赤い服の男

 シンデルテ初等学校を右手に見ながら北へと進み、シュライハルト家の前を通り過ぎ、さらに北へと向かう。その途上で、飛龍は保管蔵で見聞きした事実を説明していた。

「まず『創造の花リグレッタ』を盗んだ犯人はまだ分からない。現状では『創造の花』を盗みえたのは、この浮島イソラに住むハンナさんとアルジェルしかいないということになる」

 クリアスは頷く。もちろん飛龍の言い振りから、そうは考えていないことが分かったからだ。

「でも、アルジェルが犯人でないということは断定できる。それはあの子が疑われる決め手となった、割れた窓ガラスに付いていた血。あれが偽装されたものだったからだよ」

「偽装!?」

 それが本当なら、誰かがアルジェルに罪を着せようとしたことになる。しかし、一体、どのように半魔族の血を偽装したのか、その疑問に飛龍が答える。

「蓋を開けてみれば、馬鹿馬鹿しく思えるような手口だったよ。窓ガラスに付いていたのは血じゃなかった。それはこの時期、この村で簡単に手に入るもの……葡萄の果汁だったんだ」

「葡萄の……果汁?」

 聞いた直後、クリアスは思わず立ち止まり、もう一度、飛龍が告げた事実を吟味する。

 たしかに半魔族の血の色は赤紫色ワインレッドであり、その色相は近似しているともいえるが……。

「なんというか……」

 クリアスが口に出すのを躊躇った心情をアインがそのまま口に出す。

「雑だな」

「アインの言う通りだよ。まるで子供の悪戯みたいだ」

 それもそうだが、クリアスは別の観点からもお粗末さを覚えずにはいられなかった。

「それ、王国軍の人は誰も気付かなかったの? いくら何でも血と葡萄の汁を間違えるなんて……」

「それには理由がある。さっき王国軍の人に聞いたんだけど、アルジェルが半魔族であるという噂が少し前から王国軍の間で拡がっていたらしいんだ。それもあの子が魔法を使ったあの事件の直後からね」

「え? どういうこと?」

 ハミルトンが村人の態度に疑問を持ち、アルジェルを半魔族だと確認したのは事件のすぐ後だが、それをハミルトンが言いふらすはずないし、村人はアルジェルについて口が重かった。その話はどこから出たのだろう?

「何故かは分からない。でも少なくとも王国軍の兵士たちは、魔族の血が赤紫色だってことは知っていた。この予備情報の上に『創造の花』が盗まれたという衝撃が重なり、王国軍は窓ガラスに残った跡を半魔族の血だと早計に判断してしまったんだ」

 飛龍の説明は一応の理屈は通っている。しかし、依然としてクリアスは釈然としない気持ちを抱かずにはいられなかった。

「でも、そんなの後でよく調べればすぐに分かっちゃうんじゃ……」

 クリアスが漏らした疑問に、飛龍の漆黒の目が昏い光を帯びる。

「その通りだよ。これはまだ想像でしかないけれど……たぶん犯人にとってはどっちでもよかったんだ」

「どっちでも? ……それって捜査を混乱させることが目的だったとか?」

 飛龍は瞑目し、首を振る。

「いや、そうじゃない。これはもっと陰惨で拗けた思惑の上で行われたんだと思う。そして、もしかしたらこの村で起きている事件は、全てそのために起きているのかもしれない」

 そういうと飛龍は再び歩き出し、クリアスは慌ててその後を追う。

 飛龍が何を考えているか、クリアスは早く知りたかった。しかし、一方でそれを知ることは、想像しえない魔天を開けてしまうような気がして、恐ろしくて尋ねることができなかった。

 そうして、しばし無言の時の中を三人が歩いていると、程なく目的の場所が見えてきた。

 対岸に小さな浮島イソラがあり、さらにそこから奥に大小様々な浮島が点在している。最寄りの浮島へと至るための橋は、それぞれの岸に焼け焦げた支柱だけを残している。ここはアルジェルが疑われたもう一つの事件、村の重要物である吊り橋が燃やされた場所だった。

 飛龍が黒い支柱に近づき、その場にしゃがみこむ。

「痕跡は……ほとんど分からないな」

 そう言って飛龍はすぐに立ち上がり対岸を見る。クリアスもそれに倣って飛龍の少し後ろから谷を覗き込む。どうやら対岸はこちら側より少し低いようだった。

「なるほどね。こうなってたんだ」

 得心がいったように飛龍が頷く。

「何かわかったの?」

 飛龍は頷き、そこで後ろへ視線を向ける。

「アイン、どう思う? この崖」

 問われたアインは前に出て渓谷を見下ろす。そして、霧が充満する断崖の間で視線を行き来させ、なんの感慨もなく言った。

「飛び移れないことはないな」

「ええっ! ここを!?」

 驚愕に目を丸くしたまま、クリアスは対岸までの距離を目測する。着地点は遥か彼方に見え、全力で跳んだとしても谷間の半分にも届きそうにない。そして下は底の見えぬ深い谷。ここを飛び越えるなど肉体的にも精神的にも不可能としか思えない。しかし、それができるというのであれば、これまでの話は大きく変わってくる。

「まあ、よほどのことがない限り、跳ぼうとはしないよ。何せ、失敗したら間違いなく命はないからね」

「え? 私、てっきり犯人はここを渡って『創造の花リグレッタ』を盗んだって言いたいのかと……」

「いや、その通りだよ」

「?」

 小首を傾げるクリアスに飛龍が説明を加える。

「僕が言いたいのは、何の準備もなしに跳ぶのは無謀だってことだよ。例えば命綱を結び付けて、落下を防ぐ手立てをしておく。それなら心理的にもできないことはない」

 それでも自分なら跳ぶ勇気などでないだろうと思いながら、クリアスは再び渓谷を見つめ、ある事実に気づく。

「でも、向こうからはこっちが少し高くなっているわ。それでも跳び移れるの?」

「うん、だからまた別の工夫が必要だろうね。踏み台のようなものを使うとか。ただ本当に犯人がこの手段を使ったかを確かめるには向こう側も調べる必要がある」

 その言葉に従い、クリアスたちは再び移動する。『修学の浮島イソラ』からぐるりと『実りの浮島』を回り、村の北東に位置する島々と言うべき浮島――それらを繋げる橋を渡り歩き、対岸へと来た。

 再び燃え落ちた橋の付近を調べる飛龍。やがてクリアスたちが見守る中、動きを止め、呟く。

「……何の痕跡もない」

 光明が見え始めていたと感じていたクリアスは、その呟きに少し落胆する。しかし、立ち上がった飛龍の顔に気落ちした様子はなかった。

「だけど、これで犯人がここを通らなかったということにはならない。向こう側はほとんど岩の大地で足跡とかは残りにくいし、こちら側は、もしかしたら犯人がここを通った痕跡を消したのかもしれない」

 飛龍の説明からまだ可能性を感じ、クリアスは気を取り直して飛龍に尋ねる。

「じゃあ、どんな方法か分からないけど、ここを通ることはできたと仮定して、あとは誰がということが問題ね」

「……そうだね。それも一応の目星がついてる」

「ほんと!?」

 驚きと期待の眼差しを向けるクリアス。だが、飛龍は渋い表情で考え続けている。

「でも、その人たちだとしたら、やっぱり分からないことがある……」

 そうして飛龍は顎に手を当て再び渓谷の方を見つめる。複雑に絡みあった謎を紐解く邪魔をしてはならない。そう思い、クリアスは黙って、その黒い後ろ姿を見つめる。

 と、その時、アインが背後を振り向いた。釣られて視線を後ろに向けたクリアスは、吊り橋を渡り終えようかというところで、じっとこちらを窺う人影を認めた。

「あなたはあの時の……」

「知ってるのか?」

 クリアスは頷き、囁くようにアインに言う。

「アルジェル君に乱暴していた男の子の一人よ。あの子がここの橋を燃やしたのはアルジェル君だって言ったの……」

 クリアスは、この橋が学校への近道だったと少年が言っていたことを思い出す。となるとこの少年の家は近くにあるのかもしれない。

「そうか……」

 その話を受けて、やおらアインが少年に向かって歩き出した。驚いた少年は顔を強張らせ、反転し一目散に駆け出す。だが、

「うわっ!?」

 少年がまだ吊り橋を渡り終えないうちに、その首根っこをアインが掴み、持ち上げていた。

「な、何すんだよ! 放せ!!」

「お前に聞きたいことがある」

「何をだよ! 乱暴なんかしたら父さんに言いつけてやるぞ! 俺の父さんはこの村の学校に多額の寄付をしているんだ。それにアルフォワース王国軍にも知り合いが……」

「黙れ。殺すぞ」

 耳元で囁かれた吹雪のような声に少年は顔を青ざめさせる。アインはそんな少年を持ち上げたまま戻ってくると、猫を放り投げるように下に降ろした。

 三人に見下ろされ、怯える少年に飛龍は身を屈めて話す。

「大丈夫。アインが何か言ったみたいだけど本気じゃないよ。僕らは君に危害を加える気はない。ちょっと訊きたいことがあるだけなんだ」

「き、訊きたいことってなんだよ……」

「最近、この付近に誰か来なかったかな?」

 少年は少し考えた後、未だ警戒しながら答える。

「……何日か前に村の人が来たよ。今度は蔦の橋じゃなくて正式な橋を架け直すために、燃やされた橋の跡を調べに来たとか何とかで……」

「それ以外に来た人は?」

「さあ、知らないよ。俺だって別にずっとここを見張ってるわけじゃないんだ……。ああ、そう言えば、あと変な男の人が一人来たよ」

「変な男の人?」

「名前は言わなかったけど、自分のことを真実の探求者とかなんとか言ってた。でも、鍔の広いでっかい帽子に、全身真っ赤な派手な服を着ていて、最初はちょっといっちゃった奴にしか見えなかったよ」

 それを聞いた飛龍の目が鋭く光る。

「君はその人と話したのかい?」

「うん、まあ……、ちょうど家の前で出くわして……その人は村を見て回るうちにここに来たって言ってた」

「その人は他に何か君に言わなかったかい? 例えば……魔族についてとか」

 その質問に少年は、はっと息を詰まらせ、唸るように答えた。

「……言ってた。この村に半魔族がいるって噂を聞いたって……。その人はこの橋を睨んだあと、寂しそうに俺に笑いながら言ったんだ。私の故郷もこの村みたいに素朴だけど美しかったんだ、って……。俺、すぐに分かったよ。たぶんこの人の故郷は昔、魔族に酷いことをされたんだなって……」

 少年は男に対する同情と魔族に対する憎悪を滲ませる。だが、クリアスには、少年の表情はそれら以外の感情によって、悲しげに沈んでいるように見えた。

 それを静かに見下ろしながら飛龍が再度尋ねる。

「他には何か言ってた?」

「……いや、それ以外は何も」

「……そっか、僕からはもう聞きたいことはないよ」

 一呼吸置いたのち、飛龍はそう言ってクリアスに目配せする。クリアスは小さく頷きを返してから、しばし神妙な顔で少年を見つめ、それから尋ねた。

「あなたの名前は?」

「……それを聞いてどうするんだよ?」

「別にあなたのことを言いつけたりはしないわ。私はクリアス・ベンジェアンス。話をする上でお互い名前ぐらい知っておいたほうがいいじゃない?」

 その答えに少年は猜疑心を滲ませながらも答えた。

「フランク・メルテ……」

「フランク君。あなたは本当にアルジェル君がこの橋に火をつけたと思ってるの?」

「……だってあいつしかないじゃないか」

「どうしてそう思うの? 彼が半魔族だから?」

「そうだよ! 魔族は人間とは違う。魔物の仲間みたいなものだってみんな言ってるだろ!」

 クリアスはひたと少年を見つめた。少年が見せた過剰なまでの反応。叫びに含まれた確かな揺らぎ。その奥にあるものを見極めるため、再び問いかける。

「本当にあなたはそう思ってるの?」

 深緑の瞳が少年を貫く。

「人の話を聞くことは大切よ。でも何が正しいか、最後は自分で判断しないといけない。あなたぐらいの年ならそれは出来るはずよ」

 フランクは気圧されるように顔を引き攣らせた後、吐き捨てるようにいった。

「……そんなの出来るわけないだろ」

「どうして?」

「どうして? どうしてだって?」

 するとフランクは年に見合わない冷笑的アイロニカルな笑みを浮かべる。

「そんなの決まってるだろ。もし少しでもあいつを庇うようなことを言えば、すぐに同列扱いされちまう。いや、むしろそれ以下だ。一度そんなレッテルを貼られれば、這い上がれない底なし沼に落ちたのも同然さ。俺の家は田舎の一貴族だけど、それなりに権威を誇っている。そんな家系に生まれた俺が半魔族と仲良くやるなんて許されないのさ」

 その言葉の裏にあるものを直感的に悟り、クリアスは愕然とする。

「あなた、まさか……今の話、親御さんから……?」

 フランクは鬱陶しそうにクリアスを睨んだ後、顔を背ける。しかし、否定の言葉は返ってこなかった。

 クリアスは虚脱感に満ちた声で言った。

「もう、いいわ。行っても……」

 フランクは唇を結んだまま、クリアスを見つめ、それからのそりと立ち上がると、元来た吊り橋を渡り、去って行く。

 クリアスは虚しさを噛み締めながら、その後ろ姿を見届ける。

「あの子、本当はアルジェル君を信じたいんじゃないかな……」

 そうだとしたら、こんなに悲しく、そして恐ろしいことはなかった。

 本当は好意を持っている相手に対し、無理矢理悪意を作り出し、傷つける。そうした差別や偏見を生み出す元凶が受け継がれていく仕組み。その犠牲となっているのが、もっとも多感な年頃の子供たちだということに、クリアスは厭世的な感情を抱かずにはいられなかった。そして、心に生じたその黒い感情――人が他人を憎む悪意――に心が侵食される気がして、たまらず自分を抱きしめた。

 その震える肩にそっと手が置かれた。

「大丈夫かい?」

 クリアスは弾かれるように振り向く。

 肩に伝わる温かさ。見守るような瞳。途端に心を覆っていた闇が霧消する。たったそれだけの仕草でクリアスは他者を思いやる気持ちを、人が持つ別の本質を思い出すことができた。

「うん、ありがと」

 クリアスは肩に置かれた飛龍の手に自分の手を重ね、頷く。それに安心したのか、飛龍は手を離し、気持ちを切り替えるように焼け落ちた橋の跡を見据える。

「今の少年の話から大事なことが分かった。やっぱり犯人はここを通ったに違いない。ここ最近は雨も降っていないし、数日前に村の人が来たのなら痕跡が残っていないはずはないからね。たぶん、犯人が痕跡を消したんだ。でもこれは決定的な証拠にはならない。もうこの際だから、犯人と思われる人物と直接対峙してみようと思う」

 その大胆な発言にクリアスは驚く。

「大丈夫なの? だって、この犯人は兵士たちを殺した相手かもしれないんでしょ?」

 飛龍は思案気な顔で頷く。

「そこが分からないところなんだ。僕が思っている通りの人たちならそんなことはしない。でも一刻も早く、真相を突き止めるためには考えるよりも行動するしかない気がするんだ」

 やはりどこか飛龍は焦っているように見えた。それは明日までにアルジェルの無実を晴らすと約束した以上に、もっと重い衝動に突き動かされているような気がした。

「分かったわ。あなたを信じる。行こう」

 冬の到来を予感させる風が渓谷から吹き上げる。その風を受けながら、三人は村の中心部に向かって歩き出しだ。


『実りの浮島イソラ』にあるグランザルムの中心部、村人の家々が並ぶ辺りに差し掛かった時、

「何かしら、あれ?」

 王国軍が駐屯する集会所のあたりから、喧騒が響き渡ってくる。近づくにつれ、大勢の村人が王国軍の兵士に詰め寄っているのが見えてきた。

「魔物の脅威から村を守れー!」

「今すぐ橋を落とせー!」

 口々に叫ぶ村人を兵士たちがなんとか押し留めている。その兵士たちに守られるようにして、ハミルトンが村人にも負けない大声で呼び掛けていた。

「言ったはずです! 橋の前に精兵を配置し、警備は万全です。あなたたちの安全は保証されていると!」

 しかし、村人たちは振り上げた拳を収める素振りは見せない。

「そんなの当てになるか!」

「俺たちのことよりも、古代の宝の方が大事なんだろ!? 結局、自分たちの利益しか考えていないんだろうが!」

 その異様な空気に呑まれながらも、クリアスは集団の中に見知った顔を見つけ、声を掛ける。

「あの、何があったんですか?」

「ああ、あんたたちかい」

 昂った気持ちそのままの様子で振り向いたその女性は、宿の女将さんだった。

「私たちもただ黙って魔物に殺されるなんてまっぴらだからね。こうしてみんなで村の総意を王国軍に突きつけてるのさ」

 そう言って女将さんは、再び王国軍に抗議とも罵声ともつかない言葉を叫ぶ。

 ここに来て住民の不安と恐怖を押し留めていた堰が切れてしまった。その予兆はあった。クリアスは宿で女将さんと村の男性がしていた会話を思い出す。抗議活動は村全体に広がっているようで、さらに方々から人が集まりつつある。

 その様子を見て飛龍が呟く。

「まずいな。このままだと村人によってあの浮島イソラへの橋が落とされかねない。かといって兵士たちを殺したのは村にいる誰かだと伝えれば、さらに混乱が広がるだけだ」

 橋を落とされることは飛龍にとっても、おそらくセリアにとっても望ましいことではない。

「ねえ、もしかしてずっと飛龍が焦ってたのはこれが起きると思っていたから?」

「……危惧していた一つではあった」

「一つ? ということは他にも……」

 続けて訊こうとするが、集会所の入り口に立っていたハミルトンの大声がそれを遮る。

「ともかく橋を落とすことはできません! それは先に皆さんに説明した理由もありますが、今日、ある冒険者たちが魔物退治に名乗り出て、森へと入っているからです。今、橋を落とせば彼らをあの森に置き去りにすることになる。いくら何でもそんなことはできないでしょう?」

 その説明に群衆から発せられていた猛りが途端に萎む。

「もしかしたら彼らが魔物を倒してくるかもしれません。まずはそれを待ち、そこからもう一度話し合いを行いませんか?」

「それならその冒険者たちが戻ってきたら、すぐに橋を落とせばいいだけだ!」

 その声に賛同する声が次々に湧き上がり、場は再び混沌とした様相に包まれる。。

「……どうにも収まりそうにないわね。でも、グラベルさんって人が魔物討伐を引き受ける冒険者なんかいないだろうって言ってたけど、名乗り出た人がいたんだ」

 クリアスが漏らした呟きに飛龍は難しい顔で考え込んだあと、群衆の淵を回って集会所の方へ歩き出し、村人たちを宥めていた兵士の一人に話しかけた。

「すみません。魔物討伐に向かった冒険者とはどんな人ですか?」

「誰かと思えば、あの浮島から奇跡の生還をした奴じゃないか。そういえばお前もあそこに行ってたな。ひょっとして魔物退治の手柄を横取りされたくないのか?」

 森の探索で飛龍と一緒だったらしい兵士は気安い調子で飛龍に接する。

「いえ、そういうことではないんですが……」

「そうか、まあいい。今回、行ったのは森の探索で一緒だった奴らだよ。ほら、あのやたらでっかい奴と変なあだ名をつけてくる小男の二人組だ」

「グラベルさんたちが……ですか?」

 兵士は飛龍の驚きぶりを訝りながらも、話し続ける。

「そんな名前だったかな。それともう一人、全身に奇妙な細長い装飾品をつけた甲高い声の冒険者だ。そいつは初めて見た奴だったな」

 今度は飛龍が眉をひそめる。

「その人はグラベルさんたちと一緒に行ったんですか?」

「いや、そいつは別に来たんだ。だが、あの浮島に向かった時間はそれほど変わらなかったと思うぞ」

「分かりました。ありがとうございます」

 飛龍はさっと踵を返すと、すぐ後ろで待っていたクリアスの両肩を掴んで人々から離れたところに誘導する。そこへ悠揚と歩いてきたアインが合流した。

「あの浮島に向かったのはグラベルさんたちと、もう一人の冒険者らしい」

「うん、聞こえてたけど……」

「妙だな。あのおっさんは十分な勝算がなければ動かない人間だと思っていたが……」

 アインの意見に飛龍は頷く。

「その通りだよ。かれらの不合理な行動の裏にはきっと何かがある。……実は、僕は『創造の花リグレッタ』を盗んだ実行犯はあの二人だと思ってたんだ」

「あの二人が!?」

 驚きを前面に表すクリアスの横でアインが冷静に尋ねる。

「実行犯か。その言い方だと首謀者は別にいるということか?」

 飛龍はゆっくりと南西に見える森へと目を向ける。

「ああ、きっといる。この村で起きた一連の事件の糸を裏で引いている人物が。それを確かめに行こう。きっと答えはあの浮島にある」

 飛龍が走り出す。飛龍には何が見えているのか。その見据える先に何があるのか。不安と微かな胸の昂りを感じながら、クリアスはその背を追い、謎を内包した森へと駆け出した。

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