白竜を封印した塔
ゼオンとシュヴェルは長い階段を上っていた。どこに辿り着くのすら想像ができないほど高い塔の階段を。
「おい、一体どこへ連れていく気だ」
「まあまあ、そうイライラするでない他国の王子よ。気の短い男は好かれぬぞ」
シュヴェルの言葉にゼオンは舌打ちをする。シュヴェルは愉快そうに笑った。
「祈りの塔は名ばかり。本来の仕事は初代聖女から続く、白竜の封印さ」
シュヴェルは塔の頂上の重たい扉を開く。そこには窓のひとつもない広々とした部屋が一つあるだけ。重々しく息をするのすら辛くなるほどの空気が漂っている。
そこに呪文で囲まれた大きな白い竜が動くことなくそこで立ち止まっていた。
「この白竜は魂を持っていない。だから動くことはないから怖がるなよ」
「こんなもんに怖気づくほど俺は子供じゃねぇ」
ゼオンは顔色一つ変えずにその巨大な竜を睨んだ。閉じた目が開けばゼオンの体など一瞬のうちに飲み込まれてしまいそうで、生唾を飲み込む。
「王子に頼みたいのは簡単で難しいことだ。良いな。私の言うことにははいで答えること」
「簡単で難しい? どっちなんだ」
「運命を、元に戻せ。運命は抗ってはならぬ。運命の、天の思うままに世界は動かねばならない。今、運命が揺らいでいる。あるべき道から逸れるように」
「運命って抗うもんじゃねぇのか? 知らねぇけど、自分が望む未来のためにしがらみとか全部捨てて自分の生きたい道を歩いてくのが人生だろ」
真剣な目で語るゼオンにシュヴェルは腹を抱えて笑う。甘ったれた世界で生きてきた王子に、笑うしかなかった。
「それができたら世界はこんなにこんがらがっていないさ。この世界はどんな世界より普通ではない。神から見放された可哀想な世界だ。運命を辿るというのはつまりこの世界の死を意味するんだよ」
シュヴェルは興奮したように声を荒らげて言う。頬を赤らめまるで何かに狂った人のように笑う。
ゼオンはそんなシュヴェルと距離を置くように一歩後退りした。
「……すまない、取り乱した。王子にしてもらいたいのはこの白竜の解放だ。私はこの封印を守る者だからな。解くことはできぬのだ。白竜を解放したらエレノア嬢はアーサから解放される」
微笑むシュヴェルが瞬く間にゼオンの傍に近づくとその整った顔をゼオンの顔にぐいと近づけ、その耳に唇がついてしまいそうなほど近くで口を開けた。
「エレノア嬢を、自分のものにできる」
「なっ……!」
ゼオンは睨むようにシュヴェルを見たが、そのときには既にシュヴェルは離れた場所で微笑んでいた。気味の悪い物に囲まれたゼオンは身震いしたが、逃げようとはしなかった。
ずっと、アーサにつきまとわれて困っているエレノアを見てきた。なぜ白竜を解放してアーサから逃れられるのか理解はできなかったが、エレノアを助けられるなら何でもすると先程誓ったばかりだった。
常にエレノアの周りには誰かがいた。ルゼやアーサ、好かれる性格をしている彼女の周りはいつだって自分以外だった。出来損ないの自分を、唯一ありのままで見てくれた。
そんな彼女に、心を奪われないわけがなかった。
彼女が欲しい。エレノアの隣は自分が良い。
そんな欲望がゼオンの心を掴むように全く離れることはなかった。
「エレノアが、救われるなら、俺はなんだってやる。それが例え神に背を向けることになろうと」
シュヴェルはそんな揺らぐことのなさそうなゼオンの決心に満足したようにその口角を更に上げた。
白竜の解放。
それが、何を意味するかゼオンはそのとき何も分かっていなかった。
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