魔力という呪い(1)

 昔、世界は魔法を主として発展していた。

 が、それが人間の優劣を決める判断材料となる。あるいは支配する者の欲望であると誰かが言うと、人間はたちまちそれらを禁止するようになった。もっと根拠があり、皆が平等でいられる何かで支配することを望んだのだ。

 それが、科学発展のきっかけである。


 科学が発展したとはいえ、この世界には根拠のない存在が多数存在した。例えば妖精。人間と見た目も違う異種族。また、謎の解明がされない遺跡やら自然やら。

 この世は、不思議と普通ではいられなかった。


 妖精には様々な種族がいる。

 小さな小人サイズの人の姿をした精霊。精霊は自然の何かから生まれた存在で、川、火、土など自然に由来する存在であった。

 その中でも精霊王と呼ばれる精霊は、人間と同じ姿をしていて、滅多に人の前には出てこない。


 獣の耳と尻尾など、人間の姿に加えて動物の特徴を持つ獣人。狐、犬、猫。様々な動物の特徴を兼ね備えた彼らは、その動物特有の力も持っている。

 これと似たようなもので、虫と人間の姿を持つ虫人。魚と人間の姿を持つ人魚などがいる。

 人間の何倍もの大きさを持つ竜はどの妖精より魔力が長けている。大体が赤や青や茶の色を持っている。白竜や黒竜などの色は珍しく特に魔力が強い。主と決めた者には従順な性格。とても賢い。

 大体、妖精はこのような種族からなるものだ。共通点は、人間よりも遥かに強い魔力を保持しているということ。そして、存在する根拠がないこと。

 それを言うと、なぜ人間が存在しているのかという疑問も生まれるが、人間はいつだって自分たちは当たり前の存在としか考えない。自分たちとは違う何かをはぐれ者として見るのだ。


 話を本題に戻す。

 なぜ、ルゼと名づけられた黒竜が、島から離れたこの国に居続けなければいけないのか。そもそもなぜここにいるのか。

 その話をしよう。


 ルゼの本当の名はない。竜にそもそも名前をつける概念などない。竜は基本的に孤立した生き物だ。例え家族であろうとも名をつけて親しんだりすることはない。そのため名前など必要ないのだ。

 だから、ルゼにとってルゼという名前が長い命の中で初めてつけられた名前だった。


 ルゼは親の顔も知らない。物心がついたときから親はいなかったのだ。


 ルゼが産まれた頃の世界は妖精と人間が共生する世界だった。ペットとして扱うのではない。相棒のように、対等の関係として友好的であった。

 そのときから、魔法という考えを毛嫌いしていた人間たちに配慮して妖精は魔法を使うことは少なくなっていた。

 魔法、呪いの考えのルーツは妖精だ。しかし、共生するためには力を隠さねばならない。妖精は生きる場所を確保するために必死だった。


 そんな世界を変えたのが一頭の竜だった。美しい黒色の小さな竜。後のルゼだ。ルゼは竜の中でも特に魔力が強かった。

 あることから世界に対して恨みや怒りを持ったルゼはある願いを持った。

 人間が嫌う魔力が世界を覆い、人間が困れば良いのにと。


 その願い事を、世界は叶えてしまった。


 この世界のどこかに孤立した島が存在している。誰も近づかない無人の島。その島には遥か昔に魔力だけを養分にして育った美しい、呪いの大樹だけが存在した。

 島の中心にある大きな白い大樹。その養分となるのは過去より人間が所持していた溜まりに溜まった莫大な魔力であった。


 この世界に産まれた人間には少しではあるものの、魔力が備わっている。しかし、人間の体にとって魔力は毒だった。歳をとると共に体を蝕んでいく、皆平等にかけられた呪い。

 その魔力を人間は世界から離れた島に流し込んだ。土の中に自分の魔力をあるだけ、なくなるだけ。その結果、島は溢れるほどの魔力を得た。その養分を種として誕生したのが大樹である。


 だが、その過去の人間の苦労も一頭の竜によってないものとなった。

 魔力があったなんてもう伝説の話となった頃だ。人間に魔力があるなんて作り話だと皆が信じて疑わなかった頃。

 若き竜は、大樹の栄養となっていた魔力全てを解き放ってしまったのだ。


 ちっぽけな望みだった。困ればそれだけで良かった。

 世界を一瞬にして地獄に変えると知らずに。


 魔力が解き放たれた瞬間、空は赤く染まった。

 その魔力はたちまち重たい空気に変わって人間の体内に潜り込む。


 魔力があったのはもう何百年も、もしかしたら千年を超えるかもしれないほどに昔のこと。魔力が体内にあったことすら忘れた人間の体は魔力を受け入れることはできなかった。

 大抵の者は頭が狂い始めて理性など失い、その溢れんばかりの魔力を削るために他人に当たることしかできなかった。そして一対一の戦いがどんどん発展していき、終いには国を巻き込んだ戦争になってしまった。


 また、今まで相棒としていた妖精を無理矢理戦わせるなどして妖精はもはや道具と化した。人間より魔力が強く、上手く扱える妖精たちは人間の欲望を全て叶えてくれる、最高の道具だったのだ。


 ルゼはそれを見ることしかできなかった。美しい緑の園が火の海となることを。一部でも優しかった人間が化け物となることを。前に見かけたことのあった妖精が足元で息を引き取っていることを。


 人間の中には理性を保ち、魔力を扱えた者が両手で数えられる程度はいた。その者たちは、持てる力を使って人間の魔力を全て大樹に引き戻した。

 魔力を失った人間は力尽きて死ぬか、辛うじて生きているかのどちらかだった。生きている人間の方が少なかったが。


 魔力を使えた人間は妖精全てを幻の島に閉じ込めた。二度と人間と交わらないように、出れないように。見えない鎖で妖精は繋がれたのだ。

 妖精は、それから人間を深く憎むようになった。どこまでも自分勝手な人間のことを。


 魔力を扱えて生き残った人間は、それぞれ各地に散らばった。そこで権力者となり、それぞれが建国した。

 その結果、独自の文化を生み出して全く別の生活様式の国が新たに六つ誕生したのだ。


 世界と完全にかけ離れた呪いの孤島。伝説となった現在、そこに好奇心を持つ者はいるが誰も行けない。

 そこにはもう何も残っていないから。


 若き竜が作ってしまった事態は、良い意味でも悪い意味でも世界を大きく変えてしまった。


 そのことが原因でルゼは、妖精はこの島を出なければいけなくなる。そして、幻の島が理由である。

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