第2話 奇跡の再会

 彼女の名前は、小口姫子こぐちひめこ


 高校に入学してきて、今までとはまた違う友人関係を築くことになった僕がクラスメイトの中で一番に気になった女子生徒だった。


 彼女が気になったのは、入学式。

 最初はただただ彼女の姿に目を奪われた。

 次に気になったのは教室で彼女が他の女子生徒と話していた内容を聞いたからだ。


「私、前世の記憶があるの」


 そう言った彼女に、話を聞いた女子生徒は最初嬉々として「どんな前世だったの?」と話を聞いた。高校生になったとしても僕らはまだまだ子どもだ。女子生徒達も学校の七不思議やタロットカードには今もまだ興味があったのだろう。


 前世はどんな人物だったのか。いったい何世紀の人だったのか。彼女たちはそれを姫子に聞きたがっていた。


 しかし、姫子の答えは女子生徒達が望むものではなかった。


「私、お姫様だったの。王子と結ばれて結婚までしたのよ」


 なんともファンシーな回答に女子生徒達は頬を引きつらせた。しかし、姫子はそんな彼女たちの表情を歯牙にもかけず、自分の前世の話をする。


「私が王子と結ばれたのは運命だったのよ。私が社交界で彼と会って、お互い一目惚れをしたの。当時の女性は家のことや階級のことを考えて、好きな人と結婚できなかったんだけど、私と王子は奇跡的に家柄も問題ないということで国王様に婚約を認めてもらったのよ。そのおかげで私と王子は結婚することになったの。でも、残念なことに、彼は結婚式を挙げたその日に亡くなってしまったのよ。私は悲しみに暮れたわ。だから、今生で王子ともし再会することができたら、今度こそ、添い遂げると決めているの」


 元からそういう設定を用意していたのか、はたまた、本当に記憶があるのか……。

 前者に違いないと話を聞こうとした女子生徒達は最終的には「そ、そうなの、頑張ってね」と当たり障りのない言葉を発して、姫子から距離を置いた。


 彼女が教室の真ん中の席でさも当然かのようにそんな話をしていたせいで、彼女を見る周りの目はきついものになっていった。まるで夢見る中学生を見るかのような視線。


「あいつはちょっと不思議だよな」

「勉強はできるみたいだけど、頭はイカレてるんじゃない?」

「王子とか姫とか自惚れすぎなんじゃないの?」

「見た目はいいんだけどなぁ」


 彼女の周りからの評価は様々だったが、まとめるとその全てが「前世なんて設定を言わなければな……」というものだった。


 確かにいきなり前世がどうのこうのと真顔で語りだされてもこちらはついていけない。まだ中学生ならともかく、僕らは数年後に大学受験を控えた高校生なんだ。そんな夢物語に付き合っていられない。


 誰もがそう思うだろう。

 僕は違う。


「前世の話、もっと聞かせてよ」

「え?」


 彼女は不思議なことに他人からの評価を真面目に受け止めていた。


 自分が前世について語っていることを周りが気味悪がっているとちゃんと理解している。だからこそ、彼女は最初に女子生徒に前世について聞かれた時以外は前世のことを話していなかった。


 つまり、彼女は正気で前世の話をしていたのだ。


 かといって、クラスメイトに避けられている現状を打破しようとすることもない。彼女は前世の話はただの冗談だと言うこともなかった。


 だから、僕は彼女に声をかけた。


 授業も終わり、部活も終わりがけの午後五時近く。

 人気のない踊り場で彼女は少し間抜けな声をあげて、僕のことを振り返った。

 踊り場で振り返る彼女とそれを階段の下から見上げる僕。


「前世の話を聞いてどうするの?」


 彼女は静かに口を開いた。


「私の前世の話をクラスのみんなに話して、笑い者にするつもり?」


 明らかに警戒されている物言いに一瞬だけ、僕は怯んだ。


「私のことを笑うのは構わないわ。もう吹っ切れているから。でも、私の前の人生のことを笑い者にするのは絶対に許さないわ」

「笑わないよ!」


 僕が彼女に声をかけたのは前世の話をネタにして、他の人達に話すためじゃない。彼女の前世の話に興味を持ったからだ。


 いや、本当は知っているからだ。

 彼女の前世の話は、本当だ。

 だって、僕にも前世の記憶があるから。


「君の前世の話を聞いた時……耳を離せなくなったんだ。知っているような、そんな気がして……」


 彼女はじっと僕のことを見下ろして、僕の次の言葉を待っていた。


「その……もしかして、プロポーズは……黒い大きな馬で二人で遠乗りをした時に、王子の方から告白した?」


 僕は記憶を総動員して、プロポーズの方法を思い出した。


 おぼろげな記憶の中では、彼女へのプロポーズは遠乗りに出かけた湖畔の近くで行われたはずだ。そこで「結婚してほしい」という言葉を彼女は受け入れた。


 こればっかりは記憶力の問題で、僕は間違っていないだろうかと恐る恐る踊り場の姫子の顔を見上げた。彼女は、目を丸くして、僕を見ていると思ったら、二段飛ばしで階段を駆け下りてきた。


 一気に僕に近づいてきた彼女が両手を広げて、僕も慌てて、両手を広げて、僕の腕に飛び込んでくる彼女のことを受け止めた。


「殿下! きっと会えると信じていたわ!」


 きついぐらい抱きしめられた僕は彼女のことを同じぐらいの強さで抱きしめ返す。ようやく、彼女を手に入れることができた。今生では彼女のことを手放さないと、僕は決意した。

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