絵を描かない二人

つちのこうや

第1話


 広いなあ。

 美術室とは別にある美術部の部室は、めちゃくちゃ広い。

 そんな広い部室では数人の人が絵を描いていて、そして学校の課題をやりつつ、文化祭関連の書類を書いている私がいる。


 私は、この渚ヶ丘学園の美術部の、雑用をしている。

 やらされてるのではない。美術部員の一人として、雑用をやるのが大好きなのである。

 まあ絵を描くのが好きな部員が大半なんだから、そんな部員がいてもいいでしょ。

 ねえ。

 そう思うよね?

 とか誰に向かって話しかけてるかというと、ノートに落書きした女の子。

 だいぶ変人だし、やっぱり絵を描くのが好きなんじゃんってね。うん。そうかも。

 


 でも、そんな簡単に好きとはいえない。

 私は相当にひねくれているし、好きだと認めることは、時には悲しいのである。


 さて、文化祭の書類は、今日書く分はもうすぐ完成だ。

 そう思った時、

「ぐうたら先輩の登場!」

とか言って部室に入ってきた人が。いやノートに書いた女の子と話してる私レベルに変人じゃん。大丈夫なの?

 

 とはいえやっぱり変なのは、そんな先輩に恋してる私。

 うんほんとに。


 でも恋してる理由は、変人なところが好きだからじゃないよ。


 まあそれはまたわかるでしょ。色々と話が進めば。




 ぐうたらな先輩は、私の隣に座ってきた。というか、私のいるこの少し大きめの机が、唯一、絵を描く人たちの邪魔にならない空間かもしれない。

「今日も勉強か」

「文化祭の書類はもう今日の分は書きましたよ」

「そうか。お疲れさま」

「ありがとうございます」

 いつもの会話感がある。

 とても小さな声での会話だ。

「そういや、先輩は、なにか絵、描かないんですか?」

「んーどうしようかな。じゃあねー、山中が描いたら、俺も書こうかな」

「え、それは脅迫……?」

「違うって。ま、つまりは俺もあんまり描く気はないってこと」

「そうですか」

 私は、書類をとんとんと揃えた。揃えるだけで、なんだかたくさん仕事をした気持ちになる。こういうのって、パソコンで仕事をしたら、味わえないんだろうなあ。未だに印刷した状態で書類を要求する文化祭委員に感謝である。

「ひまだから、ゲームしようぜ」

「いや、私今から学校の課題するので」

「えー、えらいな。そういや山中ってどういう進路なの? 大学受験?」

「大学受験する予定です。とりあえず理系かなと」

「とりあえず理系ってすごいな。俺数学全然できないから」

「……べつに数学ができるってっわけじゃないです」

「そうなの? まー、俺よりはできるから大丈夫だな」

「励ましありがとうございます」

「ほいほい」

 先輩は机に伏せた。

 おひるねかあ。先輩、赤点とったって前言ってたし、大丈夫なのかな。いや、先輩だから、赤点でもなんとかなりそうだなあ。先輩はそういうキャラなのだ。何とかなるタイプ。確信できちゃうね。第三者の私が。



   ☆     〇     ☆



「なんかあれだな、久々に来たら、絵を描いてない人がいるじゃん。俺の仲間か」

 最初に先輩と会った時、私はそう話しかけられた。

 たしかに私は絵を描いていなかったし、先輩はごくたまにふらっときて帰っていくという噂で、美術部で絵を描いていない者同士なんだろう。

 しかし、仲間ではないって言いたかった。

 いやなんとなくね、いきなり現れたふらふらした人に比べたら、私落ち着いてるし。

 でもとりあえず、

「こんにちは」

 挨拶した。まだいろいろとポジティブだった小学生のころは、挨拶をしないと先生に怒られるし、怒られないためか元気だったのかわからないけど、大きな声でこんにちはとか言ったものだ。

「はいこんにちは。ていうか……あれじゃん。絵描いてないって言ったけど、俺と違ってちゃんと仕事してるんだな」

「あ、はい……」

 先輩は私の手元をのぞきこんだ。

 今度学校でやる、展覧会のチラシを作っているところだった。この辺りの地域一帯に配る。

 個人的には部で一番センスがない私がチラシを作ると誰も来てくれないのではないかと思うけど、まあ、私の作るチラシには絵とかはなくて、絵ですらない単純な図形と、あとはフリーイラストなので、特に突っ込みどころはないだろう。

「ほー。あれ、名前なんて言うんだっけ」

「山中です」

「山中かあ……なるほど」

 いろいろと考えたのちにうなずいたかのように見せ、先輩はつづけた。

「頑張り屋だな」

「あ、ああ。ありがとうございます」

 私はお礼を言いながら驚いた。

 この先輩、たぶん私のことを相当見透かしていて、それでいて意外と優しい。

 だから私は、なんだか安心してしまった。

「ていうか、あれだな、山中がいるなら、おれももうちょい部活来ようかな。仲間っていきなり言ったのは悪かったけど、少しだけなら、共通点があるかもしれない」

 先輩は、そんな風に言う。

 確かにそうなのかもしれない。

 だって先輩、美術部に在籍はしてるんだもん。ほんとに初めから何もするつもりがなかったら、在籍しないんじゃないかな。

 


  ☆ 〇    ☆



 そんな私と共通点があるかもしれない先輩は、完全に寝ている。

 さて、私は文化祭委員のところに書類を出してこよう。

 私は席を立ち上がった。

 文化祭委員のいる部屋に行く。

 ちょうど副委員長の友達の姿が見えた。

「あっ、書類出しにきたよー」

「おっ、さすが美術部の部長さんは早いねえ」

「だから私部長じゃないよ」

「あ、そうなんだっけ? でも毎回色々と出しにくるのはいつもあなただから」

「まあね」

 私が少し小さめの声で答えてしまったのが友人にとっては気になるポイントだったのだろうか。

「も、もしかして色々めんどくさい仕事を押し付けられたりして、いじめられてる?」

 とか心配してきた。

「いや全くそんなことはない。そこんところはほんとに大丈夫」.

「そう? ならいいけど、でもこんなちまちましたことばっかりやるのは大変だから、周りの人にもやってもらったらいいんじゃない?」

 そう友人に言われて、ぼんやりと考えたのちに、

「そうかもなあ」

 と私はつぶやいた。


 部室に戻ると先輩が起きていた。

「おはよ」

「なんか朝みたいですね……」

なんとなく安心した私がそう笑うと、

「あっ、山中元気ないな」

 なぜかズバリと当ててきた。

「……まあこんなもんです」

「その元気のなさでこんなもんとかいうんなら尚更まずいな。先輩が連れてってあげよう」

「え、どこにですか?」

「あ、いや決めてなかったわ。やめとくか」

「あ、いえ、どこでもいいから行きたいです」

「お、マジ? ノリいい感じだね」

そんなふうに言った先輩は、珍しくすごく素早く立ち上がった。

 そして、

「あそこ行きますかね。」

どうやら、行き先も、思いついたようだった。




 そしてついた場所は海だった。

 位置的には、我が高校から最も近い距離にある海だろうか。

 バスで長々とかけてついた。

 もう暗い。

 当たり前か、だって放課後になってしばらくしてから、海に出かけたんだから。

「こういう風景を見たら、絵を描きたくなる?」

先輩はきいてきた。

「どうですかねー。先輩はどうですか?」

「おれはどうかなー。そこまでじゃないかな。ただ、今度、またゆっくりどこかに行って、山中と絵を描くのも面白そうだとは思う」

「面白い……? 面白いですかね?」

「面白いと思うぞ。たぶん。だって本当は絵を描くのって面白いもんなはずだからな。びくびく描くもんじゃない」

「……」

 私がびくびくせずに描くのが苦手だってわかって言っている。先輩は。

 でもそれでもいいよ。だってきっと先輩も、かつてそういう気持ちの中、絵を描こうとしていたんだろうと思うから。


「……わかりました。先輩、今度は絵の道具持って、ここにきましょう」

「おっけ」

 普通に気軽に好きな人と二人の約束をしてしまった。だけど本当に自然だった。絵を恐れることなく描けるのはやっぱり、先輩の隣でだけになってしまったんだ。最後の生き残り。


 今日はきっと、お互いこの海で特にやりたいこともないんだけど、それでも、そのまま眺めていた。

 海は静かで、無理に飛び跳ねている魚は一匹もいない。

 砂浜の砂が目に見えないくらい変化している。

 

 でもやがてそんな変化は大きくなるのだ。


 いい意味でも悪い意味でも、私はそれを、こっそり知っている。

 

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絵を描かない二人 つちのこうや @tunyoro

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