魔力という呪い(2)
妖精は魔力がゼロになると息絶える。そのため、この何百年で寿命の長い妖精でさえも数多く亡くなってしまっている。
だが、ルゼには悲しむことができなかった。その者らを羨んでしまった。自分の心の貧しさにまた心が苦しめられる。
ルゼはこの長い年月でかなりの魔力を削られた。ルゼは魔力を扱えた人間によって特に魔力を多く大樹に吸われていた。確実に力は弱まっていた。
しかし、それでも溢れるほどにあった魔力は死に至るようなものにはならない。また今日も生きてしまったと考える日々が続く。
そんなある日、島に一人の救世主と呼べるような者が現れた。エメラルドグリーンの髪の少女。人間にしては珍しい髪色の少女は瞬く間に人間嫌いの妖精と仲良くなった。
彼女も妖精と同じ。人間の中には、過去に魔力を扱えた者の中で魔力を失わなかった一族が存在した。少数だが一定数は存在しており、その体内に流れる魔力の関係で髪色などの容姿が一般の人間とは異なっていた。
そのせいで他の人間から迫害される人生を歩んでいた彼女は、妖精と分かり合えることができたのだ。
少女の名をメルウェルといった。メルウェルは親を普通の人間に殺されてしまっていた。
それから一人で過ごしていた彼女に飛び込んだ一つの情報を妖精にそれを伝えるため、密告で島に来たのだという。小船は波で沈没したが、何とか体は島に流れ着くことができたらしい。
メルウェルはルゼをここから離れた場所にある王国に連れて行きたいと言った。それを聞いた妖精誰もが首を横に振った。
ルゼは同族の妖精でさえ交流をすることはなかった。関わることを嫌って。絶対に一緒に行ってはくれないと皆がそう思っていた。
しかし、メルウェルには確信があった。ルゼは、絶対にあの場所に行ってくれると。
結果としてルゼを連れ出すことにメルウェルは成功した。長い年月を要したし、嫌々だったがルゼは了承したのだ。
メルウェルが聞いた情報。国の兵士が漏らしたある言葉。幻の島に各国が一斉に爆弾を落とすと。
妖精が島に閉じ込められてからかなりの時間が経っている。大半の妖精が気を抜いていると人間は判断し、人間世界に大打撃を与えた犯罪者を罰するという名目で妖精を滅ぼそうとしたのだ。
魔力を持ち、家族らから話を聞いていたメルウェルはそれを許すわけにはいかなかった。決行は今から十年後。六つの国が協力する必要があったため、十年後と定めたのだ。
ルゼが動くことを決めたのは、メルウェルがその話を聞いてから九年が経った日のことだった。
ルゼは王国であった国に連れて来られた。かつて金髪の王族が治めていた自然に恵まれない国。数十年前に及ぶ内乱によってか、荒れ果てた国だった。枯渇した土地。草も生えぬ、水も流れぬ地。人々は苦しみの果てにいた。
メルウェルは現在その地を治めていた、王国で王族と同程度の権力を所持していた貴族と交渉した。この国の自然を取り戻し生き返らせてみせると。その代わり国の端にある三分の一ほどの領土を持つ森を立ち入り禁止として、主となる者を住ませる許可が欲しいと。その貴族はメルウェルにある条件を出してそれを許可した。
メルウェルは島にいた精霊や獣人などを、国の三分の一の区域に一年の間に集めた。何とか島の破壊までに間に合ったのだ。
島はあれから十年後の日、大量の爆弾が落とされた。島も、あの大きな大樹も綺麗さっぱり地上からは消え去った。
精霊たちはメルウェルの言う通り、ヴィエータ王国を自然豊かな国にした。川を流し、湖を作り。木を生やし、花を咲かせて。
見間違えるほどに国は変わった。
メルウェルが交渉した三分の一の土地は元々広大な森であった場所であったが、たちまち神々が住んでいるような美しい神秘的な森へと姿を変えた。そして奥に山を作り、まるでそこに境界線でもあるかのように人々はそこに立ち入らなくなった。
森の主とはルゼのことだった。ルゼは反省し、少しでも変わろうと今まで関わってこなかった妖精たちと関わることを始めた。それから魔力が削れてしまっても、生き続けたルゼのことを妖精は段々と慕うようになる。
ルゼは自分に残った魔力を使って、死ぬまで後悔しないようにと誓う。
そんな矢先のことだった。メルウェルが貴族に殺された。メルウェルは条件を受け入れていた。その条件とは、魔力を持つ人間の排除に貢献すること。すなわちメルウェル自身が排除されるということ。
貴族は魔力を持っている者を差別していた。なぜなら貴族は魔力を所持してなくとも魔法を使うことができる代物で国を統治しようと狙っていたからだった。だからこそ、不意に訪れた魔力を持つメルウェルは貴族にとっては運良く餌もなしに釣れた魚同然だった。
妖精は怒り狂った。自分たちが嫌いな人間のためにこんなに頑張ったというのに。メルウェルへの恩返しのために色々と計画していたのに。何も返せずにメルウェルはこの世からいなくなってしまった。
ルゼはそんな怒りに満ちた妖精のためを思って妖精が表に出ることをやめさせた。他の妖精が怒り狂っている中、冷静な竜がいた。
ルゼは何もかもに対して諦めがついていたのだ。理不尽なことで人が殺されること。簡単に死んでしまうこと。あの経験で全て知ったことだ。
妖精にメルウェルの分まで生きることが今できる最大の恩返しだと説得して妖精と人間の衝突を防いだのだ。
それから、メルウェルを殺した貴族はあろうことか森の中にある山の上に城を造り、自らを王だと名乗って新たな国を建てた。
そのことに妖精たちはまた怒ったが、ルゼの言い分を守って攻撃はしなかった。するだけ無駄だと思って。
今度こそルゼは他者と関わることをやめた。深く深く後悔して。誰も自分を見つけないで欲しいと願いながら、洞窟にぽっかりと空いた穴を下から眺めていた。
そこは、皮肉にもいつも綺麗な空が視界いっぱいに広がっていた。
なぜ、魔力を持つだけでこんなにも苦労しなくてはいけないのか。魔力はそれほどに悪なのか。自分たち妖精はなぜこんなにも苦しい思いをして生きていかなければいけないのか。
島をもっと早く出ていれば、交渉は変わっていたのだろうか。慌てていたから、メルウェルはあの条件を呑まざるを得ない状況になってしまったのだろうか。自分のせいで妖精の恩人を失ってしまった。皆にとって大切な存在を。
あのとき、馬鹿なことをしていなければとルゼは消えない傷をまた作り、永遠に抱き続ける。
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