解けぬ鎖

 クリアスは憤りを抑えきれずにいた。

 目が覚めて身支度を終えた早々、宿に来たハミルトンからの使者に『創造の花リグレッタ』消失の事実を告げられ、そこからクリアスたちは半ば連行される形で集会場に連れてこられた。理由は通行を規制してから、『創造の花』の保管蔵がある『修学の浮島イソラ』に渡ったのはクリアスたちだけだから、というのだ。要は『創造の花』盗難の疑いを掛けられたのだ。

 魔物の件で会合が開かれた集会所の一室で、三人は『修学の浮島』で何をしていたのか、誰か見なかったかなど、ハミルトンからの執拗な質問責めに遭った。それに対し、クリアスたちはアルジェルたちに会いに行っただけ、誰も見なかったと同じ答弁を繰り返した。事実そうなのだから、それ以外、言うことがなかった。

 何度言ったか分からなくなるほど同じような質問と回答を繰り返した後、ようやく解放されたと思ったのも束の間、廊下で出くわした思わぬ人物から話を聞き、クリアスは、今度は自らハミルトンの元へと乗り込んだ。

「どうしてアルジェル君が疑われてるんですか!」

 詰め寄るクリアスに、ハミルトンは厳とした姿勢を崩さずに答えた。

「通行を規制してからあの浮島への渡ったのは君たち三人。そして、ハンナさんとその孫の子供だけだ。現段階ではこの中に『創造の花』を盗んだ人物がいると考えるしかない」

 言ってハミルトンはクリアスの後ろから入ってきた飛龍たち、そして、ハンナを一瞥する。

「私たちが盗んだと思うならともかく、あの子がそんなことするはずないじゃないですか!」

 その反論にハミルトンは呆れたように眉を顰める。

「君は自分を疑って欲しいのか? あの少年が盗んだということについては我々もまさかという気持ちがあった。だから君たちにも話を聞いたのだ。しかし、あの場に残された証拠はあの少年が犯人であることを示している」

 そこで、ハミルトンはハンナに視線を移す。

「ハンナさん。これは事件に関係あることなので聞きますが、あなたのお孫さんは魔族との混血児だそうですね?」

 村人以外には隠されていた秘密を突然告げられ、ハンナよりもクリアスの方が動揺を露わにする。

「どうしてそれを……?」

「ほう。やはり君たちは知っていたのだな。先日、あの少年をここへ連れてきた時の様子からただの知り合い以上だとは思っていたが……。魔物対策の会合の時、少年が魔法を使えると聞いた村人の狼狽えぶりが気になったのでな。少し探りを入れたところ、すぐに少年が半魔族であるという話が出てきた」

 ならば遠からず、この村にいる全ての人間がアルジェルの秘密を知ることになるだろう。その時、アルジェルはどんな目で見られるのか。クリアスは不安を覚えずにはいられなかった。

「たしかに私の孫の父親は魔族です。しかし、それが事件とどんな関係が?」

 ハンナは動揺などおくびにも出さずに、ハミルトンに問い返す。

「それがあるのですよ。まず『創造の花』を保管していたあの蔵は、元は葡萄酒ワインの貯蔵蔵で相当堅牢な作りです。窓ガラスも通常ものよりも強固で簡単に割ることは出来ません。このことはあなたもご存知でしょう?」

 この村は、この地で育つ特別な葡萄から作られる葡萄酒が唯一の特産品であり、それを守るためにそのような貯蔵蔵が造られたのだが、今は、もっと大きな蔵が村の中心部に建造され、その蔵はもう使われなくなっていたらしい。

「しかし、犯人は三つあるその窓ガラスの一つを破っています。その手口が焼き破りという方法です」

「焼き破り?」

 首をかしげるクリアスにハミルトンは鷹揚に頷く。

「焼き破りとは火でガラスを炙ってそこから水などをかけてガラスの強度を弱め、割り破る方法だ。だが、今回のはただの焼き破りでない。あれは魔法によって行われたものだ」

「魔法で!?」

「そうだ。私は過去に同じ手口を見たことがある。その時は火の魔法で炙った後、水の魔法で冷やすことで窓が割られたのだが、その時のガラスには煤などが一切付いていなかった。松明などで火を当てた場合は、どんなに気をつけても煤が残る。よって、今回もその方法が使われたと思われる」

 その説明にハンナは端然と答える。

「犯人の手口をすぐ特定したあなたのご慧眼には敬服いたします。そして、あなたはそれを私の孫がやったと言いたいのですね?」

「そうです。あなたのお孫さんは魔法が使える。それも魔族との混血児なら子供でもそれなりの魔力を持っていてもおかしくない。それに学業という面ではお孫さんは相当優秀らしいですね。ならばこの原理を知っていたとしても不思議ではない。そして極めつけは、今の方法を実行できて、かつ、昨晩あの浮島イソラにいたのはあの少年だけだということです」

「ちょっと待って下さい!」

 ハミルトンの指摘にクリアスは声を上げる。

「アルジェル君は攻撃魔法が使えません。今言った方法を行うのは不可能です!」

 するとハミルトンは冷たさを感じる目でクリアスを見返す。

「先日、私もハンナさんからそう聞いた。だが、それは本当なのか?」

「えっ?」

 深い疑いの視線がクリアスを貫く。

「魔法を使える使えないと言うのはあくまで自己申告だ。つまり本人がそう言っているだけで本当にそうなのかは分からんだろう?」

 クリアスは言葉に詰まる。確かにハミルトンの言っていることは正しい。使えることを証明するなら実際に魔法を見せればいい。だが、使えないことを他人が確認することはできない。しかし、それは悪魔の証明だ。それだけでアルジェルを犯人だと決めつけるのはあまりに横暴すぎる。すると、その気持ちを見透かしたようにさらに威圧的な声が放たれる。

「それにこれだけではない。もっと明確な証拠がある。犯人は中に侵入した時、もしくは出るときに、誤って割った窓ガラスでどこかを傷つけたと思われる。そして、窓ガラスにはその時に着いたと考えられる赤紫色の染みが残っていたのだ」

 クリアスは息を呑む。赤紫色――それは半魔族である証としてその体に流れる……

「そうだ。半魔族の血――これは決定的な証拠だろう?」

 クリアスは揺らぐ心を必死に抑える。もし、それが本当ならこれ以上の証拠はない。だが、あの純朴な少年がそんなことをするはずはない。その信頼から必死に否定する理由を探す。

「でも、アルジェル君が盗んだとしたら何のためですか? 彼にはその理由がありません」

「理由か。あまり面白くないことだが、それは村長との話から思い当たる節がある」

 そこでハミルトンはクリアスからハンナに視線を移す。

「ハンナさん、どうもあなたのお孫さんはこの村の人間から疎まれている……いや、これは推測ですが、迫害に近い扱いを受けているのでは?」

 繊細な問題に躊躇なく踏み込むその質問に、ハンナは感情を押し殺したような表情で答える。

「ええ……」

「やはりそうですか。理由はあの子が魔族の血を引いているからでしょう。村長たちは隠しているつもりだったかもしれないが、私にはすぐに分かりましたよ。まあ、こんな辺境の村では、保守的で旧態依然とした考えの者が多くても不思議ではない。そんな環境の中、あの少年は歪んだ考えを持ってしまったのでは?」

 村民に対する見下した言い方が鼻についたが、それよりもクリアスはアルジェルに対する言葉が気になった。

「……歪んだ考えって何ですか」

「聞けば、あの少年は同級生が通学に使っていた橋を燃やしたそうじゃないか。その前には魔物がいると言って、新しい浮島イソラの調査を遅延させた。おそらくそれらは自分を虐げてきた村人への嫌がらせだろう。そして、今回の『創造の花リグレッタ』の盗難も同じだ。直接的な責任はないにしろ、『創造の花』が盗まれたとなればこの村の心象は悪くなる。遺跡の管理権と引き換えに付与された村への援助も打ち切られるかもしれん。それが狙いだったのではないか?」

「あの子はそんなことを考える子じゃありません! 第一、彼は橋に火をつけてませんし、魔物だってあの子の言う通りいたじゃないですか!」

 実際のところ、飛龍の考えから魔物はいないとクリアスは考えていたのだが、アルジェルの疑いを晴らすため、敢えてこの場ではハミルトンたちが信じている説に話を合わせた。

「それに橋の火災の件も今回も同じです。こんなあからさまに自分に疑いが向くような状況で悪さをする人間はいませんよ!」

 クリアスはアルジェルに危害を加えていた少年たちにした説明をハミルトンにも話す。しかし、ハミルトンは全く折れることなく、すぐさま反論を返してきた。

「もしかしたら、あの少年はそれを逆手にとって疑いを逸らす気だったのかもしれんぞ。だが、そこは子どもゆえの浅はかさがあったな。もしくは、先日の隊員の死を目撃した動揺を引き摺り、冷静に考えられなかったのか。いずれにせよ、これだけ証拠を残すへまをするとは予想できず、それが自分の首を絞めることなるとは気づかなかったのだろう」

 クリアスは唇を噛む。このハミルトンという男は、すでに自分の中で答えを出してしまっている。これを覆すには先に出された問題を解決するしかない。それと同時に再び考えたくない疑惑が頭をもたげる。本当に犯人はアルジェルではないのだろうか……。

 その時、部屋に一人の男が入ってきた。王国軍副隊長のソルベンヌだった。ソルベンヌはハンナの方をちらりと見てから、恐縮しながらハミルトンに告げる。

「隊長、申し訳ありません。あの少年に逃げられました」

「何? 逃げただと?」

「はい。質問の最中、手洗いに行きたいと言われ、連れて行ったのですが、手洗い所に窓があることを失念しておりまして……」

 しかし、その報告に怒りの色を示したのはハンナだった。

「ハミルトンさん、どういうことですか? あの子に事情を訊く時は私も立ち会った上でと言ったはずですが」

 王国軍というただでさえ権威的な集団に威圧的な姿勢を取られれば、十二歳の少年が心を平常に保てなくてもおかしくない。それを危惧してハンナは立ち合いを望んだのだろうが、どうやらハミルトンはそれを無視してソルベンヌに聴取をさせていたようだ。

「ハンナさん。『創造の花』の蒐集は我が国の国策であり、それを妨害しようとする者がいるなら、我々はその者を突き止め、捕えなければならない。それはあなたも理解して頂いていたはず。ゆえに悠長に時間をかけている暇はないのです」

 約束を反故にしたことなど全く悪びれもせず、ハミルトンは応じる。しかし、クリアスはそのことではなくハミルトンの発言自体に眉を顰めた。

 ――今の一体どういう意味だったのかしら……?

 だが、それを考える間も無く、ハミルトンが副隊長に向けて告げる。

「即刻、少年を探し出し、ここまで連れてくるように。後ろめたいことが無ければ逃げないはずだ。抵抗するようなら多少強引な手段でも構わん」

 その指示にさすがにクリアスが顔色を変え、抗議しようとした時、

「待って下さい」

 一歩前に出たのは飛龍だった。

「子供がいきなりこんな場所に連れてこられて犯人扱いされれば、逃げ出したくもなります。それにあなた方の言う通り、あの子が攻撃魔法を使えたとしたら、手荒に扱うとあなたたちが怪我を負うかもしれません。ここは僕らにまかせてもらえませんか?」

 飛龍の提案に、ハミルトンは厳しい目付きで睨みながらも聞く姿勢を見せる。

「つまりお前たちがあの少年をここまで連れてくるというわけだな?」

「ええ、ただし、一つ条件があります」

「条件だと?」

「はい。今日のところは彼を家に帰し、話を聞くのは明日にして欲しいんです」

 その提案にハミルトンの表情が険しくなる。

「一日、先延ばしにして何になる? いったん落ち着かせればあの少年が素直に話すとでも? そうは思わんな。それにこれは喫緊の事案だと言っただろう。無意味な時間を費やしている場合ではない」

 苛立ちと呆れを織り交ぜ、取り合わない姿勢のハミルトンに、飛龍は明瞭な声で言った。

「いいえ、時間を置くのは真実を明らかにするためです」

「真実を明らかにするため……だと?」

「はい。『創造の花』を盗んだ人物は他にいます。それを証明するため、一日の猶予を頂きたいんです」

 飛龍の発言に全員が瞠目する。その中で虚を突かれたように固まっていたハミルトンが、初めてその厳つい表情を緩めた。

「つまりお前は、真犯人は別にいてそれを突き止めようというのだな? それも今日一日で? 面白い。お前には一度、死から生還するという奇跡を見せられているからな。もう一度、奇跡を起こせるなら見せてもらいたいものだ。あの少年もどうせこの村からは出られないのだからな」

 挑発的な言葉を受け流し、飛龍はすぐさまクリアスを振り返る。

「クリアス、君はアインとアルジェルを探しに行ってほしい。僕はその間にできるだけ手掛かりを集めておく」

「うん、分かった」

 クリアスが力強く頷き返すと、飛龍は再びハミルトンを見る。

「犯人を見つけるため、『創造の花』が保管されていた蔵を見せてもらってもいいですか?」

「よかろう。現場はすでに調べ終わっているからな。警備兵には話を着けておこう」

「では、行きます」

 飛龍が部屋の扉へと向かう。クリアスとアインもそれに付き従うが、部屋を出ようとしたところでその背に声が掛かる。

「飛龍さん、クリアスさん、アインさん」

 丁寧に三人の名を呼んだのはハンナだった。振り返った三人にハンナは頭を下げ、言った。

「あの子のこと、よろしくお願いします」

 部屋に満ちた一瞬の静寂がクリアスの戸惑いをより強く増強する。孫が罪に問われているというのに、その顔には動揺や憂いは一切見えない。

 その表情にクリアスはある種の恐怖を覚えた。もしこれが意図的なものならば、人はここまで自分を押し殺すことができるのだろうかと。逆にそうでないならば、それはクリアスがあって欲しくないと願う感情がハンナに存在していることになる。だから――

「はい、分かりました」

 飛龍が答えるのに任せ、クリアスは何も言わずに部屋を後にした……。

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