皇国の聖女

 ゼオンは馬車を見送りながら考えていた。


 客観的に見れば、自分は国にとって恥ずかしい存在なのではないかと。今まで親に逆らうために、逃げるために勉強をまともにしてこなかった。

 それはその場しのぎにはなったかもしれないがこうやって大人になって他国との交流をした際に、自分は何も知っていないのだと痛感した。

 ましてや幼い頃に王位を失った元王族であるエレノアの方が物知りだ。王族である自分より他国の情勢や特徴を知っている。アーサほどとは言えないが一般人が知る必要のないことまで知っていることから、しっかりと勉強していたことがひしひしと伝わる。


 だからこそ生まれて初めて勉強していなかったことを恥だと思ったし、悔しいと思った。ルウィトルとアーサが自分よりうんと遠い存在に思えて、自分が悪いのに二人がとても憎たらしく思えて仕方がない。こんな自分が嫌いだとゼオンは心が傷んだ。どこまでも出来損ないの自分を好きになることなんてないだろうと。


「お待ちしておりました、エレノア様にゼオン様」


 急に背後から声をかけられて二人は目を丸くして驚く。そこには自分たちより少し歳が上そうな神聖な服を着た男性が立っていた。


「私はこの大聖堂の司教を務めております、エドガーと申します。さあ、聖女様がお待ちです。ご案内致します」


 二人の驚きさえも無視し、エドガーはそそくさと歩き出す。二人は呆然としながらもエドガーの後を追いかけた。

 大聖堂の古く、年季の入った大きく重たそうな扉が開く。長い通路の先に手を胸元でクロスさせた女性の大きな大きな像がある。息を吸うだけで緊張感が漂う大聖堂内はどこも神聖な空気に満ち溢れている。


「あの方は我々テーベン国民が神とお慕いしております女神アンセスです。この国に聖女がいるのは古来女神がこの地に降臨なさっていたとき、自分の身の回りのお仕えを神の心に相応しい女性に頼んだことが始まりとされています。そのため初代聖女は今までの聖女の中でも一番女神と通じ合っていたと言われているのです」


 エドガーはゆっくりと大聖堂の中を歩きながら説明する。しかし、その言葉は虚しくも二人にはちゃんと届いていない。初めて見る神聖な光景に目を奪われ、話に耳を傾けている場合ではなかった。


「聖女様は大聖堂の奥にある謁見の間にいらっしゃいます。こちらの扉からどうぞ」


 エドガーは女神像までの通路の半分の長さの場所で左に曲がる。そこには木で作られた扉があった。その先にはまた長い廊下が見える。


「聖女様をお守りするために聖女様が表に出るときでさえ、大聖堂の正面扉から遠く離れた場所におります。王族であるあなた方を歩かせてしまうこと、申し訳ありません」


 エドガーは申し訳なさそうに一礼して前を歩く。三人の足音だけが響く、白く輝く石でできた廊下がただ光を反射していた。


「お待たせしました。こちらの扉の先が謁見の間でございます。どうか緊張なさらず」


 エドガーは笑顔でそう言うと来た道を戻っていった。エレノアとゼオンは目の前にある重たそうな扉をまじまじと見つめる。中からはただならぬ気配しか感じない。

 ゼオンは扉を開ける気配のないエレノアの代わりに扉を開ける。

 重たい扉の先には光が良く入っているからなのか目を瞑るほど眩しい。ゆっくりと目を開けると、奥にある椅子に腰かけた女性が見えた。


「やっと来たか。さあ、こちらへ」


 凛として強い声に導かれるように、二人は静かに謁見の間の中へ入る。先程と同じ建物内のはずなのにぐっと空気が変わる。心が軽くなったというか、本当に同じ世界か疑うほど澄んでいる。


「そんなに離れていては会話などできぬぞ」


 聖女と思われし人物は上品に笑っている。エレノアとゼオンは目配せして頷くとその女性の元へ歩き出した。


「初めまして、だな。我が名はシュヴェル。この国六代目の聖女さ」


 その聖女という概念が想像させるものとは正反対の、椅子から立ち上がり仁王立ちをするシュヴェルは二人に片手を差し出した。その強くたくましい表情に二人は圧倒された。

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