響く中、低い男性の声が精霊たちの声をかき消した。
そこには人間と変わらない体を白い絹のような素材でできた布で覆う、白く透明な大きな羽を持ち、薄緑の長い髪を風になびかせた男性の姿をした人が立っていた。
精霊たちは顔を青くさせる。飛ぶのをやめて地面に頭をつけ、お辞儀をする。
「せ、精霊王様……!」
細く鋭い目で精霊王と呼ばれた人は精霊たちに目だけやると、その視線をエレノアたちの方に向けた。
「頭を上げなさい。私はエレノアに用があって来たのです」
そう言うと精霊王は裸足でその草むらを歩き、ぎこちない会話を続けるエレノアの方に向かった。
「エレノア、ここは危険です。早くここを出なさい。白竜殿。良くないことが起ころうとしている」
淡々とそれだけを伝えると精霊王は驚く二人を無視して踵を返して歩き出した。
「ちょ、ちょっとお待ちになって! あなたはどちら様であられて?」
「……ああ、名乗るのは初めてか。私は精霊王ピュトル。いつも世話になっている」
「あ、あなたが精霊王であられたのね。今まで挨拶できなくて申し訳なかったわ。こちらこそ、精霊たちにはお世話になっているの。ありがとう」
歩くのをやめたピュトルは顔をエレノアの方に向けて仏頂面の顔で口角だけ上げると何を言わずに立ち去った。
「なんで危険なのか聞きそびれたわ。どういう意味なのかしら」
エレノアがアーサの顔を見ようと振り返りながら言う。しかし、顔を青くさせたアーサを見て何かを知っていると察したエレノアは、アーサのすぐそばで腰を下ろした。
「そうか、体を封印していたのは皇国か。なぜ、今まで気づけなかった」
しばらく独り言を呟いて、エレノアの声などまるで届いていないアーサの肩に手を置く。突然のことに驚いた顔をしているアーサにはお構いなしにその手に力を込める。
「何が起こるの。教えて」
「……君が知る必要はない。それよりも早くここを出よう。そして、皇王の元に急いで──」
「必要がないなんて決めつけないで。もう、守られてるだけじゃないのよ。今なら魔法を使える。自分の身くらい、自分で守れるわ。お願い教えて」
エレノアの真っ直ぐな瞳を見るのが耐えられなくなってアーサは目をそらす。
知っている。今の自分よりエレノアの方が魔法を使えることくらい。自分より強いことくらい。それでも、エレノアのことは自分で守りたい。今度こそ、この手で守りたいのだ。だから完全に安全な場所にいて欲しい。それだけが望みなのだ。例え、そうすることが運命だったとしても。
「皇国が一番安全だ。それに皇王のいる場所なんて特にね。もし、そこですら危なくなったらその魔力を使うこと。バレるとか、そういう心配はいらない。早く行こう」
アーサは自分の頬に手を添えるエレノアの右手をとって走り出した。そしていつの間にかエレノアの周りを飛んでいた精霊に声をかける。
「黒竜に伝言を頼む。僕はエレノアを皇王の元で匿ってもらえるよう頼みに行く。それが終わり次第そちらへ向かうから先に僕の本体の方へ行っていろと」
精霊は慌てながらも頷くとスピードを出してルゼのいる大樹の麓の方へ向かった。
「……仕方ないか。驚かないで聞いて。今から僕の本体、つまり白竜が王国を滅ぼす。そして恐らく他国も滅ぼす気だろう。僕の力を完全に消すために。今は理解しなくて良い。でもこれだけは信じていて。絶対に、君を置いて死んだりしないから」
アーサはエレノアの方を振り向くことなく前を見ながら言う。 エレノアは頷くことなんてできなかった。アーサが死なないと信じることはできる。それでも万が一のことがあったら。世界が、このまま与えられた結末を何も間違えることなく迎えてしまったら。それは世界が望んだ結末でも、自分たちが望んだ結末ではなくなってしまう。
そんなのは、人生ではない。まるで物語のマリオネットみたいだ。
「嫌よ。せっかく、分かり合えたのに」
「僕は君を守れればそれで良いと思った。なのに、変だ。君に会う度に欲が出てしまう。もっとそばにいたいと隣にいるのは僕でありたいと、そんなことばかり考えてしまう。だから、他の男なんかに取られたくないんだ。必ず君の元に戻ってくるよ。他の男が君に近づくよりも先にね」
アーサの顔をエレノアは見ることができなかったけれど、その顔は微笑んでいるように感じた。
アーサの言葉一つ一つ、信じざるを得ないとでも言わせるように。
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