泣きたいときは泣けば良いよ
ルゼはため息をつくことが多くなっていた。それに被せるように、雨の降る日が増える。太陽はここしばらく見れていない。
精霊はルゼを心配していた。精霊にとってルゼは命の恩人でもある。それに、崇拝に値する存在だ。気分が晴れない様子のルゼを、何より心配したのだ。
それと同じように、エレノアもまたルゼを心配していた。契約を結んでいる相手なのだ。運命の共同体とも言える存在が悲しんでいると、エレノアも気分が晴れずにいた。
エレノアは一人にしてあげた方が良いと思ってわざと洞窟には近づかないでおいたが、あまりにもルゼは立ち直らない。何に悩んでいるのかは分からないが、重たい何かにぶつかっているのはよく伝わった。
しかし、落ち込んでいる期間が長すぎてエレノアは洞窟に入ることにした。妖精の力は天候にも影響を及ぼす。エレノアは様々な心配からルゼの元を訪れることを決めたのだ。
洞窟の静けさがいつもよりも増して感じる。洞窟内を流れる水は凍るように冷たい。後ろに幽霊でもいるかのような寒気さを感じながらエレノアはルゼのいる所に向かう。
「ルゼ、最近の調子はどう? 私は最近雨だから、城の片付けをしているの。いつまでも廃墟に住む気はないもの」
エレノアはその大きい黒竜に声かける。だが、それがエレノアの方を向くことはない。黙り込んだままだ。
エレノアは苔の生えた小さな岩の上に座り、その水滴の音に耳をすます。
「ルゼ、泣きたいときは泣いたら良いのよ。あなたの心が泣いてる。私には分かるわ。悲しいって言ってる」
「……ああ。ただ、昔のことを思い出していたのだ。若気の至りのせいでとんでもない罪を犯したとな」
ルゼは顔を動かさずに少し嘲笑うように言う。その声はどこか震えている。
それからお互い何も喋らず、沈黙が流れた。
「精霊に力を貸してもらって、城が明るくなったの。夜になれば勝手に明かりが灯るのよ」
エレノアは少しの間黙っていたが、ルゼに構わず話し始めた。何も言わなくてもお構いなしに。どうでもいいことばかりを並べた、あからさまな時間稼ぎのような。
ルゼは、なぜこんな気持ちを抱くのか分からなかった。自分にはそんな資格などとうに失っているというのに。
それがまた、悔しくて悔しくて堪らない。
「なあ、エレノア。俺は思うのだ。なぜこんなに幸せになってしまったのだろうと。ここには妖精が幸せに暮らせる。俺が生きていられる。主が、ここにいる。なぜ俺だけが幸せになってしまったのだろうと」
震わせた声で、ルゼは言う。零れそうな本音を閉じ込めるように口を固く閉じる。
「ねえルゼ。幸せになってはいけない存在などこの世に存在しないわ。皆、幸せになれるの」
「いいや。俺は違うんだ。俺のせいで、尊い命がいくつ消えたと思っている。俺さえいなければ、きっと世界は上手くいったのに」
「それでも、あなたがいたから今私たちが生きているのよ。この世界があるの」
「お前は何も分からないからそう言えるんだ。俺は、消えた方が良い」
いつもに増して自虐的なルゼに、エレノアは怒りを覚えた。
確かにエレノアはルゼの過去を知らない。昔、いつか知るときが来ると言いながら、まだ知れていない。
それなのにルゼは隠して隠して、一人で傷つく。その様子が何ともエレノアを腹立たせた。
「あなたが消えたら、私が困るのよ」
エレノアは怒りを込めて言う。ルゼは動きを止めて、静かにエレノアの声を聞いていた。
「私とあなたは運命を共にする者。あなたが消えたら、私も消えるのよ。それに、もしそれがなかったとしても私は悲しむわ。私にとって、あなたがどれほど大きな存在か分からないからそんなこと言えるのよ」
エレノアは自分で放った言葉になぜか目から涙が零れそうになる。泣いてしまわぬよう、拳に力を込めて見向きもしないルゼを睨むように見る。
「今を生きて、ルゼ。あなたは今を生きているの。過去はもう戻れない。その過去の罪がどれほどのものか知らないけど、今生きてるってことはきっと生きている意味があるから。生きていることに感謝して。もう、二度と消えたいなんて言わないで」
エレノアは震えた声で言う。その怒りを含み、また寂しさを含んだ声は洞窟内に反響する。
その言葉に、ルゼはエレノアの方を向いた。その瞳は揺れている。
「お前は、つくづく変で、良い人間だ。やはりどうしても思い出してしまう。……主よ。特別に俺の、妖精の過去の話をしよう。俺の犯した罪から始まった物語を」
ルゼは目を伏せてそう言った。
洞窟に冷たい風が優しく吹いた。
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