宿命からの脱却



アリスが死んで、否、消えてから一ヶ月が経過した。

皆が落ち込み、項垂れ、憔悴しきっていたとき、隠れ家でとある小さな揉め事が起きた。


「ふざけんな!!!」

怒鳴り声。

声の主はローズだった。


両腕が動くくらいには回復し、毎日リハビリを必死で頑張っている彼女は、数年振りに誰かを怒鳴り付けていた。


「だって…」

怒鳴られているのは宿屋。

過去、白い男にトラウマを植え付けられた青年だった。


「何日食ってないんだお前は!!何回倒れたら気が済むんだよ!!大馬鹿者!!」

ローズが怒鳴っている理由は、宿屋の食生活にあった。


白い男に無理矢理肉を食わされた日から、彼は、お粥やスープ以外のものを食べれなくなっていた。

その結果、栄養失調で倒れたのだ。

それに倒れるのはこれで10度目。

ローズは彼を心配してつい怒鳴ってしまった。


鼻水を垂らしながら泣く宿屋。

そんな彼の背を何度も優しく撫でる花屋。

その姿にローズは呆れ、ここへ来る途中で、自分の昼飯用に買ったハンバーガーを取り出した。


「花屋、このバカを押さえろ」

「でも」

「早く」

「……」


困惑する花屋だったが、ローズの気迫に負け「ごめんね」と謝りながら宿屋を羽交い締めにした。


「花屋……?」

「食え、食わないと死ぬぞ」


口に押し付けるローズ。

宿屋は抵抗し花屋を突き飛ばそうとした。

しかし一ミリも動かない花屋に、奥でそれをじっと見ているアヤ。

そんな状況全部が怖くなった宿屋は、床に崩れ落ち、瞳から大粒の涙をボロボロと溢した。


後ろから彼を優しく抱き締めながら、何度も「ごめんね」と呟く花屋。

ローズは宿屋の前に座り込み、彼の頭を優しく撫でながら宿屋の口へハンバーガーを近付けた。

それを必死で拒否する宿屋。


「……ッ!!こわい…こわい……たべたくない……」

「怖いって思うもんの9割はお前の妄想の産物だ!!」

「……やだ…やだ…!!」

「は?」

「おにくたべたくない……」

「…でもお前、野菜も食えないんだろ……」

「…二人、退いて」


それを黙って見ていたアヤが立ち上がり、花屋とローズへ彼から離れるよう伝えてから、ローズの手にあるハンバーガーを手に取った。


「?何……」


目を見開き彼を見上げるローズへ少し頭を下げてから、宿屋の前へ座り込むアヤ。


「蚕、お前の事情は知ってる、被害者がいるんなら生きて償え」

「……」

「その為に食うんだ」


その言葉を聞いた宿屋は、少しだけ口を開き、ハンバーガーのパンズを齧った。

しかし、宿屋は頭に残るトラウマのせいで、口の中の異物を「肉」だと思ってしまった。


吐こうとする宿屋の口を押さえ、じっと彼の瞳を見つめるアヤ。

宿屋は、彼の瞳を綺麗だと思った。


「吐くな」

「…………」

「今口んなかにあるもんだけでも食べろ、噛んで…ゆっくり飲み込め」

「……………うん」

「口開けてみろ……無いな、飲み込んだんだな、偉いぞ…良くやった、偉い、偉すぎる、お前を誇りに思うよ…!」

「……………」

「…もう一口食いたいか?」

「うん」

「好きなだけ食べな、自分で食べれるか?」

「食べさせてほしい…」

「分かった……良い子だ、良い子だぞ……かわいいな」

「……ぼく」

「美味い?」

「うん」

「…どうした?」

「ぼく」

「うん」

「……アヤに事情話したっけ」

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