伝わらない、伝えられない

 アーサは遠くの方で精霊と花の冠を作っているエレノアを見ていた。見た目こそ何もかもが異なる彼女。それでも魂は変わらない。匂いも取り巻く物も、何もかも。

 アーサは自分が嫌いになった。昔、うんと昔は自分のことしか信じられず愛せなかった。それなのにいつの日か何かがおかしくなった。


「やあエレノア。綺麗な色の冠だね」


 優雅に声をかけたアーサを見るエレノアの目は一切信頼を表していない。警戒心で満ち溢れている。それでも良いと思うのは病気だろうかと思いながら少し離れた所で膝をついた。


「は……あ、違ったわ、アーサ王。何の用なのよ」

「ただエレノアに会いに来ただけさ。寂しくはないだろうかと思ってね」


 そう微笑むアーサ。この微笑みを見た女性は必ず惚れ込む。なのに目の前にいる彼女は顔を赤らめたり恥ずかしがったりする素振りを見せず、ただ睨んでいた。


「私は会いたくなんかなかったわ。誰のせいでこんな思いをしたと思って?」


 そのエレノアの悲痛な言葉に、アーサは苦しめられた。確かに自分がやったのだ。全て。後ろ盾の何もない無力な女性一人、国を追われ大事な契約者とも離れて。見知らぬ場所で何年も。

 アーサはそんなエレノアに何も言えなかった。


「もう、この男は厄介なのよ。なんでこんな性格してるのよ」

「めんどくさい男は嫌われてしまえばいいのよ」

「酷いな。僕は、ただ」

「だからそれが嫌だって言ってるのよ」

「へっぴり腰の王なんてみっともないのよ」


 精霊がアーサに一斉攻撃を仕掛ける。小さな精霊の言葉に苦しめられているアーサを見てついエレノアは笑ってしまった。

 そんなエレノアを精霊たちとアーサは黙り込んで見ていた。エレノアは視線を落とすとゆっくりと息を吐いた。


「私はあなたのこと、あまり好きではないわ。会ったときからね。信じようと思った挙句すぐに裏切られて。再会の日もあなたのせいでめちゃくちゃよ。しつこいしあなたのこと、何も分からない」


 エレノアはゆっくりと顔を上げ、戸惑っているアーサの顔を見つめた。アーサのその瞳は揺れている。


「でも悪気がないのは何となく分かるわ。何となくだけれどね。一つ、聞きたいことがあるの。あなたは、何者?」


 アーサはすぐに口を開いた。しかし、もごもごとさせて結局何も喋らずに口を閉じた。沈黙が肌をピリピリと刺激する。風の音だけが耳鳴りさせるように強く吹いた。


「……ただの王族だよ。君の父上を殺してその座を奪い取った家に生まれて王になった男だ」

「違うわ。違うでしょ。本当のことを教えて。そうじゃなきゃ分からないでしょう?」


 エレノアは訴えかけるように言う。アーサは俯いた。葛藤した。


 自分が嫌いになったのは、ずっとずっと昔のこと。まだアーサがアーサという名前でなかったときのこと。


 竜は怖い。扱えない。そんな身勝手な理由で竜は人々から避けられていた。それなのに戦争となれば竜を使おうとする。酷い扱いを受けるときだってあった。高貴な竜として妖精界では名高いのに、人間の方が弱くて脆くて力もないのにまるで羽虫かのように容易く殺して弄ぶ。玩具のようだった。それで、とある幼い白竜の両親は死んだ。

 白竜は黒竜に次いで珍しかった。その珍しさ故に人々の目玉となり散々遊ばれて息絶える。白竜は強く人間を憎んだ。

 白竜には歳の近い黒竜の知り合いがいた。一匹狼のような性格をしている黒竜とは何だか気が合った。彼自身もずっと巣に引きこもっていた。何も喋らずともそのお互い共通した感覚は安心をもたらした。


 時は流れ、まだまだ竜の中では幼いがそれなりに歳をとったとき。黒竜は巣を出るようになった。それも人間に会いに行っているのだ。白竜は黒竜さえ憎んだ。あんなに嫌っていたのに、裏切ったのかと。

 気になった白竜は黒竜の後をつけた。黒竜は人間の女の子に会いに行っていた。それもまだ赤子のように幼い。わざわざ魔法を使って同じ背丈くらいの子に姿を変えて。

 白竜は思った。この子を殺してしまえば巣を出ることはなくなる。いつか、最高のタイミングで殺すんだと決意した。それは自分を守るためでもあった。自分の考えが常に正しいと思っていた。信じられるのはいつだって自分だと。


 女の子がいつのまにか女性と呼べるような歳になった頃。嘘のような話だが、白竜は女性と仲を深めていた。でもそれでも白竜は自分の心に言い聞かせるように嘘をつき続けた。油断させて殺すためだと。


 そのすぐ後。女性は馬鹿みたいな理由で死刑に処された。白竜は憎しみに燃えた。

 人間を滅ぼすために禁術を解放させて城を、この腐れた国を壊しに行った。今更何かしたって何も戻って来ないのに。国を滅ぼす。ただ、女性が作ってくれた森だけを残して。

 そのせいで自分が死んだって構わなかった。女性の分まで生きる。そんなことできる気がしなかった。

 彼女のいない世界なんて、生きる価値もない。だから自らの命を絶ってまで国を滅ぼすなんて、逆に幸せだと感じたくらい。


 望むのなら、叶うのなら。また会って、次は幸せに生きて欲しい。次は隣で守れるように。


 妖精なんて、もう懲り懲りだと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る