友の行方
――翌日
飛龍がいつ帰って来るか分からないため、クリアスはそれまでにアルジェルたちの元を訪れるつもりだった。しかし、今、その目に映るのは『
それは今朝のこと――宿の食堂で食事を摂っていると、
「あいつらは……」
ふと上がったアインの視線の先には、冒険者と思しき二人組の男たち。一人は小柄なクリアスよりもさらに背が低いのではないかと見える小男で、腰に二振りの小斧をぶら下げている。もう一人は対照的に筋肉質の巨漢で、ざんばら髮に硬質な表情は太古の巨人を連想させた。
「知ってるの?」
「あいつらはこの間、あの森の調査隊に参加していた奴らだ。おそらく昨日も飛龍と一緒だったはず」
と言うことは、調査隊はもう帰還していることになる。それなら飛龍も戻ってきているはずだが……。
アインがその二人の元へ歩み寄っていく。クリアスもどうにも気になり席を立つ。
「おい、あんたら、昨日の調査にも参加してたんだろ? 飛龍はどうしたんだ?」
「おっ、あの黒助の仲間の
「俺に?」
その意図が分からずアインが眉を顰めると、小男は軽薄な気配を消し、唇をゆがめる。
「ああ、正直言い難い話なんだが、伝えねえとな……。お前の相棒だが、例の女がまた現れてそいつを追った結果、あいつは崖から落ちた。はっきり言ってあれじゃ助かる見込みは零だ」
「なんだと……? それはどう言う……」
「それ、どう言うことですか!?」
アインの後を追って来ていたクリアスがたまらず割って入ると、小男は虚を突かれた顔でアインに尋ねる。
「おい、この可愛い子ちゃんは?」
「俺たちの仲間だ。そんなことより飛龍のことを聞かせろ」
「なんだよ、お前。昨日来なかったのはそういうことかよ。相棒がいない隙に自分はお楽しみってのは、ちょっと義に悖るんじゃ……」
「私とアインはそんなんじゃありません! そんなことより飛龍の話を!」
苛立ちをぶつけるクリアスに、小男はばつの悪そうな顔をした後、ことの経緯を話し出す。
「昨日、森に出向いた俺たちの前に、またあの謎の嬢ちゃんが現れた。そして、今回は本気で攻撃してきてな。俺たちは反撃し、今度こそ崖っぷちまで追い詰めたんだが、黒助は傷つけるなと嬢ちゃんを庇いやがった。そうして調査隊や黒助が言い合っているうちに、追い詰められたその嬢ちゃんは崖の向こうに身を投げた。といっても死のうとしたわけじゃなく、壁面の蔦を伝って逃げようとしたんだ。たぶん前回もそれで逃げたんだろう。だが、今回はその蔦が剝がれちまって、黒助は助けようとしたが、結局、二人もろとも崖下へってことだ」
「そんな……」
その知らせに青ざめるクリアス。
断崖が切り立つこのグランザルムの台地は、深いところでは数百メートルの落差がある。小男の言う通り、滑落すればまず命はない。
「そういうことだ。だが、俺たち冒険者が命を落とす時は大抵呆気ないもんだ。気の毒だが、これが天命と受け入れるんだな」
そういうと、小男は巨漢の男とともに離れていく。
「アイン……」
突然突き付けられた信じがたい現実にクリアスは縋るような目を向ける。だが、アインの顔には悲嘆さは微塵もなかった。
「あいつはそう簡単にくたばる奴じゃない。確かめにいくぞ」
鋭い眼差しを前に向け、歩き出す。その姿に一縷の希望を見出し、クリアスもアインの背を追い、歩き出した。
飛龍が落ちたという『樹陰の
現在、『樹陰の浮島』は、アルフォワース王国軍及び王立研究所の管轄となっている。前回、アインたちは調査隊の一員として渡ることができたが、『
よってその許可を得るため、クリアスたちは街の集会所に駐屯している王国軍の元へと足を向け、ここを取り仕切っている調査隊隊長であるハミルトンに面会していた。が、しかし――
「それは認められない。あそこへ入れるのは今後、我々アルフォワース王国の関係者のみとなる。調査・探索活動も昨日で終了だ」
硬い岩のような表情でハミルトンはそう告げる。
「でも、私たちの仲間が助けを待っているかもしれないんです!」
「あの黒衣の青年のことなら私もその場にいたので事情は分かっている。残念だが、あそこから落ちたのでは到底生きているとは考えられない。無情なことを言うようだが、そういった危険も承知の上でお前たちは雇われたのではないか? それに、そもそもあの青年が素性の分からぬあの少女に肩入れし、あまつさえ我々の行動を妨害したためにこのようなことになったのだ。それらも含めて、いわば自己責任といってもいい」
本人が前置きした通り、クリアスにとっては無情としか思えぬ発言だった。だが、相手の立場を考えれば、無茶な意見と非難することも出来ない。すると閉口するクリアスに代わってアインが口を開く。
「ところで調査を昨日で打ち切った理由は?」
その質問にもハミルトンの表情は変わらない。――だが、わずかに間が空いた。
「それは昨日であの浮島のほぼ全域を調査し終えたからだ。あとは王立研究所がこれまで集めた情報を精査し、あの地にどれだけの価値があるかを判定する。ゆえにその見解が出るまであそこは封鎖することにしたのだ」
「何か価値があるものでも見つかったのか?」
重ねて投げかけられた質問に、ハミルトンはやはり鷹揚自若といった態度で答える。
「それをこれから見定めるということだ。結果が出て、王立研究所が一般人も入っていいと判断すれば許可も出そう。だから、それまでは待つことだな」
これ以上粘っても話が通ることはないと判断し、クリアスとアインは集会所を後にする。
歩きながらアインが言う。
「何か臭うな。奴らは何かを隠している」
「それは飛龍の身に起きたことと関係があるってこと?」
クリアスの胸に一層の不安が募る。以前、遭遇した事件から王立研究所並びにアルフォワース王国に対しては、どうしても疑いの目で見てしまう。
「それはまだ分からない。とにかくあいつが生きているかを確かめるのが先だ」
そうして今、二人は問題の『樹陰の
橋の前には王国軍の兵士が二人屹立し、油断なく見張っている。クリアスはその後ろに控える、美しい森に目を向けていた。
高い木がほとんどないこのグランザルムの地で、不思議なことにこの浮島だけは鬱蒼とした森が繁っている。その森の樹々は、高いところから燦々と降り注ぐ日の光によって、赤や黄に色づいた葉を皮肉なぐらい艶やかに輝かせている。
隣に並んだアインが同じく森を眺めながら小声で言う。
「あの程度の兵士たちなら昏倒させて強行突破することは可能だ。だが、後々のことを考えるとそれは得策じゃないだろう。あくまで最終手段だ」
クリアスはそれに耳だけを傾け、憂いの眼差しで森を見続ける。
「きっと、大丈夫だよね……」
「……とにかく確認することが先決だ」
楽観主義者ではないアインが、当然抱いているであろう考えを別の言い回しにしてくれたことにクリアスは感謝した。と同時にアインが言った「確認する」ということが可能なのか、不安が込み上げる。
グランザルムの渓谷は常に霧で満たされ、谷の終着点を望むことができない。ゆえに調査隊も推測でしか飛龍の安否を答えられなかったのだろう。しかし、霧がなければなかったで、そこにあって欲しくないものが見えてしまうかもしれないのだ。
「クリアス、ここでこうしていても仕方がない。戻って他に手はないか考えるぞ」
「うん……」
クリアスは小さく頷き、気持ちと同じく重い足を帰路へと向ける。きっともう一度会えることを信じ、晩秋の風に揺らめく美しい森を振り返り――
「あれは……」
吊り橋の先、森の木々の間に動く何かが見えた。それは徐々にはっきりと見えるようになり、そうと意識した時にはクリアスは走り出していた。
「飛龍――――‼」
見張りの兵士たちも驚いて振り返る先で、呼ばれた黒一色の人物は遠目でも分かるぐらい驚きを露にし、ゆっくりとそれでも
「クリアス、どうして君がここに……?」
しかし、その言葉には答えず、クリアスは怒ったような顔に涙を浮かべながら、戸惑う黒衣の青年に抱き着く。
「もう! 心配したんだからっ!」
無二の友人が確かにここにいる。その実感をしばらく全身で確かめ、それからクリアスは体を離した。だが、久しぶりに再会したその顔は何かに耐えるように顰められていた。
「どうしたの? ……あっ!」
一見、何でもない様子に見えたため、つい忘れていたが、飛龍が崖から落ちたというのは調査隊の面々が見ていて間違いないことだ。ならば負傷していることは当然考えられたはず。
「ご、ごめん! どこか怪我してるの? 大丈夫?」
おろおろと狼狽えるクリアスを前に、飛龍は歪めた顔を笑顔に変える。
「大丈夫だよ。それほど大した怪我じゃないから。それよりも僕は君がここにいる理由が知りたいよ」
「えっと、それは……」
「それは後にしたらどうだ?」
アインが吊り橋の入り口にいる兵士たちの元から歩いてくる。
「事情は説明しておいた。あとで色々訊かれるかもしれないが、お前は元々許可されて立ち入っていたのだからそれほど問題にはならないだろう。それより動くのに支障はないんだな?」
「うん、その点は大丈夫だよ」
「じゃあ、ひとまず宿に行くぞ。それから何があったか聞かせろ。お前のことだから、なんとなくまた妙なことになっている気がしている」
「随分な言われようだね。まあ、アインの言う通り、一言じゃ説明できないことがあったよ」
その壮健な様子に今度はゆったりとした安堵感を覚え、クリアスは顔を綻ばせる。すると先行していたアインが顔だけを向け、言った。
「言っただろ。こいつはそう簡単にくたばる奴じゃないってな」
ややもすれば冷たくとれる言葉。しかし、クリアスは確信する。その中に正反対の感情が秘められていることを……。
久々に味わう温かく、少し不思議な感覚。高揚する心が表に出過ぎないようにと気を付けながらも、体は自然と二人の間で軽やかに動き、クリアスの顔は溢れる思いで輝いていた。
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