深まる疑念、高まる緊張

 冴えわたる月の下、村はひっそりと息を顰めていた。

 会合は終わり、アルジェルはハンナとともに王国軍の兵士に送られて家に戻っていった。一方、クリアスたちは行動の拠点としている宿の部屋にいた。

「それでどうだったの? 話し合いは?」

「そうだね……。それなりに得られるものはあったかな」

 飛龍は見聞きしたことを思い出すように上を向き、会合の内容を話し始める。

 小さな村の集会所とは思えぬ大きな一室に、ハンナを含む村の代表が八人。アルフォワース側の代表として、調査隊の隊長であるハミルトンと副隊長のソルベンヌ、王立研究所のマレルとカーサリー、その他二名の兵士が集まっていた。

 会合はまずハミルトンの説明から始まり、これまでの情報を集約した次のことが伝えられた。

 ・『樹陰の浮島イソラ』へ繋がる橋を警護していた兵士が殺されたこと。その兵士たちは剣を抜いておらず、不意を突かれて殺されたであろうこと

 ・兵士たちはおそらく『樹陰の浮島』から来た魔物に殺されたと考えられること

 ・村中を捜索したが、魔物が侵入した形跡はなく、村には潜伏できるような場所もないことから、魔物は『樹陰の浮島』に戻ったと思われること

 ・魔物によって村の出入り口となる橋が落とされたこと

 そして、ハミルトンはそれらへの対応として、『樹陰の浮島』に通じる橋に兵士を十人規模で警戒に当たらせ、決して村には入らせないと宣言した。だが、この方針に対し、村の代表たちから不満と怒りの声が上がった。

「何を手ぬるいことを言ってるんだ! 今すぐあの橋を落とすんだ! そうすれば魔物はこちら側には来られない!」

 魔物という脅威から逃れるにはそれが一番の方法に違いなかった。この村には魔物という存在を実際に見た人間はいなかったが、伝え聞くだけでもその恐ろしさは人々に深く浸透しているようだった。加えて、村と外界を繋ぐ橋が落とされ、いわば魔物を内包する巨大な檻の中に閉じ込められたという状況に対する、人々の恐怖は推して知るべしだった。

 しかし、ハミルトンたちは受け入れなかった。新たな『創造の花リグレッタ』が発見された場所を簡単に放棄することはできないというのだ。

 そこからは喧々囂々の意見が交錯する言い合いが続いたが、そんな中、ハンナが平静な態度を崩さぬまま、すっと手を挙げた。

「まず一つ確認しておきたいことがあります。私がこの集会所に来た時、すでにこんな噂が広まっていました。魔物が村の入り口の橋を落としたのは、私たちをここから逃がさないため。つまり私たちを皆殺しにするためだと。しかし、魔物というのはそこまで知恵が回る存在なのでしょうか? そして、それほど悪意に満ちた存在なのでしょうか?」

 その発言に再び、代表の中から喚き立てるものが現れるが、「今は私が質問しているのです」とハンナが告げただけで、気圧されるように引き下がった。それはこの村におけるハンナの発言力の強さが分かる一場面だった。

 村人たちが聞く態度に入ったところで、ハミルトンはマレルに魔物についての説明を求める。促されたマレルは一つ咳払いをすると、一同を見渡し、話し手を引き受ける。

「えー、魔物の凶悪さがどれほどのものかと言われれば、まさしくそのご婦人が言われた通り、残虐無比と言って過言ではないでしょう。人を殺すことは彼らにとっての存在意義レゾンデートルなのです。その本能をもって彼らがあらゆる手段を取ってくることは、これまでの記録から分かっております。また、魔物は世間で認知されているよりも高度な知性を持っております。いや、たぶん皆さんは動物でさえ、その知能を低く見積もっているのではないでしょうか? 例えば、その辺にいるカラスでさえ、段階的思考による未来予測をすることができます。これは簡単に言うと、一を得るには二をやって、二をやるには三をやる必要があるといったことで、カラスはこれを論理的に理解しているのです。また狼などのイヌ科の動物は群れで狩りをしますが、あれは闇雲に獲物を追い掛けているのではないのです。予めそれぞれに役割を決め、獲物を追い詰めるルートまでをも計算して非常に組織だった狩りを行っており、例えばそれは……」

「で! 結局魔物は私たちを逃がさないために橋を落としたのか、どうなんだ!?」

 マレルの長口上に痺れを切らした、村の代表の一人が迅速な結論を求める。話を遮られたことに不平そうな顔をしつつ、マレルはぼそりと答える。

「……ま、そうでしょうね」

 途端に議場は混乱と憤りとそれぞれの思惑が入り混じった喧騒に包まれる。その有様にハミルトンが額を押さえ、

「マレル君、無駄に村人を煽らないでくれ……」

「わ、私はただ魔物という存在について事実を正確に……」

 必死に弁明するマレルを遮って立ち上がり、声を張り上げる。

「ともかく『樹陰の浮島イソラ』への橋を警備している兵士たちは精鋭揃いです。決して村には侵入させません。魔物が何匹いるかは分かりませんが、この魔物は兵士たちを殺したあとすぐに引き返し、これまであの浮島に行った調査隊にも一切手出ししていません。このことからあの浮島に潜伏しているのは強力な魔物ではなく、数も少ないと考えられます。それでも、もし現存戦力で対応が難しいと判断した場合はあの橋を落とします。よろしいか?」

 ハミルトンの説明は一応の説得力があったのか、村人には不満を残しつつも反論する者は居なかった。それを見て、今度はハミルトンから村人に質問を振る。

「では、今度は私から皆さんに聞きたい。落とされた村の入り口の橋はどのくらいで再建できるか分かりますか?」

 その質問には、村で橋の建設を担っているという中年の男が答えた。男が言うには、村の外の人間も橋が落とされたことにはすぐに気付くはずで、改築中の橋を両岸から協力して仕上げれば、人が通れるようにするだけなら一週間あればできるという。

「では、それが開通したら正式に討伐隊を申請する。それまでは我々が必ずあなた方を守る」

 それからハミルトンは副隊長に何やら耳打ちし、一つ頷くと村人たちに向かって告げる。

「それと我々から一つ要望がある。これまでと同様、『創造の花リグレッタ』を『修学の浮島』の学校の近くにある保管蔵に収容させてもらいたいのだが、加えてこの魔物の件が決着するまで『修学の浮島』への人の立ち入りを制限させてもらいたい」

「……それはなぜじゃ?」

 そこでようやく発言らしい発言をした村長に対してハミルトンが答える。

「魔物の警戒に人員を割かなければならないため、『創造の花』の警備に回せるのはどうしても一人か二人。流石にそれでは心もとない。ならばいっそ、あの浮島に通じる唯一の橋を封鎖してしまえば、誰も『創造の花』に近づけなくなる。それに橋のこちら側には監視におあつらえ向きの小屋があり、見張りの兵の交代も淀みなくできます。この集会所で『創造の花』を警備することも考えたのですが、ここは窓が多く、それに扉の鍵も簡素なものです。一瞬でも隙を突かれれば簡単に盗まれてしまう。よって今提案した方策を取りたいのです。ああ、それと……」

 そこでハミルトンはハンナの方を向く。

「あの浮島に住んでいるのはハンナさんとそのお孫さんだけと聞いておりますから、お二人だけは通行を許可します」

 村長が村の代表の何人かと小声で話し合い、最後にハンナに話を振る。

「ハンナ、今の話をどう思う?」

「私は別に構いません。学校は休校にせざるを得ませんし、私たちは行き来できるなら生活に困ることはないでしょう。ただし、万が一魔物が村に入ってきた場合、学校の校舎を村の人々の避難場所にすることを許可願います。この村では、あの校舎が一番堅固な建物ですし、特に私にはお預かりしている子供たちを守る義務があります」

 この状況にあって、的確な判断を下す冷静さと毅然とした態度にハミルトンは感心したように顎をさする。

「了承した。そうはならないと我々は確信していますがね」

 自信を漲らせるハミルトンはそのままハンナに話しかける。

「ところでハンナさん。さっき知ったのだが、先日、あの『樹陰の浮島』の上を魔物が飛んでいるのを目撃したとの話があったのだが、その目撃者というのが、今回、部下の遺体を発見したあなたのお孫さんだというのは本当ですか?」

 アルジェルは確かにそう話していた。そして、そのために『樹陰の浮島』の調査が延期されることにもなったのだ。

 ハンナが少しだけ表情を険しくして答える。

「ええ、そうです。ただ、あの子は魔物を見たとは言っていませんでした。『黒い翼をした大きな何かが飛んでいた』と言ったのです」

「なるほど。この話は我々の間でも見間違いではないかという話になっていたのだが、こうなるとそれは本物の魔物だったのかもしれない。よって、もう一度、お孫さんに詳しく話を聞かせてもらいたいのだが」

「いえ、それは遠慮願います」

 明確に拒絶を示され、ハミルトンは一瞬言葉を詰まらせる。

「あの子は今、本物の『死』というものを目にして気が動転しています。そこへ魔物の話をすればさらに心を傷つけかねません。よってその申し出はお断りさせていただきます」

 その言葉にハミルトンは理解を示すように頷く。

「では気持ちが落ち着いてきたら話せるだろうか?」

「私が見て問題ないと判断し、あの子がいいというなら、ご協力いたします」

「ふむ。分かった。ではこれはまた改めて相談させていただくとしよう。では続けて申し訳ないが、こちらのマレル君からもあなたに聞きたいことがあるそうだ」

 そうしてハミルトンが促すと、なぜか待ち侘びたとばかりにマレルが楽しそうに話し出す。

「どうも、王立研究所のルーカス・マレルです。ええっと、アンナさんでしたっけ?」

「ハンナです」

「これは失礼。それでハンナさん。実は私から聞きたいこともあなたのお孫さんについてなのです。今日、あなたのお孫さんが魔法学園エルザの特別研修生だという少女とここに来て、事件について話してくれたんですが、その時、こう言ってたんですよ。『治そうとしたけど無理だった』と。初めは何を言っているのか分からなかったんですが、一緒にいた少女が兵士たちの応急処置をしようとしていたのだと説明し、ハミルトン隊長たちはそれで納得したようでした。ただ少女が話し出す前、私の耳には少年が『魔法で……』と呟いたように聞こえたのです。まさかとは思うのですが……ひょっとしてお孫さんは回復魔法を使えるのですか?」

 その質問に騒めいたのはもっぱら村の代表たちだった。それぞれが驚きの眼差しを向ける中、ハンナは泰然とした態度を保ったまま言った。

「ええ、その通りです。あの子は魔法が使えます」

「なんと素晴らしい! あの年でしかも回復魔法を使えるとは! ご婦人、これはすごいことですよ!」

 マレルは目を輝かせ、歓喜の声とともに立ち上がる。しかし、対照的に村の代表たちの顔に浮かんでいた驚きは、マレルとは逆の方向に向かいつつあった。それを見つつ、アインがほとんど口を動かさずに呟く。

「バレたな」

「うん、クリアスは何とか誤魔化そうとしてくれたんだとは思うけどね」

 飛龍の予想通り、クリアスは隠し通そうとしたのたが、平常心でなかったアルジェルが漏らした一言をマレルが耳ざとく聞つけていたのだ。

 村人を取り巻く空気の変化には全く気づかず、マレルは身を乗り出してハンナに話し続ける。

「こんな才能を片田舎で埋もれさせておくのはもったいない。これは是非とも王立研究所に来てもらいたいものだ!」

 それに対して、ハンナは軽く微笑みを返す。

「実は私もあの子をより良い環境に置きたいと思って、魔法学園エルザへ入学させようと考えているんです」

「なるほど、魔法学園に! 王立研究所も魔法研究の部署があるが、確かに魔導士としての能力を伸ばすならあそこが最適ですね。お孫さんなら問題なく入れるでしょう」

「はい。そう願っています。入学試験を受けに行けるかが心配でしたが、それも目処がつきました。これでようやく私も安心できます」

 ハンナが穏やかな笑みを返したところでハミルトンが手をあげる。

「マレル君。話というのはそれだけか? それならそろそろ終わりにしてもらえないかな。皆さん、我々も今後に備えてすることがあります。今日のところはここまでと言うことに」

 そうして会合は解散した。アルジェルを迎えにハンナは部屋を出て行く。その後ろ姿を見ながら、アインが飛龍にしか聞こえない声で囁く。

「あの婆さん、クリアスがまだ返事していないのにすでに任せる気満々だな」

「そうだね。それにアルジェルの魔法学園への入学もあの人の中では決定事項みたいだ」

 しばらくその場に留まっていた二人も、やがて立ち上がり、クリアスたちがいる部屋へと向けて歩き出す。その途中でアインが小さく、しかし重い唸り声のような声で言った。

「『ようやく安心できる』だと? 孫を見知らぬ土地に行かせるというのに、不安の一つも口にしないとはな……」


「そう、そんなことがあったんだ……」

 話を聞いたクリアスの脳裏には様々なことが渦巻いていた。だが、やはりまず解決しなければならないのは魔物の問題だ。魔物について考えなければならないことはいくつもある。だが、その中でクリアスは一つ、ずっと気に掛かっていたことを口にする。

「ねえ、飛龍。もし魔物があの浮島イソラから来たのだとしたら……飛龍が会ったセリアって女の子が心配じゃない?」

 兵士たちの遺体を見た時には、衝撃にそこまで気が回らなかったが、アルジェルと集会所で飛龍たちを待っている間に、ふとそのことが思い出された。魔物がいるかもしれない森に少女が一人でいる。セリアに恩のある飛龍としては気が気でないのではと思っていた。しかし、飛龍は存外落ち着いた声で言う。

「うん、心配だったよ。最初はね」

「最初は?」

 意外な言葉にクリアスは戸惑う。もちろん自分の発言が他者にそのような感情を呼び起こすと分かっていたようで、飛龍はその理由を説明する。

「兵士たちの遺体を見た後、僕はすぐに彼女を助けに行かなければと思った。でもあの状況ではあそこを離れるわけにはいかなかった。それで逸る気持ちを抑えて自重したんだけど、そのおかげで一度冷静に考えることができたんだ」

 飛龍の黒い瞳が磨かれた黒曜石のような輝きを放つ。飛龍はその瞳をクリアスに向け、言った。

「クリアス、僕はこう考えてる。あの森に本当に魔物はいるのかなって」

 明らかに反語と分かるその物言いにクリアスの瞳孔が開く。しかし、驚きは一瞬で、クリアスは少しだけ身を乗り出し、飛龍と向かい合う。

「あなたの考えていることを教えて」

 飛龍は頷くと床に視線を落としながら話し出す。

「まずあの兵士たちはどうやって殺されたか。それを考える上で僕はアインが戻って来るまで、魔物を警戒しながらあの兵士たちの死体をずっと見ていたんだ。そうしたら色々な点でおかしいことがあるのに気付いた」

 それを聞いたクリアスの顔に少しだけ不快感が滲み出る。飛龍は平然と言ったが、あれは紛れもなく人の命が失われた姿であり、思い出すだけで、今も目の前にあるかのように目を逸らしたくなる。ましてそれを見続けることなど到底できるとは思えなかった。

「集会場でハミルトン隊長の話にもあった通り、兵士たちは剣を抜く間もなく殺されていた。このことから二人は不意を衝かれて殺されたのだと分かる。でもそれだとがおかしいよね」

「向き?」

 聞き返すクリアスに飛龍は喉元に手を当てながら話す。

「兵士たちは喉笛をやられていた。それも一撃でね。でも彼らはあの浮島イソラに無断で人が入らないよう、見張るためにあの場にいたはず。もし魔物があの浮島から来たんだとしたら、から襲われているはずだよね?」

「あっ!」クリアスは声を上げる。飛龍の言う通り、魔物が浮島から来たのだとしたら、致命傷は喉の傷だとしても、それ以外に何も傷がないのはおかしい。しかし、クリアスが行き着いたその結論にアインが異を唱える。

「それはないとは言い切れんぞ。例えば魔物が背後から忍び寄り、気配に気づいて振り向いたその時に殺られたのかもしれない」

「一人ならね。でも流石にもう一人は剣を抜くぐらいはできたんじゃないかな」

「魔物も二匹いて同時に攻撃したのかもしれない」

「それもないわけじゃないね。ただ、アインが言うような形で襲われたのだとしたら、兵士たちはなぜ直前まで気付かなかったのか? 兵士たちの背後は吊り橋だよ。あんな不安定なところを気付かれずに渡って来るのはかなり難しいんじゃないかな?」

「そういった気配を消して移動するのを得意とする魔物かもしれない。魔物の形態はそれこそ千差万別らしいからな」

「う~ん、その点を考えると魔物という存在は厄介だよね。動きや形が限定できないっていうのは」

 こういう時、飛龍はあらゆる事態を想定し、少しでも可能性があるなら無理には否定しない。それは事実に真摯に向き合う飛龍の姿勢が表れていた。

 と、クリアスはそこでアルジェルの証言を思い出す。アルジェルは『樹陰の浮島』の上を黒い翼をした何かが飛んでいるのを見たという。もしそれが魔物で兵士たちが上空から降りてきた魔物に襲われたのだとしたら、不意を衝かれてもおかしくはない。

 しかし、その考えをクリアスはすぐに否定した。もしあの浮島に空を飛べる魔物がいるなら、なぜ今になって人を襲い始めたのかという疑問が生じる。それに村のどこにでも行けるのに、敢えて橋を見張っていた兵士を殺す理由がない。やはり、魔物だとしたら吊り橋を渡ってきたと考えるべきだ。しかし、そうなるとアルジェルが見たのは一体何だったのか?

 だが、それはひとまず思考の端に置き、クリアスは飛龍の説に対する考察を再開する。

「でも、飛龍。もしあなたの言うように、兵隊さんたちを殺したのがあの浮島から来た魔物でないなら、誰があんなことをしたっていうの?」

「それは消去法で考えるならまさしく君が言った通りだよ。『誰が』というのは分からない。でも『誰』というのは人に対して使う言葉だよね」

 クリアスの顔からさっと血の気が失われる。

「そんな……。じゃあ、あれは人間……つまりこの村にいる誰かがやったっていうの?」

 人の手による殺人。それは魔物による恐怖とはまた別の、粘ついた恐怖をクリアスに抱かせた。しかし、そうであると仮定したとき、クリアスはあることに疑問を抱く。

「でも、あの傷は? あれは刃物なんかの傷には見えなかったけど……」

「僕も最初見た時はそう思った。だけど、あんなのはどうにでもなるよ。例えば首を刺して殺した後、傷口を抉るなり引き裂いたりすればいくらでも偽装できる」

 その生々しい表現に今度は明確に不快感を露わにするクリアス。その表情を見て、飛龍が申し訳なさそうに頭を掻く。

「ごめん。少し言い方を考えるべきだったね。ひとまず方法は保留して置くけど、つまりは魔物でなくてもあの殺し方はできたってことなんだ。そして、人の手によるものと考えると最初話した向きの問題も解決する」

「そうなの?」

 首を傾げるクリアスに飛龍は頷きを返す。

「近づいてきたのが人だったら、兵士たちもいきなり剣を抜くなんてはしないはず。そうして油断しているところを一息に仕留める。アイン、どうかな? これなら正面から二人を殺すこともできるんじゃないかな?」

 意見を求められたアインは平然とその質問に答える。

「そうだな。投げナイフなどに長けた奴なら、ある程度距離が離れていても可能だろう。油断していたなら、なおさらだ」

 元暗殺者の言葉はこれ以上ない説得力があった。そして、殺人の方法を平気で話し合う二人をクリアスは複雑な心境で眺めていた。

 ――二人とも普段はあんなに優しいのに……

 もちろん飛龍もアインも意味もなく人を殺すような人間ではない。むしろ普通の人以上に命の重みを知っている。だが――

 憂いの色を乗せたクリアスの瞳には気付かず、飛龍は一段と黒の光沢が増した瞳で話を続ける。

「そして、最後に僕が魔物はいないと思った決め手になったこと。それは魔物が橋を落としたことだよ」

 会合では、魔物はこの村から人々を逃がさないようにするため、橋を落としたという話になっていた。それについてはクリアスも半信半疑だった。ただ、魔物という存在がそんなことを考え、実行するのかと問われれば、それはあり得ないとは言えなかった。マレルが言っていたように、魔物は人々が想像しているよりも高い知性を持っている。そして、クリアスは知っている。その中には人間と同じぐらいに、いやそれ以上の知性を持った特別な存在がいることを。

 しかし、飛龍はこの話には確信に近い形で否定的なようだった。

「どうして飛龍はそうじゃないと思うの?」

 すると飛龍は人差し指を立てて言った。

「だってさ。もしあれが『樹陰の浮島イソラ』から来た魔物の仕業だとしたら、どうしてあの橋がこの村と外界を繋ぐ唯一の道だと知っていたんだろう?」

 その問いかけるような提示に、クリアスはしばし考えた後、あっと眼を見開く。

「確かにそうだわ! あの浮島へはずっと行き来ができなかったんだから……」

 飛龍が頷く。

「もちろん、あの橋は麓へと下る道に続いてるのが見えるから、村の出入り口の一つと考えても不思議じゃない。でもここはいくつもの台地が吊り橋で繋がった土地で、一目見ただけで、あそこが唯一の出入り口だとは分かるはずがない」

 このグランザルムの台地には高い木はほとんど生えておらず、視界は開けているものの、各浮島には高低差もあり、村全体を見渡せるわけではない。よって、もし魔物の知能が高ければ、逆にこの方法では村人を孤立させることはできないと思うはずだ。

「それともう一つおかしな点がある。それは吊り橋の奥にある改修中の橋が無傷だったことだよ。もしこの村の人々を逃がさないようにするなら、あの橋も完全に壊そうとするんじゃないだろうか。でも橋にはそれを試みた跡さえなかった」

 飛龍の淀みない説明が続く。

「つまり、あの兵士たちを殺した人物は、いずれ村の外に出るために改修中の橋は壊さなかった。このことからもこの人物が外から来たということが分かる」

「でも飛龍。だとするとその人はどうしてあの兵士さんたちを殺したの?」

「それは分からない。でも……」

 飛龍は鋭い視線を一点に定めたまま、答える。

「あの橋を落としたのはこの村から人を出さず、外からも入ってきて欲しくないからだ。だとしたらこの人物はまだ何かをする気だ。たぶんこの一週間のうちに何かが起こる」

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