第7話 最期
「気分はどう?」
どうして。
彼女にこの状況を聞こうと思ってもガムテープで口を塞がれているせいで声が出ない。でも、僕の疑問を当然彼女は理解していて、その口元に薄ら笑みを彼女は浮かべた。
「どうして、こんなことをされているのか分からないって顔ね。まだ自覚がないの?」
そもそも、ここはどこだ。
車の電源は落ちていて、真っ暗。
かと言って、周りの風景の中にも灯りは見当たらない。
窓は締め切られているから、外の音も聞こえない。
かろうじて彼女の表情が分かるのは月明かりのおかげだろう。
「前世の話をしたの覚えてる? 今までたくさんしたわよね。あなたと私で前世の話」
もちろん、した。
僕と彼女の接点は最初、前世しかなかった。だから、彼女に近づくために前世の話を持ち出した。前世のことを僕も彼女も覚えていたから、彼女と結ばれることになったのだ。
「いつか、健太くんは私に夢で思い出すって言っていたけど、それ、嘘よね? 私に話をしようとした時、あなたは言葉を選ぶようにしていたわ。本当は全部覚えていて、私になにを話したらいいか選んでたんでしょう?」
それはそうだ。
僕は全てを知っているが、彼女には話せないこともある。だから、僕はゆっくりと頷いた。すると彼女はにこりと微笑んだ。
「素直なのはいいことよ。私、正直な人って好きなの」
彼女の好みは把握している。前世と変わらないのなら、彼女は正直者が好きで、嘘は嫌いだ。だから、僕は最初から嘘をつくべきじゃなかったかもしれない。
「一言だけ話していいわ。一言以上喋らないで。どうして、私に嘘をついたの?」
彼女はゆっくりとあまり僕が痛みを感じないように僕の口元のガムテープを剥がした。ガムテープが口から離れた。僕はいつも通り、慎重に言葉を選ぶことにした。
「……だって、あまりにも……前世は酷だったから、君に全部話すわけにはいかないと思って……城は陥落して、君も処刑されて……そんなことを話題にできるほど僕は」
「もういいわ」
彼女はガムテープを僕の口に貼りなおした。
丁寧につけなおすと、足元からガムテープを拾い上げて、新しいものを僕の口に重ねていく。思わず呻く。これじゃあ、まるで、もう喋るなと言われているようなものだ。
彼女は笑った。
「あなた、頭がいいと思っていたけど、嘘だったみたいね」
ガムテープを使い切ろうとするほど豪快に使う彼女は優雅に笑った。まるで、それは前世の彼女のようだった。
「私よりも先に死んだ王子が私が処刑されたことを知ってるわけないじゃない」
「……」
「城を攻められた時、部屋の中にいた私と王子が、農民がクーデターを起こしたなんて知るわけないじゃない」
「……」
「つまりはそういうことよ。あなたはクーデターの全容を知っていて、私の処刑を知っている人物。つまり、王子を私の目の前で殺した大臣の息子でしょう? まだ懲りてなかったのね。そこまでして、私と一緒になりたいの?」
僕は思わず彼女のことを睨みつけた。彼女の笑みはよく覚えている。その見下すような笑みは彼女が前世で死ぬ前に僕に向けた笑みと一緒だ。明らかに自分の方が立場が下なのに、僕を見下して憐れむ笑み。
なにが悪い。
僕は彼女を手に入れたかった。
今生こそ、彼女を手に入れられたと僕は本気で思っていた。それなのに、あいつだ。あいつが現れた。前世でも、僕から姫を奪ったあいつが。幸いあいつは前世の記憶を持っていないようだったから親友となることでなんとかしてきた。
でも、やはり、それじゃダメだったんだ。
姫子は確実に輝明を見て、前世の王子を感じただろう。僕が一目見ただけで姫子が求めていた人だと分かった時のように。
「私、ずっと思っていたの。王子を殺された時、処刑された時……ずっとずっと、次があるならって考えたわ」
彼女は僕の首にその細い指を這わせて、軽く力を込めた。
「今生こそ、王子と幸せになってやるって決めたのよ。なのに、あなたは王子を騙って、私のことを騙した。あなたが現れなければ、私は復讐心も前世に置いたままにしていた。でも、あなたは私の復讐心を呼び起こしたのよ。責任はとってもらうわ」
彼女は、とても楽しそうに笑った。
「地獄に堕ちなさい」
彼女は僕の首から手を離して、車の電源を入れると運転席の扉を開けた。
ザザザ、と遠くもない位置から波の音が聞こえる。
彼女は木の棒をアクセルに押し当てて、椅子に固定した。ゆっくり、ゆっくりと車が動く。
「あなた、一人でね。私は王子と一緒に生きるから。さようなら、永遠に」
彼女は清々しい程の笑顔を僕に向けて、僕がガムテープの下でなにを喚こうと気にせずに扉を閉めて、こちらにひらひらと手を振った。
前世も今世も恋をする 砂藪 @sunayabu
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