最初は…。

「私は、川澄に依頼され人形を造り、彼が立ち直っていく姿を見た。それならば、他の誰かにも…。悲しみや苦しみや痛みを乗り越える存在を造ってあげたい。そう思って造り続けたのです。しかし、人間はいつしか依存をする。ただの人形に過剰なまでの期待をする。そして、人形も過剰なまでの想いを人間に抱くようになっていったのです。」


「ゐ空さんが、想いえがいていた結末ではなかったのですね」


「そうです。私は、次に進むためのバトンのような存在を造りたかったのですが…。実際は、次に進む事が出来ない足枷を造っています。」


ゐ空さんは、涙を拭っている。


「それでも、造るのをやめられないのは…。人形に殺されるからです。」


「殺されるのですか?」


「はい。一度造るのをやめた事がありました。悩んだ末に出した結論でした。体を休めるために旅行に行って、ゆったりとした時間を過ごしました。その日の夜、なぜか?私は、人形に首を絞められていました。私は、もう一度造る事を約束しました。それからは、一度も造るのを辞めていません。」


ゐ空さんは、そう言うと歩き出した。


「そろそろ、人形を受け取る人が来ます。ついてきて下さい。素敵なものを見せますよ」


そう言われて、四人でついていく。


「師匠、準備が出来ました。」


「はい」


お弟子さんが、現れた。


「ゐ空先生、妻と二人楽しみやったんです。」


「どんな風になりましたか?」


「素晴らしい出来映えですよ!モカ」


「はい!師匠、どうぞ」


「ありがとう」


ゐ空さんは、赤ちゃんの人形を抱いている。


「若葉や。若葉にそっくりや」


「ほんまやね」


「よかった。では、最後の仕上げをしますね」


ゐ空さんは、赤ちゃんの人形の胸を撫でる。


「オンギャー、ギャー」


っと、泣き出した。


「先生、凄いです。一生大事にします。」


「ありがとうございます。先生」


「はい、また一歳の誕生日に連れてきて下さいね。今日が、若葉ちゃんの誕生日ですから」


「はい、おおきに」


「ありがとうございます」


泣きながら、夫婦はいなくなった。


「皆さん、お茶をお出ししますね。」


お弟子さんに声をかけられた。


「行きましょうか」


ゐ空さんに、言われて、私達は別の部屋に案内された。


「生きてましたね。」


「はい、命を授けました。」


お弟子さんが、やってくる。


「お茶をどうぞ」


「ありがとうございます。」


「モカ、雅を連れてきてくれるか?」


「はい、わかりました。」


そう言うとモカさんと呼ばれたお弟子さんは部屋を後にした。


「皆さんが、驚くものを見せますよ。」


コンコン


ノックの音がする。


「どうぞ」


「失礼します。」


そう言って、男の人がやってきた。


「彼は、雅です。」


「初めまして、雅です。」


私達は、頭を下げる。


「人間だと思いますか?」


ゐ空さんの言葉に、私達は顔を見合わせる。


そこにいる彼は、人間でしかないのだ。


どう見たって、人間だ。


「雅、あれを見せてあげなさい」


「はい」


そう言うと、雅さんは右手で左手を外した。


「どうぞ」


渡された腕は、血もついていない。


「人形ですよ。雅は、22歳です。」


そう言って、ゐ空さんは笑った。


「これは、凄いですね。驚きました。」


私は、雅さんに手を返した。


「下がっていいよ。雅」


「はい、師匠。失礼致します」


雅さんは、下がっていった。


「さっきの夫婦を見ましたよね」


「はい」


「雅も赤ちゃんから始まりました。」


「そうなのですか?」


皆、ゐ空さんに驚いた顔を向ける。


「フッ、そんな驚いた顔をされるとは思いませんでした。私は、人形師ですよ。成長させる事など容易ですよ。」


そう言って、ゐ空さんは笑っている。


「しかし、人間にしか見えませんでした。」


宮部さんの言葉に、ゐ空さんは私達を見て微笑んだ。


「育てた方が、よかったのでしょうね。」


と笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る