神のいる国
馬車は最悪の空気だ。エレノアとゼオンの目の前に座るのは先程の男性より明らかに豪華な衣装を着た人。儚げな雰囲気が漂う男性は優しい目でエレノアたちを見る。
双方が見つめあっていると、二人にかかっていた魔法が解けた。
「ふふ、さすがは竜に認められたってだけあるね。高度な魔法だ」
男性は魔法に驚きもせず、むしろ知っていたかのように微笑む。エレノアは警戒した。
「おや、警戒されてしまったかな。名乗り遅れてすまなかった、私の名前はルウィトル・テーベン。この皇国の皇王だよ」
「あなたが……。私はエレノア・ヴィエータ。こちらはゼオン・シェレビアですわ。それより、皇王様がなぜこちらまで?」
「聖女から話を聞いてね。道中長いから、話し相手になってあげようと思ったんだ。色々私も聞きたいことがあってね」
愛想良くルウィトルは微笑むばかりだ。ゼオンもその様子が自分の異母兄に似ていてつい舌打ちをしてしまう。
「それにしても君がゼオン殿か。兄上であるアーサ殿と雰囲気が似ているね」
「ああ? あいつとなんか似てねぇよ」
口の悪いゼオンにエレノアはゼオンの足を蹴った。
こんな状況下だが、王弟と皇王という関係だ。下手なことをして関係が悪化したらどう責任を取るのか。エレノアはヒヤヒヤしてならない。
「いいや、似ているよ。その心の中にふつふつと湧いてる狼みたいな心。自分が一番だと思っている自信、って言えばいいのかな。はは、あまり頭が良くなくて上手く言語化できないや」
ルウィトルは照れたように笑いながら言う。エレノアは何を言っているのかと心の中で笑った。
まだヴィエータが国を治めたときから聞いていた。自分より少し歳の上の皇太子は、とんでもない策略家だと。彼のおかげでしばらく財政難が続いた皇国は立て直り、新たな聖女まで見つかるという奇跡が起こったため皇国は彼を奇跡の神の申し子と呼んでいる、とそんな噂という名の事実が何度も耳に入ったことをエレノアは覚えていた。
「確かに、アーサもゼオンもどこから湧き出るのか謎の自信があるわね。短時間で見い出せるなんて、さすが皇王様ね」
「おやおや、優秀だと噂されていたお姫様に褒められるのは嬉しいね。あなたがちゃんと生きててくれて良かったよ。一度お会いしたかったんだ」
ルウィトルはエレノアに手を差し伸べる。その手をしっかりとエレノアは握った。満足したように微笑むルウィトル。
エレノアは、その優しげな表情からは想像できないような苦しみや辛さをその大きな手からひしひしと感じるものがあった。
「そういえば、アーサ殿とあなたは成人をしたんだったね。アーサ殿には表立ってお祝いできたがあなたにはできなくて。成人、おめでとう」
「知って、らっしゃったの?」
ルウィトルの素直なお祝いの言葉にエレノアはそっと息を呑む。
王国と皇国の法律やら制度やらは全く異なる。例えば成人だってそうだ。大体の国が十八を成人と定めてるが、その条件などは国によって異なるし、そもそもの年齢が違うなんてこともある。
王国は十八歳で成人とし、酒も飲めて今まで買うことを禁止されていた嗜好品の一部の購入も認められる。他にも様々な制限が解除される。ある意味十八にもなれば完全に自由が手に入ると言っても過言ではない。
皇国の成人年齢は十九歳だ。しかし皇国の成人の儀礼はどうにも複雑で、そこから一年の間成人した者同士のみで聖堂に住み込む。それを終えたら無事に正式な成人となる。実際は二十歳にならなければ自由が手に入らないというようなことであるのだ。
エレノアは知らなかった。皇国の成人の制度について。エレノアは王族でいる時間が短かったから、ゼオンも真面目に勉強してこなかったからなのかもしれない。
只者ではないとエレノアもゼオンもルウィトルのことを更に警戒した。
「知っているとも。私は暇だったからね。他国のことを勉強する時間もあったんだ。そんなに警戒しないでおくれ。まだ王になったばかりの若造でしかない」
「……それもそうですわね。失礼なことをしていたわ」
エレノアは頭を軽く下げた。そんなエレノアをルウィトルは快く許す。
それから長い馬車の旅は緊迫した空気が流れながらも双方にとって有意義な時間を過ごすことができた。
「そろそろ着くね。大聖堂に行けば司教が出迎えてくれるはずだ。ああ、あとあなたたちの指名手配のことだけど、私が頑張ってなかったことにしたから王国と皇国以外には知られていないよ。安心して」
「え? そんなこと、できるのですか?」
「私は暇なんだよ。それに、知らなくて良いことも世の中たくさんあるんだよ。王国とは仲良くしたいからこのことはお兄さんには内緒にして欲しいな」
ルウィトルはその長くて白い指を自分の唇に当てる。お茶目に笑うと、何かを思い出したかのようにエレノアを見た。
「きっと大聖堂で不思議な体験をするだろう。その後は一度国へ帰ると良い。皇国にいるより、他国へ渡るより今はその方が良いだろう。神からのお告げ、でそんなことを聞けそうな気がするんだ。参考にしてね」
そう言い終えた瞬間、馬車がゆっくりと止まる。ゼオンがカーテンをちらりとめくると石でできた道路がずらっと並び、目の前に巨大すぎる石造りの建物がある場所に着いていた。
「見えたかい? それが国立の大聖堂だよ。今日は参拝者がいないから人が誰もいないだろう?」
「今日、何かあんのか?」
「あなたたちが聖女へ会うからだよ。聖女が表に出るときは特別な人じゃないとこの地にまず入れない」
エレノアとゼオンは頷く。馬車のドアが開き、前に馬車に案内してくれた男性が手を差し伸べる。二人はそれぞれ馬車から降り、馬車の中に乗るルウィトルの方へ振り返る。
「少しだけど話せて良かったよ。また会おう」
ルウィトルがそう言うと馬車のドアが閉まり、ゆっくりと動き出していった。エレノアはその姿が見えなくなるまで馬車を見つめていた。
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