新たな始まり

 ゼオンはエレノアを街の外れにある、小さな木造の小屋に連れてきた。

 エレノアはいつの間にか泣き疲れて眠ってしまっている。そんなエレノアを小屋にあるふかふかのソファに寝かせる。


 人は住んでいないのに、綺麗に整理された新築同様の小屋。ここはゼオンの実の母親、ルイーズが一人になりたいときに使えるようにと作った簡易的な小屋だった。

 簡易的とはいえ、王族が所有するものだ。インテリアまで豪華な物が使われている。

 そんなルイーズも多忙を極め、ここに来れるほどの余裕もないため、長らく使っていない。

 ルイーズはこの小屋をゼオンに貸すことにした。構ってやることのできない実の息子に小屋を貸すことしかできなかった。


 ゼオンは小屋に明かりをつけるため、電源を探しに行く。


 今の世の中は便利だ。自分がスイッチ一つ押すだけで電気がつく。いつでも、どこにいても。スイッチと電球さえあれば明るくなる。

 過去のように、魔法を使うなんて時代はもはや伝説に近しいのだ。


 ゼオンがスイッチをオンにすると、小屋に温かみのあるオレンジ色の明かりがついた。

 部屋に戻るついでにブランケットを一つ持っていき、それをエレノアの体に掛けた。


 ゼオンは椅子に座り、今起きたことを整理しようと一旦状況を思い出すことにした。


 まず、ゼオンにとって竜がいたこと自体驚きだった。しかも、あれは絵本にも出てくる厄災の竜。実在していたなんて思いもしなかった。また、竜が喋ることにも驚いた。

 竜のインパクトが大きすぎて霞んでしまうが、精霊がいたことさえも驚くのだ。妖精なんておとぎ話だと思っていた。

 この世は、一見普通に見えて普通ではないのだと叩きつけられた気分だった。


 エレノアを連れ出したのは問題なかった。しかし、これからどうするべきなのだろうか。

 ヴィエータの城に戻るか、このまま国外に逃がすか。

 ルゼが先程、街に行くだけで良いと言ったが、この後どうするべきなのか聞くのを忘れたと、ゼオンは後悔した。

 どうしたら、エレノアを救えるのだろうか。


 答えは、よくよく考えれば一目瞭然だった。

 国外に行くしかない。この国から出る絶好のチャンスなのだ。

 ルゼが何をしたかゼオンは分からないが、足止めをしてくれたはずだ。そして、アーサもきっと今は動けない状態。

 こんなチャンスを作ってくれたルゼに恩返しをするべく何がなんでも今、国から出るべきだろう。

 アーサは国外へ追いかけることは困難だ。なぜなら彼は王太子だから。簡単に国から出ることはできない。


 そうなれば、今出てしまえばエレノアはこれから追われることを心配せずに暮らせるかもしれない。

 ゼオンはそう心で決め、今は休息をしようと椅子を二脚繋げでその上で横になった。

 エレノアが目を覚ましたら出発をする。行く先は決めない。それでも、どこかエレノアが自由に暮らせる国へ行くのだ。


 ゼオンは嵐のような夜の中、眠りについた。


 その翌日、昨日までの天気が嘘だったかのように痛いほどの太陽の光が差し込む日となった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


 ヴィエータの城は今まで魔王城のようであったのに、近日ではそんな気配が全くしなくなった。禍々しさが消え、ただの廃墟のように見える。

 今まで恐怖で誰も近づかなかったが、肝試しとして訪れる若者も多くなった。そのせいで、城内は酷く荒れてしまっているという。


 森も荒れた。透き通る水の流れる湖、若々しい葉を飾る木。全てが変わってしまった。枯渇した湖、葉のない木。土も乾燥し、神がいると言われた森は呪いの森と化した。


 人々はそれを、ヴィエータの呪いと言った。


 シェレビアの若き王はそれを許さなかった。ヴィエータの城、その下に広がる森。それらの復興に努めていた。


 いつか戻ってきてくれる。だから今は人間の力で豊かにすべきなのだ。


 そう、いつものように口にしていた。


 今日は即位二年目の記念日。若き王は子供の頃から肌身離さず持っている小さな指輪に、そっとキスを落とした。

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