前世も今世も恋をする

砂藪

第1話 最期

 僕には好きな人がいる。


 高校の入学式に出会ったその人を見て、僕はそれが運命だと思った。


 漆黒に浸からせたような黒の髪は絹のようにつややか、彼女の瞳、睫毛の細やかな長さまで、僕の心を奪うには充分だった。記憶の中の女性を思い出して、僕はすぐに恋に落ちたのを覚えている。


 そんな僕は彼女と付き合うことに成功した。

 人生で一番、成功した瞬間だったろう。


「ねぇ、健太くん」


 彼女は僕に囁いた。


 鈴を鳴らすような声ではなく、しっとりとした雨音のような、心に染み入るような声にいつも僕は落ち着いた。彼女がその口で一言一言言葉を紡ぐ度に僕の心は満たされた。


 そんな彼女は今運転席に座って、ハンドルから手を離して、助手席に座っている僕に目を向けた。


「ここまでのドライブ楽しかったでしょう?」


 彼女はにこりと微笑んだ。ちらりと見える八重歯が彼女の数ある中の一つのチャームポイントだ。


「私は全然楽しくなかったよ」


 彼女は運転席のドリンクホルダーからカフェオレのペットボトルを引き抜いて、優雅な動作で蓋を開けて、飲み始めた。


「ずっとドキドキしてる……今もだよ。君にドライブしよって誘ってからずっとドキドキしてるの。ねぇ、なんでだと思う、健太くん」


 彼女はカフェオレを飲むとぺろりと自分の唇を潤すかのように舌で撫でた。彼女の笑みは学校で見せる快活な笑みと違う、妖艶で、なにか、陰のあるような笑みだった。


 僕は僕の知らない笑みを浮かべる彼女に背中が泡立つのを感じた。ぞわぞわと、寒気とは違う何かに胸がざわつく。


 彼女は今、人気のない場所に車を停めている。


 車の中で彼女が大きな声をあげようが、なにをしようが、気になって近づいてくる人もいなければ、職質をしてくる警察官もいない。街灯さえもない舗装をされてもない道を分け入って入っていった先には真っ暗な空と海があった。


 灯台の光でも見ることができたらきっとロマンティックな雰囲気になっただろう。しかし、ここにはそんなものはない。むしろ、灯台の光がないからこそ、空を見上げれば満天の星空が見えたかもしれない。どちらにせよ、車の中にいたままでは見ることはできない。


 電話も圏外で誰にも邪魔をされない彼女と僕の二人きりの世界。


「私はドキドキしてるけど……健太くんはどう? ドキドキしてる?」


 そう言いながら、彼女は僕の唇を、ガムテープの上から指で撫でた。

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