話せぬ罪

 また、いつも通りの日々が戻ってきた。

 エレノアは荒れた城で、アーサやゼオンは美しい城でそれぞれの役目を果たすために生きている。


 エレノアは、街で買ったお土産を配るために四つの紙袋を持って朝早くから外に出ていた。


「これ、あなたたちが欲しがっていた物よ。これで良かった?」


 エレノアが精霊たちに手渡しているのは、ミニチュアの食器や家具だ。ミニチュアながらにも素材はちゃんとした物で作られているため、小人でもいれば使ってくれそうな質である。それはもちろん森に住む精霊もだ。

 各々が欲しいと言った物を一つだけ買うと約束してしまったエレノアは、思った倍以上の数を買うはめになってしまった。それだけ、エレノアが把握していない精霊がたくさんいたのだ。


「ええ、バッチリなのよ。ありがとう」


 精霊たちは次々にエレノアに礼を言う。予定外の出費ではあったが、このように喜んでくれたことでエレノアの今まで抱えていた憂鬱な気が綺麗さっぱりなくなった。


「喜んでくれたのなら何よりよ。これは精霊王様の分。言っていた物を買ったから間違いないはずだわ。じゃあ、私は行くわね」


 エレノアは一つの紙袋を精霊に手渡す。精霊にしては大きいサイズなので、何人かの精霊で支え合ってそれを受け取った。

 もう一つは精霊以外の妖精の分だ。全員と仲良くしているわけではないので交流している妖精にだけだが、それを皆に配ってお土産話を聞かせて楽しむ。

 もう昼過ぎになってしまった頃。エレノアは最後の紙袋を手にして洞窟へ向かう。日が昇って暑くなってきたので、早く涼しい所に行きたいがあまり、エレノアは足を速める。

 洞窟の水が滴る音だけで涼しさをもらえる。エレノアは涼しい空気を深く吸い込んで湿った岩を滑らないよう注意しながら歩く。もう、子供みたいにはしゃいで走ったりはしない。


「ルゼ、おはよう」

「おはようの時間はとっくに過ぎたがな。その手に持ってるのはお土産か? どうせ精霊たちが頼んだんだろう。俺の分まで買ってくる必要はなかったのに」


 ルゼはエレノアの持つ紙袋を見るなり、苦笑いを零した。それでもエレノアはルゼに近づいてその紙袋の中身を取り出した。

 喜ぶかと期待していたエレノアだったが、その予想とは裏腹にルゼは怪訝な顔でそれを見ていた。エレノアは瞬きを繰り返してルゼを見つめる。


「なぜ、これを?」

「気に入るかと思ったの。目に入ったとき、ルゼにはこれが良いって、そう思って」

「……ああ、聞き方が悪かったな。気に入っていないわけではないんだ。ただ、あまりにも驚いてしまってな」


 ルゼはエレノアを心配させまいと微笑んで、顔をゆっくりと横に振る。その顔はどこか懐かしげであった。


「これは、勿忘草か」

「あら、良く知ってるのね。正解よ。何だか綺麗な花だったから束にして買ったの。この洞窟、綺麗だけど茶色と緑と青の三色だけだもの。花があったら良いかもと思ったの」

「昔、詳しいやつがいたんだ。別に買わなくとも魔法で出せば良いものを」

「そうだけど。買ってあげるのも良いでしょ?」


 ルゼは「まぁ」と首を傾げながら勿忘草の入れられた花瓶を見つめる。

 こうして質素な洞窟に一つ華やかさが添えられた。


「そうだ。何もなかったか? 困ったことなど、何も起きなかったか?」


 ルゼは父親のようにエレノアを心配した。エレノアはその言葉に目を逸らした。言うべきか言わないべきか。そう考えてる内に、その仕草でエレノアに何かあったのだとルゼに悟らせてしまい、話すことになってしまった。


 昨日の夜の出来事を話すと、ルゼは重いため息をついた。何か心当たりがあったと言っているような、後悔してるようなそんな顔でいる。


「アーサ・シェレビアには用心しておけ。いや、シェレビアの者と迂闊に関わらない方が良い。その方が、絶対に良い。そうしてくれ」

「私も、そう思っていたのよ。シェレビアの人間はみんな狂っているわ。私が言えたものじゃないけど、どうすれば良いのか」


 重い空気が洞窟を流れる。涼しい空気は湿気を伴うように、ベタベタと体に纏わりついてくる。


「もうヴィエータは王じゃないんだ。そういうことは、もう考えなくて良い。ここは、シェレビアにあってシェレビアではないのだから」


 ルゼは諭すように言う。エレノアはおずおずと頷いた。引っかかるがルゼの言う通り、もうヴィエータは国について考える必要がないのだ。そう言い聞かせて。


 エレノアがしばらくして城に帰った後、ルゼは勿忘草を見つめた。


「確か、花言葉は私を忘れないで。ああくそ、死んでから何年経ってると思ってるんだ。もう忘れてもいい頃だろ」

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