最初で最後のデート(Nem’oubliez pas)



花屋が隠れ家に閉じ籠り、1週間が経過した。

白い男に襲われた花屋はトラウマに苦しんだ。


「目を閉じると白い男が見えるんだ。目を閉じると、彼が自分へ刃を突き立てるのが見えてしまうんだ。」

と、毎晩喉が枯れるまで泣いていた。


隠れ家一同は顔を見合わせた。

食事も喉を通らず、腕の治療さえ受けず、隠れ家の倉庫の中に閉じ籠る花屋。

大きい背を曲げ、綺麗な空色の髪をホコリまみれにしても気にせず籠っている花屋。


隠れ家一同は、そんな姿を見ていられなかった。

向日葵は「花屋のこんな姿見たくない」と同じように泣いていた。

心を読める傷は、花屋と同じようにショックを受け、隠れ家へしばらく来なくなってしまっていた。



そんな時、花屋を救うために立ち上がった存在がいた。

「花屋、デートしない?二人きりで!」

アリスだった。

花屋が自らに想いを寄せていると最近知ったアリスが、花屋の想いを利用し、外へ連れ出すことにしたのだ。


「ふぇ?」

目を見開く花屋。

花屋は一時間ほど固まってから「待っててください!!」と倉庫を飛び出し、ほんの30分程度で身だしなみを完璧に整え「行きましょう!」とアリスの腕を引いた。




アリスと花屋が二人で向かった先は手芸用品店だった。

「自分みたいな背のでかい奴がいると目立つのでは」と不安に思う花屋。

アリスは言う。

「私みたいな派手な見た目の奴がいる方が目立つ」と。

その言葉を聞いた花屋は1週間ぶりに笑い、目立つ二人で仲良く手芸用品店に入った。


針を怖がるアリスの手を握ってあげる花屋。

震える手と滲む汗に気付いたアリスは、花屋をかわいいと思った。


「こうしてたらなんかカップルみたいだね」

真意が分からないアリスの言葉に、困惑しながらも照れて俯く花屋。

それを肯定と受け取ったアリスは花屋の腕に自らの腕を絡めた。

困惑しながらも離れたくないと思った花屋は、勇気を出し、腕を離させてから…大きい背を曲げ、アリスの腕に自らの腕を絡めた。

アリスは腕を伸ばし、花屋のふわふわの髪を撫でた。


「花屋がいるから針が怖くないよ」

「よかった」

二人は少しの間見つめ合い、一斉に目を反らしてからけらけらと笑った。



「どうして手芸屋さんに来たんですか?」

針や糸をかごに積めるアリスへそう尋ねる花屋。

アリスは数回頷いてから「ボタンが外れたから直したくて」と、自分の着ている服を指差した。


アリスの言う通り、アリスが今着ている派手なシャツの胸元のボタンが取れていた。

「この際ボタン全部変えてド派手にリメイクしようかなと思って」

「へえ」

「ちょうど荷物持ちが欲しかったんだ」

「私腕怪我してるんですけど」

「いいじゃん」

「よくありませんよ」

「腕平気?」

「痛いです、シャンプーが沁みました」

「だろうね」

「……?」


花屋は困惑しながらアリスから目を反らす。

「こんだけ胸元開いてるとセクシーだよね」

察し、花屋をからかうアリス。

それを聞いた花屋は、耳までをアリスの口紅と同じ色に染め、アリスの背を軽く数回叩いた。



「私の上着着てください、前留めて」

店から出てから、着ていた薄手のコートをアリスに押し付ける花屋。

アリスは花屋の厚意に甘えることにした。

上着を着て、前をしっかり留め、ぶかぶかの袖を見て少しだけ照れるアリス。

「私ちいちゃいね」

「身長いくつですか?」

「172」

「私が大きいだけですよ、190ですし」

「花屋は大きくてかわいいね」

「……」

「照れたの」

「……はい」




買い物を終えた二人は近くのカフェへ訪れた。

花屋はこのカフェで久しぶりにごはんを食べることにした。

それを知ったアリスは微笑み「私が奢るよ」と言いながら頬杖をつき、花屋を見つめた。


「じゃあ、カルボナーラとマルゲリータと」

「……カルボナーラ」

「飲み物はカフェラテ…あと…サラダセットってカルボナーラにつけられますか?じゃあ…サラダと」

「サラダ」

「このセットについてるヨーグルトってどれくらいの大きさですか?…小さいな」

「じゃあヨーグルト二つにしよう」

「ヨーグルト二つ!?あ、ありがとうございます…」

「花屋、フレンチトーストあるよ」

「あ…じゃあそれもお願いします」

「スープは要らない?」

「じゃあスープもお願いします」

「了解、コーンスープもお願いします、クルトン抜きで」

「!」



これ以外にも3品ほど頼んだ花屋。

しばらく二人で話していると、次々と料理が届き、アリスは花屋が食べている姿をじっと見つめた。

「…がめついですか?」

「んーん、もっと食べても良いくらい」

それはアリスの本心だった。

花屋はそれをしっかり受け取り、食べ終わったらパフェも食べるつもりだと答えた。

それを聞き、微笑みながら頷くアリス。


「私も食べたいな…よし!頼も!すいません」

「なに食べるんですか?」

「はい、えっと…さっき頼んだのと全く同じのお願いします」

「…入る?」

「入る入る」

「……細いのに、羨ましい」

「めちゃくちゃ食べれるけど、いつも我慢してるから細いんだよ」

「わ、見習わなきゃ…!」




大量のごはんを食べ終わった二人は、デザートにパフェを食べながらゆったりとした時間を過ごした。


「あんなに食べてお腹膨らまないんですか?」

「膨らむよ、へこましてる」

「わ、すごい」

「いっぱい食べてもお腹膨らまない人いるでしょ」

「いますね」

「みんなへこましてる」

「あらま」

「みんな必死にお腹に力入れてるんだよ」

「深淵へ足を踏み入れてしまった……」


……。


アリスの胸元が目に入った花屋。


「…私、そのボタン直しましょうか」

そう言うと、アリスは頷いてからお礼を言った。

「ありがと、実は誰に頼もうか悩んでて」

「自分でやる気は?」

「一ミリはある」

「一ミリ」


花屋はアリスと話すのが楽しくて仕方なかった。

アリスもそう思ったのか、花屋へ、今まで誰にも打ち明けたことがなかった悩み事を打ち明けた。


「胸で思い出したんだけど……私さ、男になりたいって思った日があって」

花屋はパフェを食べる手を止めた。


「実は私、昔…音楽をやってて、その時「女だから」って理由で差別されたことがあったんだ」

「それは…酷いな」

「無駄に胸元とか露出させられたり、無駄にファンと密着した写真撮らされたりして、それを…嬉々としてやれと…事務所の人に言われたりして」

「……はい」

「男性アーティストもそういう扱いを受けるんだろうけど…でも、私が男性だったら…解散ライブくらいはあったのかなとか、妙な事思っちゃって…現に、同じくらいの人気度のアーティストは解散ライブどころか一回復活ライブもやってて…」

「うん」

「…昔は今よりも細くて、色気がないって言われ続けてて…色気がないと、音楽すら、聴いて貰えなくて」

「…最低だな」

「でも、男だったら?私が男だったら、みんな…私のルックスじゃなくて、音楽を見てくれるのかなって…思っちゃって…」


……沈黙。


花屋はしばらく黙ってから、口を開いた。


「…そんな貴方に隠れ家があってよかったです」

「本当に…帝王には頭が上がらないよ」


そう言ってから二人は微笑みあった。


「もう音楽はやらないんですか?」

「…やりたいんだけど…やりたいんだけどさ」

「怖いんですか」

「…音楽メインでやった時に…女だって、バレたらって思うと、怖い…」



花屋は、アリスの髪を撫でた。


「……私は、今日、貴方が女であろうが男であろうが…貴方の行動に救われましたよ」

アリスは顔を上げ、花屋の手へ頬を擦り付けた。


花屋はしばらくアリスを撫でてから、ふと、パフェへ視線をやった。

視界に入るさくらんぼ。


「…アリスさん…さくらんぼの花言葉、知ってますか?」

首を横に振るアリス。


「善良な教育、小さな恋人、上品、幼い心……そして」

「?」

「貴方に、真実の心を捧げる」

「……」

「アリスさんは音楽に対して、こういう想いを抱いてるんじゃないですか?」

「……そうかも」

「だから…次のデートではカラオケ行きましょう」

「……うん、行けたら、いいな…」



数ヵ月後にアリスが殺されると知っておきながら、花屋は。

私は。

少しの間で構わない。

ただ、今だけはこうさせて欲しいと願った。

自分勝手に。

アリスさんの想いなんて知ろうともせずに。


ただ、ただ、自分勝手に。

アリスさんの想いなんて、知ろうともせずに。


「十八番はなんですか?」

「10年前くらいに流行ったバラード、私にバラード歌わせたら右に出るものはいないよ!」

「あは、じゃあ楽しみにしてますね!!」


今日のこれが、私たち二人の最後のデートになった。

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