呪いの過去

 その頃、シュヴェルとゼオンは聖女が普段生活する祈りの塔へと移動していた。


「お前は、本当に聖女様なんだよな」

「いかにも。ああ、こんな恰好だからか?」


 シュヴェルが笑って言った言葉にゼオンは頷きもせずに視線から逸れた。


「あんなの暑苦しいだけだ。長いローブにロングスカート。何重にも着重ねるなんてめんどくさいったらありゃしない。業務だけ果たせていれば着るものなんて別に何でもいいのさ」


 聖女らしからぬ言動に思わずゼオンは引き目にシュヴェルを見る。今まで出会ったことない難儀な性格をしてる人間に会ってしまったものだと、なんだか後悔した気持ちにさえなる。


「ゼオンには別件で頼みたいことがあってだな」

「やらねぇ。嫌な予感しかしねぇな。俺のこういう勘は当たるからな、断る」

「それがエレノア嬢のためになるというのに?」


 挑発するようなシュヴェルの言葉にゼオンは彼女を睨みつける。背筋が凍りそうな視線を向けられているというのに、シュヴェルは微笑んでいる。


「……内容による。酷いもんなら何がなんでもやんねぇからな」


 ゼオンはその後のシュヴェルの頼み事を聞いて、体に巡る全ての空気を吐き出すような大きなため息をついた。


 一方で世界のウラでは、黒竜と王様が喧嘩していた。どう受け止めたら良いのかさっぱりだ。


「エレノア、男どもの喧嘩は放っておいてあたしたちと遊んで欲しいのよ」

「そこに広い花畑があるのよ」

「あたしに花冠を作るのよ」


 精霊たちはその小さな手でエレノアの指を掴んで向こうの方に引っ張っていく。しかし、その小さな体の者ではエレノアのカラダが動くわけもない。ピクリともしなかった。

 仕方なくエレノアは精霊の引っ張る方向へ歩き出す。その道中お喋りな精霊が口を閉じることはなかった。が、エレノアは二人のことが気になって全く話に注目することができなかった。


「ねえ、気になっていたんたけれどあの二人の関係性って一体何?」


 そのエレノアの問いに今までうるさいほどに喋っていた精霊がピタリと止まる。まるで禁句でも口にしてしまったかのように。


「……言っていいのかしら」

「ダメに決まってるのよ。だって、それは前からルゼ様に」

「でもエレノアが知りたがってるのよ」


 精霊同士でコソコソと話し合う。だがその声はちゃんとエレノアの耳に届いてしまっている。


「聞いちゃいけなかったのならごめんなさい、謝るわ。ただの素朴な疑問よ」


 エレノアは微笑んでそのまま歩き出す。


「やっぱ話した方が良い気がするのよ。だって、だってエレノアは」

「エレノアは、あの二人が別れてしまった原因なのよ。知っても、いえきっと知るべきなのよ」


 精霊たちの声は、今度こそエレノアには聞こえなかった。


 ◇◆◇◆◇◆


「相変わらず堅いね。そんなんだからいつも距離を近づけられない。昔もそうだった」

「昔の話をするなら、お前は距離が異常に近すぎる。いい加減常識を知れ」

「エレノアは良い子だね。こんな所まで駆けつけてくれるなんて。やっぱり欲しいな」

「話を急に変えるな。そしてお前なんぞにやってたまるか。一度守れなかったんだ。もうお前にあいつは守れない」

「……酷いな。昔の話をされるのは嫌いなんだけど。それを言うなら君だって守れなかった。結局、失ってしまった。君は独りになったんだ」


 白と黒の二人は音を立てて揺れる大樹の下でお互いを見つめながらただただそこにいた。


 かつてのお互いの姿が垣間見える。もう、戻れない過去の。


「幻の島、呪いの島。懐かしいね。何もかも壊したのはだけど」


 白の男は皮肉ったように笑う。その言葉に黒の竜は視線を逸らした。


「僕は世界だって変えてやる。そのために僕はこうして憎きシェレビアの子として産まれてやったのだから」


 男は遠くの、果ての見えぬ地平線を睨みながら言う。その瞳にはかつての景色と残酷な光景がはっきりと映っていた。


「僕はもう一度君を守りに来たんだ。もう二度と失わないように。ずっと安全な所にいられるように。何があっても、僕は君を守る。そう、約束した」


 男は意志をその胸の中に強く残すように強く手を握りしめる。


「だからどうか、僕に守らせて。逃げないで。君が僕にしてくれたように、今度は僕が君にしてあげる。待ってて、エレノア」


 ほくそ笑んだ男を他所に、竜は視線を下に落として何かを考えるように一点だけを見つめる。


 それはかつて、うんと昔に起きた幸せが不幸を呼んだ事件の話。

 竜が孤独となり、結果的に悲惨な戦争を起こしてしまった悲しいお話。


 思い出したくもない記憶が瞬く間に浮かび上がる。生きることの辛さを何よりも心がよく覚えていた。

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